日本公認会計士協から平成 19 年5月 16 日(改正 平成 25 年7月3日)に公表された経営研究調査会研究報告第 32 号「企業価値評価ガイドライン」のうち「Ⅵ 裁判目的の企業価値評価業務」について解説します。
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概要
裁判目的の企業価値評価業務は、会社法などの規定に基づき、株式の価格を裁判所が決定する必要がある場面で実施されます。代表的な例は、反対株主による株式の買取請求(基準は「公正な価格」)や、譲渡制限株式の売買価格決定(基準は「株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮」)などです。
公認会計士は、主に鑑定人として裁判所から委嘱され、裁判官の判断を補助するために専門的知識に基づく客観的な意見を提出します。鑑定業務の特殊性として、鑑定人は当事者双方に対し公正・中立な立場を保持し、利害関係があってはなりません。
鑑定人は、シナジー効果やコントロール・プレミアムの考慮の要否など、価格に大きな影響を与える法的解釈については、法律の専門家ではないため、裁判所と綿密に協議することが不可欠です。鑑定書は争っている両当事者に開示されますが、鑑定人の責任は裁判所に対して限定されます。
なお、公認会計士は、裁判所による鑑定業務のほかに、当事者の一方からの依頼に基づいて評価額を計算する算定業務や、相手方が出した評価結果を批判的に検討する検討業務も、裁判に関連する目的で行うことがあります。
解説:裁判目的の企業価値評価:実務家が押さえるべき会社法上のポイント
1. はじめに:なぜ「裁判目的の企業価値評価」が重要なのか
会計事務所に身を置く我々にとって、「企業価値評価」と聞くと、多くの方がM&Aや事業承継といった取引目的の場面を思い浮かべることでしょう。しかし、その専門性が真に問われるもう一つの重要な領域、それが「裁判目的の企業価値評価」です。
これは、会社法に基づき、株主間の対立や組織再編への反対といった法的な紛争を解決する過程で、裁判所の判断材料として株式等の価値を算定する業務を指します。
M&Aのように当事者間の合意形成を目指す評価とは異なり、裁判目的の評価には、会社法が定める特殊なルールや解釈論が深く関わってきます。
例えば、少数株主が会社の決定に反対して株式の買取を請求する場合、その価格は「公正な価格」でなければならないと定められていますが、この「公正」が具体的に何を意味するのかは、事案ごとに極めて慎重な検討が求められます。長年の実務経験から申し上げますと、こうした裁判目的の評価こそ、我々の専門家としての真価が問われる場面なのです。
これらの特殊なルールを正確に理解し、適切に評価業務を遂行することは、依頼者(会社側・株主側双方)の正当な権利を守り、我々公認会計士が専門家としての社会的職責を全うするために不可欠です。本稿では、日本公認会計士協会が公表する「企業価値評価ガイドライン」に基づき、実務で遭遇する主要な場面と、その実践的な留意点について、分かりやすく解説してまいります。
2. 結論:実務における基本的な役割と評価基準

裁判目的の企業価値評価という複雑なテーマを理解する上で、まず我々公認会計士が担う「3つの役割」と、会社法が定める「2つの評価基準」という核心的な要点を押さえることが肝要です。
公認会計士が裁判に関連する価値評価で担う主要な役割は、依頼者と目的によって以下の3つに明確に区別されます。
• 算定人 (Valuator):
紛争当事者の一方(会社または株主)から依頼を受け、依頼人の意思決定の参考となる評価額を算定する立場です。依頼人の主張を補強する役割を担います。
• 検討人 (Reviewer):
一方の当事者から依頼を受け、相手方が提示した算定書や評価額の妥当性を、専門的見地から批判的に検討する立場です。
• 鑑定人 (Appraiser):
裁判所から直接選任され、裁判官の判断能力を補充するための証拠調べとして、完全に中立・公正な立場で専門的意見を述べ、最終的な判断者である裁判官を補助する立場です。
そして、これらの役割を遂行する上で基礎となるのが、会社法が定める評価基準です。特に重要なのが「公正な価格」と「資産状態その他一切の事情を考慮した価格」という2つの基準です。これらの定義は法律上も一義的ではなく、個別の事案の背景や当事者の主張によって解釈が分かれる複雑なものですが、あらゆる評価業務の出発点となります。
続くセクションでは、これらの3つの役割と2つの評価基準が、具体的にどのような場面で、どのように適用され、いかなる論点が生じるのかを詳しく解説していきます。
3. 詳細解説:会社法が定める企業価値評価の主要場面
3.1. 鑑定人・算定人・検討人:それぞれの立場と留意点
企業価値を巡る法的紛争において、我々公認会計士がどのような立場で関与するかを理解することは、極めて戦略的に重要です。なぜなら、「鑑定人」「算定人」「検討人」では、求められる中立性の度合い、報告すべき相手、そして最終的な責任の所在が根本的に異なるからです。それぞれの役割と実務上の留意点を正しく把握することが、適切な業務遂行の第一歩となります。
鑑定人
• 定義: 裁判官の判断能力を補充することを目的として、裁判所から選任される専門家です。
• 依頼者: 裁判所
• 主目的: 中立・公正な立場から専門的知識に基づく判断結果を報告し、裁判官の判断を補助すること。
• 実務上の留意点:
◦ 鑑定人はあくまで裁判所の補助者であり、当事者の代理人ではありません。
◦ 当事者双方に対して、実質的にも外観上も、完全に公正・中立でなければなりません。
◦ 裁判所による選任を受けて負う「義務」であるため、正当な理由なく業務を放棄することは許されません。
算定人
• 定義: 紛争当事者の一方(会社または株主)の依頼に基づき、評価額を算定する専門家です。
• 依頼者: 会社または株主
• 主目的: 算定された評価額を依頼人の意思決定の参考として提供すること。例えば、会社と反対株主との間の価格交渉の基礎資料として利用されます。
• 実務上の留意点:
依頼人の主張を補強する役割を担いますが、その評価は客観的な根拠に基づいている必要があります。評価にあたっては、会社法規定の価格算定であることを踏まえ、「該当する会社法の条文と立法趣旨の理解」「過去の取引事例の有無」「相手方の状況把握」といった点を網羅的に検討することが不可欠です。
検討人
• 定義: 一方の当事者の依頼に基づき、相手方が提示した算定書や評価額の妥当性を検証する専門家です。
• 依頼者: 会社または株主
• 主目的: 相手方が提示した算定根拠を批判的かつ具体的に検討し、専門的見地から意見を述べること。
• 実務上の留意点:
相手方の算定書について、「評価法選定の妥当性」「算定手続の妥当性」「算定に使用した基礎資料の妥当性」といった観点から多角的に分析します。検討業務は、相手方の算定書など、限定された情報に基づいて行われることが多いという制約も理解しておく必要があります。
これらの役割は、会社法上の様々な紛争場面で必要とされます。その最も代表的な例が、次に解説する「反対株主による株式買取請求」です。
3.2. 反対株主の株式買取請求と「公正な価格」の解釈
合併や事業譲渡といった会社の根幹に関わる重要な意思決定に、全ての株主が賛成するとは限りません。そこで会社法は、こうした決定に反対する少数株主を保護するため、自己の株式を「公正な価格」で会社に買い取るよう請求する権利(株式買取請求権)を認めています。この制度において、実務上最も重要かつ難解な論点が、この「公正な価格」をどのように解釈し、算定するかという点にあります。
会社法上、反対株主の株式買取請求権が認められるのは、主に以下のようなケースです。
• 事業譲渡関係: 事業の全部または重要な一部の譲渡など
• 組織再編関係: 吸収合併、株式交換、新設合併など
• 株式関係: 譲渡制限や全部取得条項を付す定款変更など
これらの場面で価格協議が調わない場合、最終的に裁判所が「公正な価格」を決定することになります。この「公正な価格」を巡る解釈上の主要な論点は以下の通りです。
| 論点 (Issue) | 解説 (Explanation) |
| シナジー効果の考慮 | 旧商法では「決議がなかったならば有したであろう価格」とされていた文言が会社法で削除された結果、組織再編等によって生じるシナジー効果を価格に含めることが可能になりました。 これは、合併等自体には賛成だが「対価として交付される財産の割当に不満足である者も存在し得る」という、より nuanced な株主の意思を反映するための法改正です。 しかし、常に含めるべきかは事案によります。例えば、合併自体に反対した株主の場合、シナジーを考慮しない方が立法趣旨に沿う可能性もあります。 |
| 反対理由による価格の差異 | 合併自体に反対する株主と、合併比率に不満な株主とで、「公正な価格」は変わるべきでしょうか。株主平等の原則からは否定的ですが、この点について確立された見解はまだありません。 |
| 当事者の主張・証拠への拘束 | 裁判所や鑑定人は、当事者が提出した主張や証拠の範囲内でのみ価格を判断すべきか、という問題です。専門的知見の活用と、当事者の手続き的な権利保障とのバランスが問われます。 |
これらの解釈論点は、極めて法律的な判断を伴います。したがって、鑑定人は決して独断で判断してはなりません。評価基準日をいつにするか、支配権プレミアム(コントロール・プレミアム)を考慮すべきかといった論点に加え、「シナジー効果について裁判所を説得する責任は会社・株主のいずれにあるのか」「発行会社の経営者の裁量権は株式価格算定の非訟事件においても尊重されるべきか」といった点も含め、当該事案においてどの解釈を前提とすべきかについて、裁判所と綿密に協議し、その見解に沿って評価を進めることが極めて重要です。
3.3. 譲渡制限株式の買取と「一切の事情」を考慮した価格
非公開会社でよく見られる譲渡制限株式は、会社の承認なしに第三者へ譲渡することができません。実務上、株主が株式の譲渡を会社に請求したものの、会社がそれを承認しないケースがあります。この場合、会社は自らその株式を買い取るか、または他の買取人を指定する義務を負います。
この場面で注目すべきは、会社法が定める評価基準です。反対株主の買取請求における「公正な価格」とは異なり、ここでは会社法144条3項に基づき、「譲渡等承認請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮」して価格を決定する、と定められています。この一見してより広範な基準をどう解釈するかが、評価実務上の鍵となります。
この基準に関する主要な解釈上の論点を、以下に整理します。
• Q: 「公正な価格」との違いは?
A: 法律上も学説上も、両者の違いについて確立された見解はまだありません。文言上は「一切の事情」の方が裁量が大きいようにも読めますが、具体的にどのような事情をどこまで考慮できるかについては、鑑定人が独断せず、裁判所と十分に協議する必要があります。
• Q: 考慮できない「事情」はありますか?
A: はい。「一切の事情」といっても、株式の客観的価値と無関係な要素は考慮できません。例えば、**買受人の資力(支払い能力)**や、株式を譲渡する株主側の個人的・主観的な事情などは、価格決定において考慮すべきではないとされています。
• Q: 評価基準日はいつですか?
A: これは条文で「譲渡等承認請求の時」と明確に定められています。
• Q: コントロール・プレミアム等は考慮すべきか?
A: ある株式を取得することで会社の支配権に影響が及ぶ場合、その価値(コントロール・プレミアム)を「一切の事情」の一部として考慮することは、学説上も妥当と考えられています。しかし、この点も裁判所の見解と齟齬が生じないよう、十分に協議すべき重要事項です。
3.4. その他の主要な評価場面
これまで詳述した2つの代表的なケース以外にも、公認会計士が実務で遭遇しうる価値評価が求められる場面が会社法にはいくつか定められています。
• 全部取得条項付種類株式の取得
主に事業再生の局面で、株主全員の同意なく100%減資を行う際などに用いられる手法です。特徴的なのは、会社法172条1項において、株主が裁判所に価格決定を申し立てる際の価格決定の基準が明記されていない点です。そのため、評価にあたっては、より一層、裁判所との慎重な協議が必要となります。
• 相続人等に対する売渡請求
定款に定めがある場合、会社にとって好ましくない者に譲渡制限株式が相続等によって移転した際に、会社がその相続人に対して株式の売渡しを請求できる制度です。この場合の価格決定基準は、「請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮」して決定されます。
• 単元未満株主による買取・売渡請求
単元未満株主の投下資本回収を容易にするための制度です。非上場株式の場合、当事者間の協議が調わなければ、裁判所が価格を決定します。この場合の基準も「請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮」して決定されます。
4. まとめ:鑑定業務における実務上の注意点
ここまで、裁判目的の企業価値評価に関する様々な場面と法的な論点を見てきました。特に、裁判所から選任される「鑑定業務」は、当事者の一方から依頼される算定業務や検討業務とは一線を画す、特殊で重い責任を伴うことを心に刻んでください。我々は依頼人の代理人ではなく、あくまで裁判所の判断を補助する中立な専門家なのです。
これから鑑定業務に取り組む皆さんが、その職責を正しく全うするために、実務上、特に重要となる5つの注意点を以下にまとめます。
1. 独立性と中立性の徹底
鑑定人は裁判所の補助者であり、紛争当事者の代理人ではありません。業務を受託する前はもちろん、業務期間中も、当事者との間に実質的にも外観上も、いかなる利害関係も持たないことが絶対条件です。少しでも疑義を招くような関係があれば、その業務を引き受けることはできません。
2. 裁判所との密な協議
シナジー効果をどこまで反映させるか、評価基準日をいつにするか、といった法律解釈に関わる事項の最終判断は、我々鑑定人ではなく裁判官が下します。我々の役割は、解釈の違いが評価額にどのような影響を与えるかを客観的かつ分かりやすく説明し、裁判所に判断を仰ぐことです。決して独断で法的解釈を行ってはなりません。
3. 主張書面と争点の網羅的分析
法的紛争は長期化し、当事者双方から提出される主張書面や証拠資料は膨大な量になることがあります。重要な論点が鑑定意見から抜け落ちるリスクを防ぐため、個々の争点について双方の主張を一覧化・整理するなどして、常に全体像を把握しながら分析を進めることが重要です。
4. 守秘義務と鑑定書の記載内容
公認会計士法が定める厳格な守秘義務は当然遵守しなければなりません。それに加え、鑑定書は紛争の両当事者に開示されることを前提に作成する必要があります。したがって、一方の当事者に著しい不利益をもたらすような、事業運営上の秘匿性が極めて高い情報などを鑑定書に記載する際には、その必要性を慎重に検討すべきです。
5. 責任範囲の明確化と自己防衛
鑑定業務では裁判所との間に契約書は存在しませんが、非常に重い責任が課せられます。業務開始にあたっては裁判所で「良心に従って誠実に鑑定することを誓います」と宣誓書に署名押印することが求められ、虚偽の鑑定を行えば虚偽鑑定罪(刑法171条)という厳しい刑事罰に問われるのです。そのため、裁判所から受領する鑑定命令書や、こちらから提出する上申書といった公式な書面を通じて、業務の範囲、採用した前提条件、情報入手上の制約などを記録に残し、自らの責任の範囲を明確化しておくことが、専門家としての自己防衛に繋がります。
ガイド:Q&A
問1. 会社法に基づき、裁判所による株式等の価格決定が予定されている代表的な場面を3つ挙げてください。
会社法に基づき裁判所による価格決定が予定されている代表的な場面には、①組織再編等に反対する株主からの株式買取請求(会社法117条Ⅱ等)、②承認されなかった譲渡制限株式の株主(または取得者)からの売買価格決定申立て(同144条Ⅱ)、③全部取得条-項付種類株式の取得に不服のある株主からの価格決定請求(同172条Ⅰ)などがあります。これらの場面では、当事者間の協議が調わない場合に、裁判所が最終的な価格を決定します。
問2. 反対株主の株式買取請求における「公正な価格」の解釈について、会社法が旧商法から変更した重要な点は何ですか。また、その変更はシナジー効果の評価にどのような影響を与えましたか。
会社法では、旧商法の「決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」という文言から「決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ」の部分が削除されました。この変更により、組織再編等の決議によって生じるシナジー効果を「公正な価格」の算定に含めることが法文上排除されなくなりました。ただし、シナジー効果を常に考慮すべきかは事案ごとに裁判所が判断するため、鑑定人は裁判所との協議が必要です。
問3. 裁判目的の企業価値評価において、公認会計士が関与する「鑑定人」「算定人」「検討人」の役割と立場の違いを説明してください。
「鑑定人」は、裁判所から選任され、裁判官の判断を補充するために中立・公正な立場で専門的意見を述べる補助者です。「算定人」は、株主や会社など一方の当事者からの依頼に基づき、その当事者の意思決定の参考となる評価額を算定します。「検討人」は、一方の当事者の依頼で、相手方が提示した算定書や評価額の妥当性を批判的に検討します。
問4. 譲渡制限株式の売買価格を決定する際の法的基準は何ですか。また、鑑定人はこの基準をどのように解釈して業務にあたるべきですか。
譲渡制限株式の売買価格の法的基準は、「譲渡等承認請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮」して決定することです。鑑定人は、この基準が具体的に何を意味するかは最終的に裁判所が判断する法律問題であると理解し、裁判所の解釈を前提として、その解釈に沿った具体的な金額を意見として述べることになります。
問5. 鑑定人が鑑定業務を進める上で、価格の評価基準日を決定することがなぜ重要であり、どのような難しさがありますか。
価格の評価基準日をいつにするかは、評価額に重大な影響を及ぼすため非常に重要です。しかし、理論的に適切な基準日(例:決議日、効力発生日)の財務資料が必ずしも入手可能とは限らないという現実的な問題があります。そのため、鑑定人はどの時点を基準とするかについて、裁判所と十分に協議する必要があります。
問6. 鑑定業務における鑑定人の「独立性」と「中立性」が特に重要視される理由は何ですか。
鑑定人は、裁判官の判断能力を補充する補助者であり、その意見は裁判所の利害調整の参考資料となるため、独立性と中立性が不可欠です。鑑定人は、争っている両当事者から独立した公正不偏な立場を維持し、一方の意見に偏ることなく平等に検討することで、裁判所の判断に資する客観的な意見を提供することが求められます。
問7. 鑑定人が、当事者から提出されていない資料を独自に用いて意見を形成することには、どのような問題がありますか。
当事者に弾劾の機会が与えられていない資料を鑑定人が自由に用いることは、「不意打ち」を避ける観点から問題があります。専門的な知見を有する鑑定人が妥当な結論を導くために追加資料が必要な場合でも、手続き的な保障を確保するため、裁判所、鑑定人、当事者の協同作業の中で進めるべきとされています。
問8. 全部取得条項付種類株式の取得価格決定において、評価上、特に重要な論点となるのはどのような点ですか。
全部取得条項付種類株式の制度は、事実上の倒産状態にある会社の任意整理等で利用されることが多いため、評価上の重要な論点は、発行会社が清算価値および継続企業価値において債務超過に陥っているか否かになります。会社の財政状態が極めて悪い場合が多いため、その価値評価が中心的な争点となります。
問9. 裁判所に提出された鑑定書はどのように利用されますか。また、鑑定人は鑑定書の閲覧者に対してどのような責任を負いますか。
鑑定書は、裁判所の判断資料として利用されると同時に、争っている両当事者にも開示されることが前提となっています。しかし、鑑定人の責任はあくまで裁判所に対するものに限定され、鑑定書の閲覧者である当事者やその他の第三者に対して直接的な責任を負うものではありません。
問10. 検査役の調査に代わって、公認会計士等の専門家が株式等の評価額の相当性を証明した場合、どのような重い責任を負う可能性がありますか。
公認会計士等の専門家が、検査役の調査に代替して現物出資等の財産評価の相当性を証明した場合、その財産の価額が著しく不足するときに、会社に対して不足額を支払う義務、すなわち「財産価額てん補責任」を負う可能性があります。これは非常に重い責任であるため、安易に証明業務を受託することは問題があるとされています。
用語集
| 用語 | 定義 |
| 鑑定人 | 裁判官の判断能力を補充することを目的として、裁判所から選任され、専門的知識を適用して得た判断結果を報告する学識経験を有する第三者。裁判所の補助者であり、当事者双方に対して公正・中立な立場にある。 |
| 算定人 | 会社や株主など、争いの一方の当事者からの依頼を受け、その依頼人の意思決定の参考として利用される評価額を算定する専門家。 |
| 検討人 | 一方の当事者からの依頼に基づき、相手方が提示した算定書や金額について、その算定根拠等を批判的、個別具体的に検討する専門家。 |
| 公正な価格 | 会社法上の反対株主の株式買取請求権等で用いられる評価基準。旧商法と異なり「決議がなかった場合の価格」とは限定されておらず、シナジー効果を含み得るなど、解釈は具体的な事案における裁判所の判断に委ねられる。 |
| 資産状態その他一切の事情 | 会社法上の譲渡制限株式の売買価格決定等で用いられる評価基準。「譲渡等承認請求の時」を基準とし、会社の資産状態のほか、支配権の所在など様々な事情を考慮するが、買受人の資力など客観的価値と無関係な要素は含まれない。 |
| シナジー効果 | 合併等の組織再編行為によって、複数の企業が統合されることで生まれる相乗効果。価値評価において、この効果を「公正な価格」に含めるか否かが重要な論点となる。 |
| コントロール・プレミアム | 会社の経営支配権を獲得できる株式を取得する際に、少数株主の株式価値に上乗せされる価値(プレミアム)。譲渡制限株式の売買価格決定などで考慮されることがある。 |
| 非流動性ディスカウント | 株式が非上場であるなど市場での流動性が低い場合に、その価値を割り引いて評価すること。譲渡制限株式や単元未満株式の評価で問題となり得る。 |
| マイノリティ・ディスカウント | 経営支配権を持たない少数株主の株式であることから、その価値を割り引いて評価すること。コントロール・プレミアムと表裏一体の概念。 |
| 全部取得条項付種類株式 | 会社が株主総会の決議によって、その種類の株式の全部を取得することができる旨の定めが付された株式。100%減資などを円滑に進めるために利用される。 |
| 譲渡制限株式 | 株式を譲渡する際に、会社の承認を必要とする旨が定款で定められている株式。会社の望まない者が株主になることを防ぐ目的で利用される。 |
| 財産価額てん補責任 | 検査役の調査に代わり、弁護士・公認会計士等が現物出資等の財産評価の相当性を証明した場合、その価額に不足があれば、証明者が会社に対して不足額を支払う責任。 |
| 主張書面 | 裁判手続において、当事者が自らの主張を記載して裁判所に提出する書面。鑑定人は、双方の主張書面を分析し、争点を網羅的に把握することが重要となる。 |
| 書証 | 文書を証拠として調べること、または証拠となる文書そのものを指す慣例的な呼び方。当事者が提出する算定書や検討書も書証として扱われる。 |
| 虚偽鑑定罪 | 法律により宣誓した鑑定人が虚偽の鑑定をした場合に成立する犯罪(刑法171条)。3月以上10年以下の懲役に処せられる。 |

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