この記事で判断できること:BEPS防止措置実施条約(MLI)の概要
国税庁タックスアンサーの「No.2891 BEPS防止措置実施条約の概要」について解説します。
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海外の取引先に使用料を払うとき、租税条約の限度税率を調べたら「BEPS防止措置実施条約により修正」という注記があった。何が変わっているのか、自社の支払に関係があるのか。国税庁タックスアンサー No.2891 の内容を、「この条約は何か」「いつ・どの条約に適用されるか」「既存の条約とどう組み合わさるか」の3点に絞って整理します。届出書の手続そのものは No.2888 で扱います。
この記事の結論
BEPS防止措置実施条約は、OECD の BEPS プロジェクトで策定された防止措置のうち租税条約に関連する措置を、多数の既存の租税条約に同時かつ効率的に組み込むための多数国間条約です。日本では平成31年1月1日に発効しました。規定はその条約のすべての締約国が適用を選択した場合にのみ適用され、既存の同様の規定に代わって、または同様の規定がなければ加えて適用されます。
相手国が未批准、またはその条約を対象に選んでいない
本条約は適用されず、既存の条約のまま
両国が条約を対象に選び、両国で発効
両国が選んだ規定が既存の条約を修正して適用
- 1新しい二国間条約ではなく、既存の租税条約を修正する条約です。対象税目は源泉所得税(タックスアンサー上)。
- 2日本と相手国の両方がその条約を対象に選び、かつ両方が同じ規定を選んだときだけ、その規定がその条約に効きます。どちらかが選ばなければ効きません。
- 3実務では「相手国との条約にいつから・どの規定が適用されているか」を、財務省の適用関係の表と統合条文で確認します。
要点1 BEPS防止措置のうち租税条約に関連するものを、多数の既存条約に一括で実施する条約
経済協力開発機構(OECD)の BEPS プロジェクトにおいて策定された、税源侵食および利益移転を防止するための措置(BEPS防止措置)のうち租税条約に関連する措置を、多数の既存の租税条約について同時かつ効率的に実施することを可能とするための「税源侵食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約」(BEPS防止措置実施条約。以下「本条約」)が、日本では平成31年1月1日に発効しました。タックスアンサーの対象税目は源泉所得税です。
財務省の資料によると、導入できる防止措置は、租税条約の濫用等を通じた租税回避行為の防止に関する措置と、二重課税の排除等納税者にとっての不確実性排除に関する措置から成り、BEPS プロジェクトの行動2・6・7・14の最終報告書が勧告する措置が含まれます。2026年5月6日現在で105か国・地域が署名、うち89か国・地域が批准書等を寄託しており、日本は43か国・地域との租税条約を適用対象として選んでいます。
要点2 規定は、その条約のすべての締約国が適用を選択した場合にのみ適用される
本条約に規定する租税条約に関連する BEPS 防止措置の規定は、原則として、各租税条約のすべての締約国(二国間条約の場合は、その両締約国)がその規定を適用することを選択した場合にのみその租税条約について適用され、各租税条約のいずれかの締約国がその規定を適用することを選択しない場合には、その規定はその租税条約については適用されません。
財務省の資料では2段階で説明されています。まず各締約国は、既存の租税条約のいずれを本条約の適用対象とするかを任意に選び、いずれかの締約国が本条約の締約国でない場合や、その条約を対象に選んでいない場合には、本条約はその条約に適用されません。次に各締約国は、どの規定を適用するかを所定の要件の下で選び、選んだ規定は原則として対象のすべての条約に適用され、特定の条約だけに適用する・しないという選び方はできません。選択の内容は寄託者(OECD 事務総長)に通告され、公表されます。
要点3 既存の条約の同様の規定に代わって、または加えて適用される
本条約に規定する BEPS 防止措置の規定が既存の租税条約について適用される場合には、本条約の規定が、既存の租税条約に規定されている同様の規定に代わって、または既存の租税条約に同様の規定がない場合にはその租税条約の規定に加えて、適用されます。日本が適用することを選んでいる規定は、取引の主たる目的に基づく条約の特典の否認(第7条)、恒久的施設の地位の人為的な回避の防止(第12条・第13条)、相互協議手続の改善(第16条)など、適用しないことを選んでいる規定は、配当を移転する取引に対する軽減税率の適用の制限(第8条)、契約の分割による恒久的施設の地位の人為的な回避に関する規定(第14条)などです(下表)。本条約に関する最新の情報は、財務省ホームページの「BEPS防止措置実施条約に関する資料」で確認します。
| 適用する規定 | 課税上存在しない団体への条約適用(3条)、双方居住者の団体の居住地国(4条)、前文の文言(6条)、主たる目的による特典の否認(7条)、不動産化体株式の譲渡収益(9条)、第三国内PEの特典制限(10条)、コミッショネア契約・特定活動の除外によるPE回避(12条・13条)、相互協議の改善(16条)、対応的調整(17条)、仲裁(第6部) |
| 適用しない規定 | 所得免除方式の制限(5条)、特典を受ける者を適格者等に制限する規定(7条の一部)、配当の軽減税率の制限(8条)、自国の居住者への課税権の制限(11条)、契約の分割によるPE回避(14条) |
| 適用対象に選んだ相手 | 43か国・地域(うち相手側も日本との条約を対象に選び批准書等を寄託済みは39か国・地域、2026年5月6日現在) |
要点4 適用の開始は条約ごとに違う。統合条文で「いつから・どの規定か」を確認する
原文にはありませんが、実務では「自社の支払に本条約がいつから効いているか」が問題になります。財務省の資料によると、本条約は、両締約国がその条約を対象に選び、かつ本条約が両締約国について発効した場合に、順次その条約に適用されます。各国の発効日は、批准書等を寄託した日に始まる3か月の期間が満了する日の属する月の翌月の初日です。どの規定がいつから適用されるかは条約ごとに異なり、財務省は相手国ごとの「概要」と、既存条約と本条約の規定を統合した「統合条文」を公表しています。統合条文は便宜的な文書で、法的効力はありません。
たとえば日・アイルランド統合条文では、本条約はアイルランドについて2019年5月1日に発効し、源泉徴収される租税については2020年1月1日以後に生ずる課税事象から適用すると説明されています。国税庁のパンフレット(平成30年12月)では、英国・オーストラリア・フランスなど8か国・地域との条約について、源泉所得税はスウェーデンを除き2019年1月1日以後に支払を受けるべきものから適用されるとされています。相手国の批准が遅ければ、日本で発効していても、その条約にはまだ適用されていないことがあります。
設例で確かめる
| 相手は英国の会社。日英双方が条約を対象に選び、両国で発効済み | 本条約で修正された日英条約を適用。源泉所得税は2019年1月1日以後の支払から(国税庁パンフレット) |
| 相手はアイルランドの会社 | アイルランドは2019年5月1日発効。源泉徴収される租税は2020年1月1日以後の課税事象から(統合条文) |
| 相手国は署名したが、まだ批准書等を寄託していない | 本条約は適用されない。既存の条約のまま判断する |
| 相手国が第8条(配当の軽減税率の制限)を選んでいる | 日本は第8条を適用しないと選択しているため、日本との条約には効かない |
| 相手は台湾の会社 | 台湾とは租税条約がなく、本条約の話ではない。相互免除法(No.2890)で判断 |
| 相手は米国の会社 | 米国は財務省の署名国一覧(2026年5月6日現在)にない。日米条約はそのまま適用 |
1番目と2番目は適用の開始日が違う例、3番目と6番目は本条約が効かない例、4番目は日本の選択で効かない例です。
例外と注意点
- 対象の条約と規定は、締約国が任意に選ぶどの既存条約を対象にするか、どの規定を適用するかは所定の制限の下で各締約国が選びます。選ばれていない条約・規定には効きません。
- いずれかの締約国が本条約の締約国でなければ適用されない署名していない国や、批准書等を寄託していない国との条約には適用されません。
- 適用の開始は条約ごとに違う源泉徴収される租税とその他の租税で開始時期が異なり、相手国の発効日にも左右されます。
- 統合条文に法的効力はない財務省の統合条文は便宜的な文書です。適用される法的文書は、条約と本条約の正文です。
よくある間違い
- 新しい租税条約ができたと考えている既存の租税条約を修正する条約です。既存の条約が廃止されるわけではありません。
- 日本で発効したから、すべての条約に効いていると考えているその条約の両締約国が対象に選び、両国で発効した条約にだけ、順次適用されます。
- 日本が選んだ規定は相手国にも効くと考えている相手国が同じ規定を選んでいなければ、その条約には適用されません。
- 適用の開始日を日本の発効日(平成31年1月1日)と思い込んでいる相手国の発効日や課税の種類で異なります。統合条文の説明で条約ごとに確認します。
- 統合条文だけで判断している統合条文は便宜的な文書で法的効力はありません。条約と本条約の正文で確かめます。
実務の確認手順
- 相手国との租税条約が本条約の対象かを確認する財務省「我が国の選択の概要」に相手国があるか。相手国も日本との条約を対象に選び、批准書等を寄託しているか。
- 適用関係の表と統合条文を開く相手国ごとの「概要」で、適用される規定と適用の開始時期を確認する。
- 支払に効く規定を特定する主たる目的に基づく特典の否認(第7条)など、自社の支払に関係する規定を把握する。
- 届出書の手続を進める租税条約に関する届出書(No.2888)の提出は従来どおり。特典条項に関する付表が必要な条約かも確認する。
- 確認日と根拠を記録する各国の通告は順次更新される。統合条文の版と確認日を記録し、次の支払時に再確認する。
根拠と関連記事
結論欄の評価は TaxJudge 編集部の目安です。頻出度=給与・経理の実務でこの論点に出会う頻度(★5:ほぼ毎月〜★1:まれ)。難易度=基礎:原則を知れば判断できる/標準:例外や他の制度との関係まで見る必要がある/応用:個別事情の判断や複数制度の横断が必要。
根拠:国税庁タックスアンサー No.2891 BEPS防止措置実施条約の概要(令和8年4月1日現在法令等)、国税庁パンフレット 源泉所得税の改正のあらまし BEPS防止措置実施条約関係(平成30年12月)、財務省 BEPS防止措置実施条約に関する資料(概要及び経緯、ポイント、署名国、我が国の選択の概要、我が国の租税条約に対する適用関係。2026年5月6日現在)、同 日・アイルランド統合条文(和文)(いずれも2026年10月確認)。先生とハルカは架空の人物で、会話は制度を理解するための学習用です。個別の判断は国税庁・財務省の原文と最新の条約の正文で確認してください。
Q&A
読んだ内容の確認用です。質問を押すと答えが開きます(全10問)。
Q1「BEPS防止措置実施条約」の正式名称は何ですか。答えを見る ▼閉じる ▲
正式名称は「税源侵食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約」です。一般的には「BEPS防止措置実施条約」や「本条約」と呼称されます。
Q2この条約が日本において発効したのはいつですか。答えを見る ▼閉じる ▲
日本においては、平成31年1月1日に発効しました。国税庁の原文は令和8年4月1日現在の法令等に基づいています。
Q3この条約の主な対象となっている税目について説明してください。答えを見る ▼閉じる ▲
国税庁No.2891の対象税目は源泉所得税です。ただし本条約は、租税条約に関連するBEPS防止措置を既存の租税条約に導入するもので、その影響は源泉徴収に限られません。
Q4この条約が策定された背景には、どのようなプロジェクトがありますか。答えを見る ▼閉じる ▲
経済協力開発機構(OECD)が進める「BEPSプロジェクト」が背景にあります。このプロジェクトで策定された「税源侵食および利益移転を防止するための措置」を実施するためのものです。
Q5多数の既存の租税条約に対して、この条約を用いる主な利点は何ですか。答えを見る ▼閉じる ▲
多数の既存の租税条約に対して、BEPS防止措置を同時かつ効率的に実施できる点です。個別に条約を再交渉することなく、一括して措置を反映させることが可能になります。
Q6本条約の規定が特定の租税条約に適用されるための「選択」に関する条件を説明してください。答えを見る ▼閉じる ▲
原則として、その租税条約のすべての締約国が、その規定を適用することを選択した場合にのみ適用されます。二国間条約であれば、両国が選択する必要があります。
Q7租税条約の締約国のうち、一方が規定の適用を選択し、もう一方が選択しなかった場合、その規定はどうなりますか。答えを見る ▼閉じる ▲
各租税条約のいずれかの締約国がその規定を適用することを選択しない場合には、その規定はその租税条約については適用されません。双方の合意(選択)が必須となります。
Q8既存の租税条約に本条約の規定と同様の規定が既に存在する場合、本条約はどのように作用しますか。答えを見る ▼閉じる ▲
本条約の規定が、既存の租税条約に規定されている同様の規定に代わって適用されることになります。これにより、既存の条約内容が本条約の基準に更新されます。
Q9既存の租税条約に同様の規定が存在しない場合、本条約の規定はどのように扱われますか。答えを見る ▼閉じる ▲
既存の租税条約に同様の規定がない場合には、本条約の規定がその租税条約の規定に加わる形で適用されます。既存の条約を補完する役割を果たします。
Q10本条約に関する最新の資料や詳細情報を確認したい場合、どの機関のウェブサイトを参照すべきですか。答えを見る ▼閉じる ▲
財務省のホームページに掲載されている「BEPS防止措置実施条約に関する資料」のページを確認してください。また、国税に関する具体的な相談は国税局電話相談センター等で受け付けています。
