国税庁タックスアンサーの「No.5387 販売費、一般管理費その他の費用における債務確定の判定」について解説します。
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概要
法人税の所得計算において、販売費、一般管理費その他の費用(償却費を除く)がその事業年度の損金の額に算入されるためには、事業年度終了の日までにその債務が確定している必要があります。
この「債務が確定している」状態とは、以下の三つの要件すべてを満たすことを指します。
1. その事業年度終了の日までに、その費用に係る債務が成立していること。
2. その事業年度終了の日までに、その債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。
3. その事業年度終了の日までに、その金額を合理的に算定することができるものであること。
例えば、修繕費の場合、建物の修繕を発注し、業者が修繕を完了し、かつ金額の客観的な見積もりができる状況にあれば、上記の要件を満たし未払金などとして計上することが可能です。
スライド解説



解説:法人税における費用計上の基本原則:「債務確定主義」
1. 導入:なぜ「債務確定主義」が実務で重要なのか
私たちの会計実務において、新人スタッフが決算期に最初に直面する大きな壁の一つが、「この費用は、いつ計上すべきか?」というタイミングの問題です。この判断を一つ誤るだけで、税額が変わり、税務調査で手痛い指摘を受けることにも繋がりかねません。そのすべての判断の土台となる、法人税法の大原則が「債務確定主義」です。
本稿では、この「債務確定主義」について、新人スタッフや企業の経理担当者の皆様にもご理解いただけるよう、その本質を分かりやすく解説します。この原則を正しく理解し、実践することが、適正な税務申告を行い、企業の健全な経営を守るための第一歩となります。
まず結論から先に述べ、その後に詳細な解説を進めていく構成でご説明します。
2. 結論:費用として認められるための「3つの要件」
会計実務における核心的な問い、それは「いつ、費用を計上できるのか?」という点に集約されます。法人税法におけるその答えは明確です。「その債務が確定したとき」に費用として認識されます。
では、「債務が確定した」とは、具体的にどのような状態を指すのでしょうか。法人税基本通達では、費用(償却費を除く)が損金として認められるためには、事業年度終了の日までに以下の3つの要件をすべて満たす必要があると定めています。
【債務確定の3要件】
1. その事業年度終了の日までにその費用に係る債務が成立していること。
2. その事業年度終了の日までにその債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。
3. その事業年度終了の日までにその金額を合理的に算定することができるものであること。
これら3つの要件は、単なる手続きではなく、「その事業年度の収益に対応する費用を、客観的な証拠に基づいて正しく計上する」という法人税の公平性の原則を支えるための、論理的な関門なのです。この3つの要件が一つでも欠ければ、原則としてその事業年度の費用として計上することはできません。
3. 詳細解説:債務確定の3要件を掘り下げる
先のセクションで提示した3つの要件は、言葉だけを見ると少し抽象的で分かりにくいかもしれません。ここでは、それぞれの要件が実務上、具体的に何を意味するのかを、一つずつ掘り下げて解説していきます。
3.1. 要件1:債務の成立
一つ目の要件である「その事業年度終了の日までにその費用に係る債務が成立していること」とは、平たく言えば「契約などに基づき、法的に支払い義務が発生している」状態を指します。例えば、業者との間で修繕契約を締結したり、コンサルティング契約を結んだりといった、当事者間での合意が成立していることが前提となります。口約束ではなく、発注書や契約書といった客観的な証拠があることが望ましいです。
3.2. 要件2:給付原因事実の発生
二つ目の要件である「その事業年度終了の日までにその債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること」は、契約が成立している(要件1)だけではまだ不十分であり、その契約に基づいて「実際に商品の納品やサービスの提供が完了している」ことを求めています。これを「役務提供の完了」の原則とも言います。例えば、事業年度末までに修繕作業が完了している、注文した備品が納品されている、といった事実が必要になります。
3.3. 要件3:金額の合理的算定
三つ目の要件である「その事業年度終了の日までにその金額を合理的に算定することができるものであること」は、サービスの提供が完了していても、その対価がいくらになるか分からなければ費用計上はできないため、「支払うべき金額を合理的に見積もることができる」状態を指します。ここで重要なのは、必ずしも相手方からの請求書が事業年度末までに届いている必要はないという点です。契約書や見積書など、客観的な資料に基づいて金額を合理的に算定できれば、この要件は満たされます。
3.4. 具体例:修繕費で考える債務確定
これまでの説明を、国税庁が示す「修繕費」の例で具体的に見ていきましょう。ある建物の修繕を業者に依頼したケースを考えます。
• ステップ1:修繕の発注
業者と修繕に関する契約を締結(または正式に発注)した時点で、支払い義務が生じます。これが「債務の成立」(要件1)に該当します。
• ステップ2:業者による修繕の完了
事業年度の末日までに、業者が修繕作業をすべて完了させたとします。この「役務提供の完了」という事実が「給付原因事実の発生」(要件2)に該当します。
• ステップ3:金額の客観的な見積り
たとえ期末時点で請求書が未着であっても、契約書や見積書に基づいて修繕費用が客観的に算定できる状態にあれば、これは「金額の合理的算定」(要件3)の要件を満たします。
この例のように、期末日までに上記3つのステップがすべて完了していれば、たとえ支払いが翌期になったとしても、その修繕費を当期の費用(未払金)として計上することができるのです。
3.5. 実務上の注意例:まだ費用計上できないケース
では逆に、費用として計上できないのはどのような場合でしょうか。理解を深めるために、要件を満たさない具体例を見てみましょう。
例えば、3月決算の会社が、3月1日から5月31日までの3ヶ月間のコンサルティング契約(総額90万円)を締結したとします。
• 要件1:債務の成立
3月31日の時点で契約は有効に成立しています。 (クリア)
• 要件3:金額の合理的算定
契約書に総額90万円と明記されており、金額は合理的に算定可能です。 (クリア)
• 要件2:給付原因事実の発生
しかし、3月31日の時点では、コンサルティングという役務の提供はまだ完了していません(進行中です)。 (未達)
このケースでは、要件2の「給付原因事実の発生」を満たしていないため、原則として3月決算の事業年度で費用として計上することはできません。
契約が存在し、金額が分かっていても、「サービスの完了」という事実がなければ費用にはならない、という点が重要なポイントです。
4. まとめ:実務での注意点とチェックポイント
ここまで解説してきたように、法人税の費用計上は「債務確定主義」という厳格なルールに基づいています。特に決算期末においては、この原則に則って、計上すべき費用が漏れていないか、あるいは逆に、まだ債務が確定していない費用を誤って計上していないかを慎重に確認する作業が極めて重要です。
最後に、新人スタッフや経理担当者の皆様が日常業務で意識すべき「実務上のチェックポイント」をまとめます。
• 契約の有無だけでなく、サービスの完了を確認する
発注書があるからといって、すぐに費用計上できるわけではありません。期末日までに商品が納品されたか、役務の提供が完了したかを必ず確認しましょう。
• 期末時点で請求書が未着でも諦めない
請求書が届いていない費用でも、契約書や見積書など客観的な根拠があり、サービスの提供が完了していれば、未払金として計上できる可能性があります。計上漏れがないか、しっかり確認しましょう。
• 金額の見積りは客観的な根拠を
金額を算定する際は、担当者の主観的な推測ではなく、契約書、見積書、過去の取引実績など、第三者が見ても納得できる資料を準備しておくことが重要です。税務調査官は「なぜこの金額なのか」を必ず問います。担当者の「勘」ではなく、客観的な資料を揃えておくことが、何よりの防御になります。
これらの原則を理解し、日々の業務に活かすことが、正確な経理処理と適正な税務申告に繋がります。もし判断に迷うケースがあれば、決して自己判断で処理せず、必ず私や先輩、そして顧問税理士を頼ってください。それが、あなた自身と会社を守る最も確実な方法です。
ガイド:Q&A
1. 法人税の所得金額計算において、原則として損金の額に算入されるものにはどのような種類がありますか?
各事業年度の所得金額の計算上、損金の額に算入される金額は、売上原価等の額、販売費、一般管理費その他の費用の額、そして損失の額とされています。これらは、別段の定めがあるものを除き、その事業年度の費用として扱われます。
2. 損金の額に算入される「販売費、一般管理費その他の費用」について、償却費以外の費用に課される最も重要な条件は何ですか?
償却費以外の「販売費、一般管理費その他の費用」が損金の額に算入されるためには、その事業年度終了の日までに債務が確定していることが絶対的な条件となります。この条件を満たさない費用は、原則としてその事業年度の損金にはなりません。
3. 費用が損金として認められるための「債務確定」の要件は、いつまでに満たされている必要がありますか?
費用が損金として認められるための債務確定の3要件は、すべて「その事業年度終了の日まで」に満たされている必要があります。期末日時点で一つでも要件を満たしていなければ、その費用は当該事業年度の損金には算入できません。
4. 債務確定の3つの要件のうち、1つ目の「債務の成立」とはどのような状態を指しますか?
1つ目の要件である「債務の成立」とは、その事業年度が終了する日までに、費用にかかる支払い義務が法的に成立していることを指します。これは契約などによって当事者間に具体的な権利義務関係が発生している状態です。
5. 債務確定の3つの要件のうち、2つ目の「給付をすべき原因となる事実の発生」とは何を意味しますか?
2つ目の要件である「給付をすべき原因となる事実の発生」とは、その債務に基づいて具体的なサービスや物品の提供といった、支払い義務の根拠となる行為が事業年度終了の日までに完了していることを意味します。
6. 債務確定の3つの要件のうち、3つ目の「金額の合理的算定」とはどのような状態を指しますか?
3つ目の要件である「金額の合理的算定」とは、事業年度終了の日までに、支払うべき債務の金額を客観的かつ合理的に計算できる状態にあることを指します。見積りなどに基づき、金額が確定しているか、またはそれに近い精度で算出可能である必要があります。
7. 修繕費を例にとった場合、どのような状況になれば債務が確定したと見なされますか?
修繕費の場合、建物等の修繕を業者に発注し、その修繕作業が事業年度終了の日までに完了していることが必要です。さらに、その費用額について客観的な見積りなどが可能であれば、債務が確定したと見なされ、未払金等として計上することができます。
8. 「販売費、一般管理費その他の費用」は、損金算入にあたり、なぜ「債務の確定」が求められるのでしょうか?
「販売費、一般管理費その他の費用」に債務の確定が求められるのは、費用の発生を客観的な事実に基づいて認識し、恣意的な利益操作を防ぐためです。これにより、各事業年度の所得を正確に計算するという法人税法の基本原則が担保されます。
9. 本文書が準拠しているとされる根拠法令等は何ですか?
この文書の根拠法令等は、法人税法第22条(法法22)および法人税基本通達2-2-12(法基通2-2-12)です。これらが債務確定に関する規定の法的根拠となっています。
10. 償却費は、販売費や一般管理費に含まれる他の費用と損金算入の扱いでどのように異なりますか?
販売費や一般管理費のうち、償却費は債務確定の原則とは別のルールで損金算入が判断されます。一方で、償却費以外の費用は、その事業年度終了の日までに債務が確定している場合に限り、損金への算入が認められます。

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