「負ののれん発生益」は、取得した会社・事業の識別可能な時価純資産が取得原価を上回ったときに生じる、いわば“安く買えた差益”です。教科書では例外扱いされがちですが、当サイトが有価証券報告書の企業結合注記を横断集計したところ、注記に実質的な記載がある上場企業2,122社のうち少なくとも352社(16.6%)が期間中に計上していました。
では実際には、どんな会社の、どんな取引で、いくらの負ののれんが生じているのでしょうか。本記事は、2021年6月期〜2026年3月期の有価証券報告書から、負ののれん発生益の大型事例15社を金額つきで紹介し、発生パターン別に読み解きます。
🤝 企業結合注記ナビゲーターβ 有報「企業結合等関係」注記2,122社分を横断検索。のれん償却年数・取得対価をベンチマーク →結論:大型事例は、経営統合・子会社化・事業承継で生じている
金額の大きい順に実例を並べると、傾向が見えてきます。
上位15社のうち5社が銀行関連(地方銀行の経営統合・完全子会社化)で、最大のあいちフィナンシャルグループは約805億円。
取引の型で整理すると、共同株式移転・株式交換など株式を対価とする統合が7社ある一方、現金対価の株式取得(公開買付けを含む)・取得原価0円の取得・会社分割による事業承継も8社を占めます。低PBRの銀行統合は重要な発生パターンですが、大型案件のすべてを株式対価型で説明することはできません。
共通するのは、
他社を丸ごと、あるいは事業単位で受け入れる経営統合・子会社化・事業承継の局面で生じている
という点です。
もう一つの発見は、負ののれんが“特殊な安値買収”だけの現象ではないことです。
株式取得価額0円の取得(SUMCO)、会社分割で事業を承継した際に資産の公正価値評価から生じたIFRSの負ののれん(塩野義製薬のJT医薬事業承継)、段階取得に係る差損と同時計上された例(あいホールディングス)など、発生の仕方は多様です。
以下、実例で確認していきます。
▶ ダッシュボードで確かめる:
「企業結合注記ナビゲーター」で結合類型「負ののれん」を選ぶと、該当会社の一覧と注記原文をその場で確認できます。
実例ランキング:会社別上位15社(各社最大案件)
当サイト収録の有価証券報告書(2021年6月期〜2026年3月期・18,253本)の企業結合注記から、負ののれん発生益を金額とともに確認できた事例を会社別に整理し、各社の最大案件で並べた上位15社です。
金額はいずれも各社の注記記載値(単位:百万円)で、1案件単位の金額、連結財務諸表を作成している会社については連結財務諸表の注記の金額です(塩野義製薬の43,781百万円も連結ベース。個別財務諸表の注記には、処理の単位の違いから異なる金額が記載されることがあります)。
※同じ会社が同一年度に複数案件を開示している場合、年度合計とは一致しません。
例:近鉄グループホールディングスの2022年3月期の負ののれん発生益総額は10,863百万円で、表の10,831百万円はうち最大案件の金額です
| 順位 | 会社名 | 負ののれん発生益 | 相手先・対象 | 取引の型 | 年度・基準 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | あいちフィナンシャルグループ | 80,491百万円 | 中京銀行 | 共同株式移転(経営統合) | 2023年3月期・日本基準 |
| 2 | 西武ホールディングス | 54,096百万円 | NWコーポレーション | 株式取得 | 2025年3月期・日本基準 |
| 3 | プロクレアホールディングス | 47,140百万円 | みちのく銀行 | 共同株式移転(経営統合) | 2023年3月期・日本基準 |
| 4 | 塩野義製薬 | 43,781百万円 ※暫定 | 日本たばこ産業の医薬事業 | 会社分割による事業承継 | 2026年3月期・IFRS |
| 5 | ふくおかフィナンシャルグループ | 21,496百万円 | 福岡中央銀行 | 株式交換 | 2024年3月期・日本基準 |
| 6 | SUMCO | 20,084百万円 | 高純度シリコン ほか1社 | 株式取得(取得原価0円) | 2023年12月期・日本基準 |
| 7 | 神戸製鋼所 | 16,708百万円 | 関西熱化学 ほか1社 | 子会社化 | 2025年3月期・日本基準 |
| 8 | リケンNPR | 16,451百万円 | 日本ピストンリング | 共同株式移転(経営統合) | 2024年3月期・日本基準 |
| 9 | コンコルディア・フィナンシャルグループ | 15,579百万円 | 神奈川銀行 | 株式取得(公開買付け等) | 2024年3月期・日本基準 |
| 10 | あいホールディングス | 14,296百万円 | 岩崎通信機 | 株式交換 | 2025年6月期・日本基準 |
| 11 | 四国銀行 | 12,777百万円 | 四銀総合リース | 株式取得(完全子会社化) | 2026年3月期・日本基準 |
| 12 | オープンハウスグループ | 12,766百万円 | 三栄建築設計 | 株式取得 | 2024年9月期・日本基準 |
| 13 | 椿本チエイン | 11,643百万円 | 大同工業 | 株式交換(経営統合) | 2026年3月期・日本基準 |
| 14 | 近鉄グループホールディングス | 10,831百万円 | サカエ ほか2社 | 株式取得 | 2022年3月期・日本基準 |
| 15 | 京成電鉄 | 9,214百万円 | 新京成電鉄 | 株式交換 | 2023年3月期・日本基準 |
このほか、日本郵政(トナミホールディングスの完全子会社化、8,808百万円・2026年3月期)、サワイグループホールディングス(小林化工の生産活動に係る資産の譲受、8,704百万円・2022年3月期・IFRS)、ENEOSホールディングス(ジャパン・リニューアブル・エナジーの取得、8,154百万円・2023年3月期・IFRS)なども、数十億円規模の負ののれん・割安購入益を開示しています。
金額はいずれもEDINET抽出値を注記原文と突合したものですが、正確な内容は各社の有価証券報告書原本をご確認ください。各社の注記原文とEDINET原本へのリンクは、企業結合注記ナビゲーターでも会社名を検索すると確認できます。
🤝 企業結合注記ナビゲーターβ 有報「企業結合等関係」注記2,122社分を横断検索。のれん償却年数・取得対価をベンチマーク →パターン1:地方銀行の経営統合——最大805億円が生まれる仕組み
1位のあいちフィナンシャルグループは、愛知銀行と中京銀行の共同株式移転による経営統合で、被取得企業となった中京銀行に係る負ののれん発生益80,491百万円(約805億円)を計上しました。
注記の発生原因は「取得原価が受け入れた資産及び引き受けた負債に配分された純額を下回ったため」——定型の文言ですが、地銀の統合でこれが起きる構図は明快です。
株式を対価とする統合では、市場価格のある取得企業株式を対価とする場合、取得原価は原則として企業結合日の株価を基礎に算定されます(企業会計基準第21号)。
銀行株の多くは株価が1株当たり純資産を大きく下回る(PBR1倍割れの)状態で取引されてきたため、株式対価の統合では取得原価が受け入れる純資産の時価を下回ることが起こりやすい——低PBRは負ののれんの一因となり得ます(受け入れる純資産は公正価値で評価し直されるため、PBRだけで機械的に決まるわけではありません)。
3位のプロクレアホールディングス(青森銀行とみちのく銀行の経営統合、47,140百万円)、5位のふくおかフィナンシャルグループ(福岡中央銀行の株式交換、21,496百万円)も株式対価型です。
一方、9位のコンコルディア・フィナンシャルグループは現金対価の公開買付け等による神奈川銀行の完全子会社化(15,579百万円、段階取得に係る差損154百万円も計上)で、銀行の負ののれんは株式対価に限らないことを示しています。
実際、当サイトの業種別集計(記事:負ののれん発生益とは)でも、銀行業は企業結合注記に記載のある39社中14社(36%)が負ののれんを計上しており、全業種で最も高い計上率でした。地銀再編において、今後も注目すべき会計事象です。
パターン2:株式取得価額0円でも生じる——SUMCOの200億円
6位のSUMCOの事例は、負ののれんの仕組みを最も端的に示します。
同社は2023年12月期に、半導体用多結晶シリコンの製造・販売を行う高純度シリコン株式会社とMitsubishi Polycrystalline Silicon America Corporationの2社を取得しましたが、注記によれば取得の対価は現金0百万円、取得原価は0百万円。受け入れた資産合計は33,961百万円、引き受けた負債合計は13,877百万円で、その純額20,084百万円がそのまま負ののれん発生益(約201億円)になりました。
「タダで取得したのに200億円の利益が立つ」というと奇妙に見えますが、会計のロジックは一貫しています。
受け入れた資産・負債を時価評価した純額と、支払った対価(0円)との差額は、どこかに計上しなければ貸借が合いません。それが負ののれん発生益です。負債もあわせて引き受けており、「タダでもらった」わけではない点にも注意が必要です。
一般論として、対価が名目的な金額となる取引では負ののれんが大きく出やすくなりますが、個別案件の対価がどう決まったかは開示からは分かりません。
パターン3:事業会社の経営統合・子会社化
銀行以外でも、発生パターンの中心は「統合・子会社化」です。
8位のリケンNPRは、リケンと日本ピストンリングの共同株式移転による経営統合(2023年10月、被取得企業は日本ピストンリング、取得原価14,882百万円)で16,451百万円を計上しました。同じ有価証券報告書には日本継手の取得による負ののれん2,730百万円も別に開示されており、1社の1年度に複数案件の負ののれんが並ぶこともあります。
13位の椿本チエインは大同工業の株式交換による完全子会社化で11,643百万円(2026年3月期)、15位の京成電鉄は新京成電鉄を株式交換で完全子会社化した際に9,214百万円を計上しました(同時に段階取得に係る差損1,470百万円も計上)。
12位のオープンハウスグループの三栄建築設計の取得(12,766百万円、公開買付けによる株式取得)のように、現金対価でも、対象会社の純資産の時価が取得原価を上回れば負ののれんは生じます。
10位のあいホールディングス(岩崎通信機の株式交換による完全子会社化、14,296百万円・2025年6月期)は、段階取得に係る差損5,164百万円と負ののれん発生益が同じ注記に並ぶ興味深い事例です。従来から保有していた株式を支配獲得日の時価で評価し直して差損を計上しつつ、取得原価の配分では純資産の時価が取得原価を上回って差益が出る——一つの企業結合から符号の異なる2つの損益が同時に生じています。
M&A関連の損益を読むときに、負ののれんだけを切り出して評価できないことを示す好例です。
IFRSの負ののれん——塩野義製薬、438億円の事業承継と199億円ののれんが並ぶ有報
4位の塩野義製薬はIFRS適用会社で、2026年3月期の有価証券報告書には対照的な2つの企業結合が並んでいます。
負ののれん発生益43,781百万円(約438億円)を生んだのは、鳥居薬品の取得ではなく、日本たばこ産業(JT)の医薬事業を簡易吸収分割(会社分割)で承継した取引です。注記が明記する発生原因は、「取得した資産の公正価値測定にあたり、無形資産及び有形固定資産(土地・建物)の評価益を認識したこと等」。無形資産(主に販売権)の暫定的な公正価値は45,933百万円にのぼり、資産の公正価値評価によって受入純資産が膨らんだパターンです。
一方、同時に進めた鳥居薬品の取得(公開買付け等)では、逆にのれん19,918百万円を計上しています。
同じグループ再編の中で、事業承継からは負ののれん、株式取得からは正ののれんが生じる——正負ののれんが同じ有報に並ぶ、教材のような事例です。
ここで重要な注意点が2つあります。
第一に、この43,781百万円は取得原価の配分が完了していない暫定値であり、注記にもその旨が明記されています。確定時に金額が変わる可能性があります(実際、暫定的な公正価値の修正により無形資産が33,351百万円増加し、負ののれん発生益が23,515百万円増加したことも注記に記載されています)。
第二に、表示場所です。日本基準の負ののれん発生益が原則として特別利益に表示されるのに対し、塩野義製薬・サワイグループホールディングス・ENEOSホールディングスはいずれも「その他の収益」に計上しています。
IFRSには日本基準の特別利益に相当する共通の区分はなく、異常項目としての表示も認められていないため(IAS第1号)、同じ経済事象でも損益計算書上の見え方が大きく異なります。基準をまたいで会社を比較するときは、この表示差を踏まえる必要があります。
なお当サイトの集計では、負ののれんを計上した352社の内訳は日本基準322社・IFRS30社でした。基準別の詳しい違いは記事:負ののれん発生益とはで解説しています。
決算の読み方:3つのチェックポイント
実例を踏まえると、負ののれん発生益が出てきた決算を読むときのポイントは3つに整理できます。
① 一過性の利益として本業と分けて読む
負ののれん発生益は発生年度に一度だけ計上される利益で、翌期には残りません。
あいちフィナンシャルグループの約805億円のような大型計上があった年度の純利益は、経常的な収益力とは切り離して評価する必要があります。日本基準では特別利益に表示されるため見つけやすい一方、IFRSでは「その他の収益」等に含まれるため、注記まで確認しないと規模を見落とすことがあります。
② 暫定値かどうかを確認する
塩野義製薬のJT医薬事業承継の例のように、取得原価の配分が完了していない段階では、負ののれんの金額は暫定です。
翌期に「暫定的な会計処理の確定」として金額が修正され、比較年度の数字が変わることもあります。注記の「暫定的な会計処理」の記載は必ず確認してください。
③ 同時に計上される他のM&A損益とセットで見る
西武ホールディングス(負ののれん54,096百万円と段階取得に係る差益11,628百万円)やあいホールディングス(負ののれんと段階取得に係る差損)のように、一つの企業結合から複数の損益項目が同時に生じることがあります。
M&Aの損益インパクトは、負ののれん単独ではなく注記全体で把握するのが安全です。
集計方法とデータの限界
本記事の事例は、金融庁EDINETの有価証券報告書「注記事項(企業結合等関係)」を当サイトが抽出した本文(2021年6月期〜2026年3月期・18,253本)から、「負ののれん発生益」の語の直後に金額が記載されているものを抽出し、全件について注記原文の文脈を確認したものです。
一つの有価証券報告書に複数の企業結合が記載されている場合は、金額の直前の取引概要まで遡って案件への帰属を確認しています。見出しの体裁などにより機械抽出で金額を特定できない開示は含まれないため、本記事の事例リストは網羅ではなく下限であり、ここに載っていない大型事例が存在する可能性があります。
また、同一会社が複数の案件を開示している場合は最大の案件のみを採用しています。
正確な金額・内容は必ず各社の有価証券報告書原本をご確認ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 負ののれんが出るのは「悪い会社を買ったから」ですか?
必ずしもそうではありません。
実例を見ると、株式対価の経営統合で生じたもの(低PBRが一因となり得る地銀統合)、資産の公正価値評価によるもの(塩野義製薬のJT医薬事業承継)、株式取得価額0円の取得(SUMCO)など背景は多様です。対象会社の質だけでは説明できません。
Q2. 負ののれん発生益には税金がかかりますか?
会計上の負ののれん発生益と税務上の取扱いは別です。
取引形態(株式取得か事業譲受か、適格組織再編か)によって課税関係が異なるため、個別案件は税務専門家にご確認ください。本記事は会計上の開示の読み方に絞っています。
Q3. 負ののれんはその後の決算に影響しますか?
のれん(正)と違い、負ののれんは発生年度に一括計上されて終わりで、資産にも負債にも残りません。
翌期以降の償却負担や減損リスクはありません。ただし暫定値だった場合、確定時に金額が修正されることがあります。
Q4. どうすれば負ののれんの事例を自分で探せますか?
当サイトの企業結合注記ナビゲーターで結合類型「負ののれん」を選ぶと、該当する会社の注記を横断検索できます。
原本はEDINETの各社有価証券報告書で確認できます。
まとめ
負ののれん発生益の大型実例15社を並べると、その主な発生源は「安値買収」ではなく、経営統合・子会社化・事業承継の局面であることが分かります。
株式対価型(共同株式移転・株式交換)が7社、現金対価の株式取得・取得原価0円の取得・会社分割による事業承継が8社と、対価の形は割れており、PBRが低位の銀行セクターへの集中は目立つものの、発生パターンは一様ではありません。
共通するのは、一過性の利益であること、暫定値の可能性があること、他のM&A損益と同時に生じ得ることの3点です。
個別の注記を読む際は、負ののれんの基礎と全体統計、そして企業結合注記の読み方ガイドとあわせてご活用ください。
出典・注記
- 本記事の事例・金額は、金融庁EDINETの有価証券報告書「注記事項(企業結合等関係)」を当サイトが抽出し、注記原文と突合した参考値です(2026年7月時点。対象は2021年6月期〜2026年3月期の18,253本、2021・2026年度は部分収録)。
- 母集団統計(記載あり2,122社・負ののれん352社・16.6%、銀行業14社/39社、日本基準322社・IFRS30社)は当サイト集計記事の公開値です。塩野義製薬の金額は取得原価の配分未完了の暫定値です。
- 会計基準は企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」及びIFRS第3号によります。
- 本記事は一般的な情報提供であり、記載企業の評価や投資判断の推奨を目的とするものではありません。
- 個別の会計処理・税務は監査人・専門家にご相談ください。
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