棚卸資産の評価方法を変更するのはどんなとき?開示事例から考える

「棚卸資産の評価方法を変更しました」

——注記でこの一文を見たとき、まず確かめるべきことがあります。その会社は、当期の財務諸表に表示する過年度の比較情報を遡及修正したのか、していないのか。同じ「棚卸資産の評価の変更」という言葉が、遡及の要否が正反対の2つの論点に使われているからです。

ひとつは、払出単価の算定方法を変えた場合。移動平均法から総平均法へ、といった変更で、これは会計方針の変更であり、原則として遡及適用します。

もうひとつは、収益性の低下に基づく簿価切下げの判断基準や評価率を変えた場合。滞留在庫の評価減のルールを見直す変更で、これは会計上の見積りの変更として将来に向かって適用します。前者は過去に遡り、後者は遡りません。

やっかいなのは、実際の開示では、後者を「棚卸資産の評価方法の変更」という見出しで書いている会社があることです。見出しの言葉では見分けがつきません。この記事では、実在する上場会社の開示原文から、2つをどう見分けるか・それぞれ何が契機になるのか・遡及が実務上できないときに各社がどう着地しているのかを整理し、税務手続まで扱います。

なお本記事では、当サイト「会計変更ナビ」で関連する開示を横断的に探索し、掲載事例は各社の開示内容を個別に確認したうえで整理しています。ナビの分類・集計は事例探索を目的としたもので、件数や分類は開示の記載方法等により変動する可能性があります。

目次

結論

「棚卸資産の評価を変えた」には2種類ある

  • まず区分を見分ける
    払出単価の算定方法(個別法・先入先出法・平均原価法・売価還元法)を変えたなら会計方針の変更で原則遡及、収益性の低下の見積り(判断基準・評価率・回転期間)を変えたなら会計上の見積りの変更で将来適用
  • 見出しの言葉は当てにならない
    「棚卸資産の評価方法の変更」という見出しで、区分は会計上の見積りの変更として開示している事例が確認できます。判断は見出しではなく本文が何を変えたと書いているかで行います。
  • 評価方法の変更で、実際に遡及適用した事例は確認できなかった
    探索した範囲では、多くが「影響額が軽微」として遡及せず、遡及が実務上不可能とした事例も原則的な遡及適用には至っていません。ただし「軽微だから遡及しなくてよい」わけではありません。重要性の判断は個別に行うものです。
  • 「実務上不可能」のときの着地は一つではない
    期首残高を引き継いで将来にわたり適用した事例、期中(第3四半期)から適用した事例、期首の差額から累積的影響額を算定した事例が、それぞれ確認できます。
  • 簿価切下げの見積り変更は、増益にも減益にも動く
    探索した範囲では方向は分かれており、一方向には偏っていません。
  • 会計と税務は別立て
    会計上の払出単価の算定方法を変更しても、税務上の評価方法が自動的に変わるわけではありません。税務上も評価方法を変更する場合には変更承認申請が必要で、現によっている評価方法を採用してから相当期間(原則3年)を経過していない場合は、原則として承認されません。簿価切下げは、税務上の評価損の要件を満たさなければ損金になりません。

まず見分ける:単価を変えたのか、切下げを変えたのか

① 評価方法の変更② 簿価切下げの見積り変更
何を変えるか払出単価の算定方法
(例:移動平均法→総平均法)
収益性の低下の見積り
(例:滞留の回転期間・評価率)
会計上の区分会計方針の変更会計上の見積りの変更
遡及の要否原則として遡及適用将来に向かって適用(遡及しない)
当期財務諸表の比較情報原則として遡及修正する遡及修正しない
説明すべきこと正当な理由変更の内容と影響額

①について
企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」は、購入代価等に付随費用を加算して取得原価とし、個別法・先入先出法・平均原価法(総平均法・移動平均法)・売価還元法の中から選択した方法を適用して払出原価と期末棚卸資産の価額を算定すると定めています(第6-2項)。

要するに払い出した在庫にいくらの単価を当てるかのルールで、これを変えるのが①です。

②について
基準第9号は、正味売却価額が取得原価より下落している場合には正味売却価額をもって貸借対照表価額とし、その差額を当期の費用として処理すると定めています(第7項)。さらに、営業循環過程から外れた滞留在庫等について合理的に算定された価額によることが困難な場合には、処分見込価額まで切り下げる方法一定の回転期間を超える場合に規則的に帳簿価額を切り下げる方法によることができます(第9項)。

実務で「滞留在庫の評価減」と呼ばれるのはこちらで、その判断基準・評価率・回転期間を見直すのが②です。

見出しの言葉では見分けられない

ここが実務上の落とし穴です。

開示を横断的に読むと、「棚卸資産の評価方法の変更」という見出しを掲げながら、区分は会計上の見積りの変更として開示している事例が見つかります。

ほぼ日(2021年8月期)の注記は、見出しが「(棚卸資産の評価方法の変更)」です。しかし本文が述べているのは、従来

「原則として過去の一定期間の販売実績数を翌期以降の販売見込み数量とし、これを超過する在庫の帳簿価格を切り下げた価額をもって貸借対照表価額としていました」という切下げの判断基準を、「当事業年度末から帳簿価格を切り下げる判断基準を変更しています」

というもの。単価の算定方法の話ではありません。区分も会計上の見積りの変更で、影響額は営業利益・経常利益・税引前当期純利益がそれぞれ77,938千円増加しています。

ホームポジション(2023年8月期)も同じ構造で、見出しは「(棚卸資産の評価方法の変更)」ですが、内容は

「物件ごとの正味売却価額に基づき収益性の低下の見積りを行ってきました」

という方法を、「個別評価対象物件を除き、過去の損失計上実績率により一律に帳簿価額を切下げる方法に変更しております」というものです。

つまり「評価方法」という言葉は、実務では①の意味でも②の意味でも使われています見出しではなく「何を変えたのか」を本文で特定することが先決です。手がかりは単純で、払い出す在庫の単価の付け方を変えたのか、それとも在庫の価値の見立てを変えたのか——この一点です。

①評価方法の変更:遡及した事例は確認できなかった

①は会計方針の変更ですから、原則は遡及適用です。

ところが会計変更ナビで評価方法の変更を横断的に探索すると、確認できた事例には、原則どおり遡及適用したものが見当たりませんでした。降り方は2通りで、ひとつは影響額が軽微として遡及しないもの(オハラ、テラプローブ、トリプルアイズ、スターシーズ、アツギ、ジェリービーンズグループなどが「この変更による影響額は軽微であるため、遡及適用は行っておりません」という趣旨を記載)。もうひとつが遡及が実務上不可能とするもので、こちらは後述のとおり着地が分かれます。

注意したいのは、これは「軽微だから遡及しなくてよい」という因果ではないことです。重要性が乏しいかどうかは個別の判断であり、「多くの会社が軽微としているから自社も軽微でよい」とはなりません。読み取れるのは、確認した開示では、結果として影響額が軽微であると説明する事例が多くみられたという観察にとどまります。

方向は「出ていくだけの方法」と「行き来する方法」に分かれる

減価償却方法の変更では、確認できた事例がいずれも定率法から定額法という一方通行でした。棚卸資産はそうなっていません。ただしまったくの無秩序でもありません

変更前 → 変更後確認できた事例逆方向
最終仕入原価法 → 先入先出法/移動平均法テラプローブ、サックスバーHD、三晃金属工業見当たらない
売価還元法 → 総平均法アークランズ、スターシーズ見当たらない
個別法 → 総平均法アンドエスティHD、トリプルアイズ見当たらない
先入先出法・移動平均法・総平均法の相互間オハラ、商船三井、アツギ、ジェリービーンズG、扶桑薬品工業双方向に存在

上の3行と最下行では、性質が違います。手がかりは基準が「適した場面」を書いているかどうかです。

最終仕入原価法
そもそも基準が評価方法として定めていません。基準は、この方法によれば期末棚卸資産の一部だけが実際取得原価で評価され、その他は時価に近い価額で評価される場合が多いとしたうえで、「期末棚卸資産の大部分が最終の仕入価格で取得されているときのように期間損益の計算上弊害がないと考えられる場合や、期末棚卸資産に重要性が乏しい場合においてのみ容認される方法と考えられる」と述べています(第34-4項)。

容認の範囲が限定されている以上、そこから基準が定める方法へ移る動きはあっても逆は生じにくい——確認できた事例は、この理解と整合しています。

個別法と売価還元法
これらは第6-2項が定める正規の方法であり、劣った方法ではありません。ただしこの2つだけは基準が適した場面を明記しています

個別法は、個別性が強い棚卸資産の評価に適した方法である」「売価還元法は、取扱品種の極めて多い小売業等の業種における棚卸資産の評価に適用される」と。

適した場面が書かれているということは、実態がその場面から外れれば、そこから出ていく理由が立つということでもあります。実際、トリプルアイズ(2024年8月期)は個別法から総平均法への変更について「従来は、案件毎に個別に商品を仕入れ、管理を行っておりましたが、当連結会計年度より、同一規格の商品及び製品を販売する案件が大多数を占めるようになったことから」と述べています。個別性が強かった在庫が、そうでなくなった——個別法が適した場面から外れたわけです。

先入先出法・平均原価法
適した場面の記載がなく、基準は「棚卸資産の評価方法は、事業の種類、棚卸資産の種類、その性質及びその使用方法等を考慮した区分ごとに選択し、継続して適用しなければならない」(第6-3項)と定めるにとどまります。場面が特定されていないのですから、この3つの相互間で方向が定まらないのは、むしろ自然です。

実際、移動平均法は出ていく側にも入る側にも現れます。どちらが優れているかではなく、自社の実態にどちらが合うかで決まっている、と読むのが素直です。

ジェリービーンズグループ(2026年1月期)は、先入先出法から移動平均法への変更を「仕入価格のボラティリティの高まりを契機に、期間損益計算をより適正にするために行ったものであります」としています。システムも組織も変わっていません。変わったのは仕入価格の振れ方という外部環境だけです。

「実務上不可能」のときの着地は、3社3様だった

①でもっとも実務的に重いのが、遡及適用したくてもできないケースです。

過去の受払データが新システムに引き継がれていない、旧方法の記録粒度では新方法の計算ができない——契機がシステムであるほど起きやすい問題で、基幹システム刷新を契機とした会計方針変更で見たとおり変更の契機と、遡及できない理由が同じ事実から生じる構造です。興味深いのは、同じ「実務上不可能」でも着地がそろっていないことです。

ただし、以下の3つは任意に選べる代替処理ではありません。企業会計基準第24号第9項は、遡及適用が実務上不可能な場合について、累積的影響額を算定できるか、いつから適用可能かに応じて取扱いを分けています。

累積的影響額自体を算定できないときは実行可能な最も古い日から将来にわたり適用し、累積的影響額は算定できるが表示期間のいずれかの期間への影響額を算定できないときは、遡及適用が実行可能な最も古い期間の期首時点で累積的影響額を算定して、その期首残高から適用します。

3社の着地の違いは、利用できる過去データと算定可能な範囲の違いが表れたものと読むべきです。

会社(期)実務上不可能とした理由どう着地したか
商船三井
(2023年3月期)
過年度の在庫受払データの記録方法が新基幹システムと異なる前期末の帳簿価額を当期首残高として、期首から将来にわたり適用
アークランズ
(2023年2月期)
過年度に関する必要なデータが蓄積されていない第3四半期会計期間から適用(期首でも期末でもない)
サックスバーHD
(2023年3月期)
過年度に関する商品の評価の算定に必要なデータが一部入手不可能期首の帳簿価額の差額から累積的影響額を算定し、期首残高に反映

商船三井
「過年度の在庫受払データの記録方法が新基幹システムと異なることから先入先出法による計算を行うことが実務上不可能であり」として、前期末の帳簿価額を当期首残高とし、期首から将来にわたり先入先出法を適用しました。累積的影響額の算定自体を行わない着地です。

アークランズ
「過年度に関する必要なデータが蓄積されておらず、遡及適用に係る原則的な取扱いが実務上不可能であるため、第3四半期会計期間から適用しております」——システム改修が期中だったため適用開始も期中で、期首に遡ることすらしていません。

サックスバーホールディングス
3社のなかで最も遡及に近く、累積的影響額を過去に遡って算定することは実務上不可能としつつ、移動平均法による当期首の商品の帳簿価額と前期末の帳簿価額との差額から累積的影響額を算定し、期首残高に反映しました(利益剰余金の期首残高が11,209千円減少)。表示する過去の各期間への影響額は反映しない一方、期首時点の累積的影響額は取り込む、という処理です。

3社に共通するのは、「実務上不可能だから何もしない」ではないことです。それぞれ、算定可能な範囲を特定したうえで基準が求める適用開始時点まで取り込み、その内容を注記で説明しています。

裏を返せば、どのデータが残っていて、どこまでなら算定できるのか——それを先に確認することが、着地点を決めます。着地は選ぶものではなく、データの状況から決まると考えるほうが実態に近いでしょう。

唯一、金額で影響が見えた事例は減益だった

①の事例の多くは「影響額は軽微」で終わっており、金額が読み取れません。

そのなかで影響額を具体的に開示したのが商船三井です。移動平均法から先入先出法への変更により、当連結会計年度末における棚卸資産が1,439百万円減少し、売上原価が同額増加、その結果、営業利益、経常利益及び税金等調整前当期純利益がそれぞれ同額減少しました。減益方向です

この開示だけから、減益になった原因の内訳までは分かりません。ただ一般論として、払出単価の算定方法を変えれば期末に残る在庫の単価と、払い出された在庫の単価の両方が動きます。どちらに動くかは、仕入価格が期を通じてどう推移したか、在庫がどれだけ回転しているかといった条件次第です。方法の優劣ではなく、その会社のその期の条件で決まる——だからこそ、自社の数値による事前試算が要ります。

②簿価切下げの見積り変更:方向は一方に偏らない

次に②です。①よりも事例が多く、影響額を金額で開示している事例も多く見つかります。

まず特徴的なのは、影響額の方向が分かれることです。探索した範囲では増益方向と減益方向の事例がいずれも相応に確認でき、どちらか一方には偏っていませんでした。減価償却方法の変更で影響額の記載がほぼ増益方向に揃っていたのとは対照的です。

会社(期)変更の内容影響
KOKUSAI ELECTRIC(2026年3月期)「最終入庫からの経過期間」による分類を廃止し、「品目ごとの保有期間」を踏まえた評価売上原価1,837百万円減少(増益)
ヤマダホールディングス(2026年3月期)販売促進ルール等を反映した正味売却価額に基づく切下げを追加売上原価1,762百万円増加(減益)
島精機製作所(2025年3月期)材料について、一定の回転期間を超えたら規則的に切り下げる方法売上原価16億66百万円増加(減益)
日本トムソン(2024年3月期)新たに滞留状況に応じた評価率を設定売上原価786百万円増加(減益)
白銅(2025年3月期)残材の切下げに係る販売回転期間を変更売上原価321百万円減少(増益)
トルク(2022年10月期)個別品目ごとの判断から、一括りとした単位での判断へ売上原価124,213千円減少(増益)

方向が分かれるのは当然といえば当然です。

②は在庫の価値の見立てを変える話であり、変更後の判断基準や評価率が従来より厳格に働けば切下げは増え、反対方向に働けば減ります。つまり影響の方向は、在庫の実態と、変更した見積り手法の組合せで決まるため、事前には決まりません。

ただしこの性質は、実務上ひとつの含意を持ちます。増益方向に振れたことをもって直ちに問題だとはいえないし、減益方向だから安全ということもない。方向で説明の要否が変わるわけではなく、どちらであっても、なぜ今その見直しが必要になったのかを説明するのが基本です。

契機の型:何が「見立てを変えた」のか

②の開示を読み比べると、契機はいくつかの型に整理できます。件数の多寡ではなく説明の組み立て方として参考になります。

何が起きたか確認できた事例
型A:データが貯まった十分な期間のデータが蓄積され、実態を詳細に把握できるようになったオハラ、日本トムソン、豊和工業、フクビ化学工業、白銅、ほぼ日 ほか
型B:市場・需要環境が変わった市況・調達環境・外部指標が変化し、在庫の保有状況が変わった島精機製作所、新東、KOKUSAI ELECTRIC ほか
型C:事業モデル・体制が変わった経営計画・物流・販売体制の変更により、在庫の持ち方が変わったヤマダホールディングス、トルク ほか
型D:自社の方針転換が前提を壊した自社が方針を変えた結果、従来の見積りの前提が実態に合わなくなったKOKUSAI ELECTRIC

型Bで目を引くのが新東(2024年6月期)です。同社は

「国土交通省が発表している住宅着工件数で、特に戸建ての指標である持ち家について5年前より大幅に減少をしており、当社の出荷実績も同様の傾向がみられ、販売可能性が低下する割合も変化しております」

と述べています。外部の公的統計を挙げ、自社の出荷実績と符合することまで示す——読み手が検証できる根拠を置いた書き方です。

型DのKOKUSAI ELECTRIC(2026年3月期)は、因果の説明として出色です。

世界的なサプライチェーンの混乱と材料需要の増加でリードタイムが長期化した。そこで同社は計画的な前倒し発注を実施する方針へと転換した。その結果、最終入庫から一定期間が経過した在庫が大幅に増加した。ここで従来の「最終入庫からの経過期間」に基づく分類で評価すると、実際には将来的な使用が見込まれる在庫であっても評価減の対象となる

——つまり自社が良かれと思って行った方針転換が、従来の見積りの前提を壊してしまったわけです。だから分類の仕方を変えた、という説明です。変更の必要性と合理性を、財務諸表利用者が理解しやすい説明になっています。なお同社は、対象となる常備在庫品の帳簿価額が17,418百万円である旨も記載しています。

型Cのトルク(2022年10月期)は、変更の方向がやや意外です。新物流センターの稼働で商品の収容能力が向上し、ラインナップを豊富に取り揃える事業戦略を推し進めた——その状況を踏まえ、

「収益性の低下の有無に係る判断及び簿価切下げを個別品目ごとに行う方法から、複数の棚卸資産を一括りとした単位で行う方法へと変更しております」

としています。

個別品目ごとの判断のほうが精緻に見えますが、そうしていません。これは基準に沿った変更です。基準第9号は「収益性の低下の有無に係る判断及び簿価切下げは、原則として個別品目ごとに行う」としたうえで、複数の棚卸資産を一括りとした単位で行うことが適切と判断されるときは、継続適用を条件にその方法によるとしています(第12項)。品目が増えた結果、一括りで見たほうが投資の成果を適切に示せるという判断です。

ホームポジション(2023年8月期)も粒度を粗くする方向ですが、著しく収益性の低下した棚卸資産は個別評価対象物件として従来どおり物件ごとに見積もる旨を併記しています。粗くする範囲を限定し、重要なものは個別に見るという設計です。

同じシステムが、2回効く

ここまで①と②を分けて見てきましたが、両者が同じ会社の、同じ出来事から、時間差で生じている事例があります。オハラです。

項目1回目:第113期(2021年10月期)2回目:第116期(2024年10月期)
区分会計方針の変更会計上の見積りの変更
内容貯蔵品の評価方法を移動平均法から総平均法へ滞留在庫に対する評価率を新たに設定
理由「基幹システムの変更を契機として、これに適するたな卸資産の評価方法を採用したことによるものであります」「第113期の新基幹システム導入後3年が経過したため、蓄積した詳細なデータに基づき」
遡及影響額が軽微のため遡及適用せず将来に向かって適用
影響額軽微売上原価138百万円減少(増益)

注目すべきは、2024年10月期の注記が「第113期の新基幹システム」と明記していることです。第113期は2021年10月期、まさに評価方法を変更した期にあたります。つまり両者が同じ基幹システムを指していることが、開示原文から読み取れます。ここから見えるのは、システム刷新は、入れた瞬間と、しばらく経ってからの2回、会計に効くという構造です。

  • 導入時点
    新しいシステムでは在庫の受払データの持ち方が変わる。だから、それに適した払出単価の算定方法へ変える——会計方針の変更が起きる。
  • 数年後
    蓄積されたデータが、意味のある分析に足る量になる。在庫がどう滞留し、どう販売・消費・廃棄されているかを検証できるようになり、評価率を実態に合わせて設定し直せる——会計上の見積りの変更が起きる。

同じ型は他社にも見つかります。

日本トムソン(2024年3月期)は「第69期の新基幹システム導入後5年が経過したため、蓄積した詳細なデータに基づき、豊和工業(2025年3月期)は「第185期に新基幹システムが稼働してから2年が経過したため、蓄積した詳細なデータからと述べ、いずれも滞留状況の調査を経て新たな評価率を設定しています。

フクビ化学工業(2025年3月期)も、前連結会計年度の新基幹システム導入により十分なデータを把握できるようになったとして、正味売却価額及び簿価切下額の測定方法を変更しました。

経過年数は2年・3年・5年とばらばらで、「何年経てば見直せる」という基準があるわけではありません。データが分析に足るかどうかは、在庫の回転や品目数によって変わるからです。実務上の含意はむしろ逆向きで、システムを入れた数年後に、会計上の論点がもう一度立ち上がる可能性があるということ。導入プロジェクトが終わって落ち着いた頃に、蓄積されたデータが「従来の評価率は実態と違う」と告げてくる、という順序です。

税務は別立て:①と②で論点が違う

会計上の取扱いが2つに分かれるように、税務上の論点も2つに分かれます。会計で変更したから税務も自動的に変わる、ということはありません。

項目① 評価方法の変更② 簿価切下げの見積り変更
必要な手続税務上も評価方法を変更する場合:変更承認申請(所轄税務署長の承認)事前の変更承認申請通常不要。ただし損金算入の要件と申告調整を検討
期限変更しようとする事業年度開始の日の前日まで
主な論点現によっている評価方法を採用してから相当期間(原則3年)を経過しているか会計上の簿価切下額が税務上の評価損の要件を満たすか

①について

税務上の評価方法を変更するには所轄税務署長の承認が必要で、変更しようとする事業年度開始の日の前日までに変更承認申請書を提出します(国税庁の手続案内C1-29)。手続の対象者は、現によっている評価方法を採用してから相当期間を経過し、変更の承認を受けようとする法人とされています。「前回変更してから」ではない点に注意してください。最初にその方法を採用した場合も含まれます。

この「相当期間」について、法人税基本通達5-2-13は原則として3年という基準を示しつつ、3年を経過していても変更しようとする理由が合理的でないと認められるときは承認しないことができる旨の注書きを置いています。3年経てば自動的に通る、というものではありません

実務上の段取りとして重要なのは、期限が事業年度開始の日の前日であることです。会計上「当期から変更する」と決めた時点では、税務側の期限はすでに過ぎています。会計の検討と税務の申請は、並行して——というより税務の期限から逆算して進める必要があります。

②について

①のような事前の変更承認申請は通常不要ですが、税務上の損金算入について別の検討が必要です。

法人税法上、棚卸資産の評価損を損金の額に算入できるのは、著しい陳腐化破損・型崩れ・たなざらし・品質変化等により通常の方法によって販売することができないようになったといった、限定された事実がある場合です。

著しい陳腐化とは、棚卸資産そのものには物質的な欠陥がないにもかかわらず経済的な環境の変化に伴ってその価値が著しく減少し、その価額が今後回復しないと認められる状態をいいます。単に物価変動・過剰生産・建値の変更等の事情で時価が低下しただけでは、評価損の計上ができる事実に該当しないとされています。

ここが会計とずれます。

会計上は基準第9号第9項により一定の回転期間を超えたら規則的に帳簿価額を切り下げる処理が認められていますが、規則的に切り下げたという事実だけでは税務上の評価損の要件を満たすとは限りません。その場合、会計上の簿価切下額は損金の額に算入されず、申告調整(加算)が必要になることがあります

②の変更で売上原価が大きく増えても、その全額が税務上の損金になるとは限らない、ということです。なお、いずれの論点も個別性が高く、実際の判断は税理士にご相談ください。

棚卸資産の評価の開示事例を自分で探す(会計変更ナビ)

棚卸資産の評価の変更は同じ言葉で呼ばれる2つの論点が混ざっているため、他社事例を読むときも注意が要ります。当サイトの会計変更ナビでは有価証券報告書の注記原文を横断的に探索できます。次のように使うと①と②を分けて読めます。

  • 開示区分で絞る
    「会計方針の変更」で絞れば①寄り、「会計上の見積りの変更」で絞れば②寄りの事例が集まります。ただし見出しの言葉は当てにならないので、最後は本文で判断してください。
  • 原文の言葉で絞る
    「移動平均法」「総平均法」「先入先出法」「売価還元法」で引けば①が、「滞留」「評価率」「回転期間」「正味売却価額」で引けば②が見つかりやすくなります。
  • 影響額の書き方を見る
    「軽微」で済ませている事例と金額を明記している事例の違いを見ると、自社がどちらになりそうか当たりがつきます。

よくある質問(FAQ)

Q1. 棚卸資産の評価方法を変更したら、過年度の比較情報を修正する必要がありますか?

払出単価の算定方法(個別法・先入先出法・平均原価法・売価還元法)の変更であれば会計方針の変更であり、原則として遡及適用します

これは公表済みの過去の有価証券報告書を出し直すという意味ではなく、当期の財務諸表に表示する過年度の比較情報を、新しい方法を過去から適用していたかのように修正する処理です。減価償却方法の変更のように「見積りと区別することが困難」として将来適用が認められる類型ではありません。

ただし実際の開示では、影響額が軽微として遡及していない事例や、遡及が実務上不可能として別の着地をしている事例が確認できます。なお、滞留在庫の評価減の基準を変えたという意味での「評価方法の変更」であれば、それは会計上の見積りの変更であり、遡及適用しません。

Q2. 自社の変更が、会計方針の変更と見積りの変更のどちらか分かりません。

手がかりは「何を変えたのか」です。

払い出す在庫にいくらの単価を当てるかのルールを変えたなら会計方針の変更、在庫の価値の見立て(切下げの判断基準・評価率・回転期間・正味売却価額の見積り方法)を変えたなら見積りの変更です。注記の見出しに「評価方法の変更」と書かれていても、本文が切下げの基準の話をしていれば後者です。迷う場合は個別性が高いため、監査人や公認会計士にご相談ください。

Q3. 「基幹システムを入れ替えたため」だけでは、変更理由として不十分ですか?

通常、システムを入れ替えたという事実だけでは、変更理由の説明として十分とはいえません。

システム刷新は再検討を始める契機であり、それ自体が正当な理由になるわけではないからです。実際の開示は契機を述べたうえで、新しい方法のほうが棚卸資産の評価および期間損益計算をより適正に行える、という判断まで書いています。契機(事実)・再検討(プロセス)・判断(なぜ適切か)の3つをそろえるのが基本形です。

詳しくは基幹システム刷新を契機とした会計方針変更で扱っています。

Q4. 遡及適用が実務上できない場合、どうすればよいですか?

確認できた事例では着地が分かれています。

  • 前期末の帳簿価額を当期首残高として期首から将来にわたり適用した事例(商船三井)
  • 第3四半期会計期間から適用した事例(アークランズ)
  • 期首の帳簿価額の差額から累積的影響額を算定して期首残高に反映した事例(サックスバーホールディングス)

があります。

ただしこれらは任意に選べる代替処理ではありません。企業会計基準第24号第9項が、累積的影響額を算定できるか・いつから適用可能かに応じて取扱いを分けており、着地の違いは利用できる過去データの違いが表れたものです。

まずどのデータが残っていて、どこまで算定できるのかを確認することが出発点になります。判断は個別性が高いため、監査人と早めに協議してください。

Q5. 滞留在庫の評価減の基準を見直すと、利益が増えますか、減りますか?

一律には決まりません。

探索した範囲では、売上原価が減少した(増益方向の)事例と増加した(減益方向の)事例がいずれも確認でき、一方には偏っていませんでした。②は在庫の価値の見立てを変更するものであり、影響の方向は、在庫の実態と、変更後の判断基準・評価率・評価単位等の組合せで決まります。

したがって、増益・減益のどちらになるかは一律には決まりません。なお、どちらの方向でも、なぜ今その見直しが必要になったのかを説明する必要がある点は変わりません。

まとめ:見出しではなく、何を変えたかで見分ける

  • 「棚卸資産の評価を変えた」には2種類ある
    払出単価の算定方法なら会計方針の変更で原則遡及、収益性の低下の見積りなら会計上の見積りの変更で将来適用。遡及の要否が正反対。
  • 見出しの言葉は当てにならない
    「棚卸資産の評価方法の変更」という見出しで見積りの変更を開示している事例がある。本文が何を変えたと書いているかで判断する。
  • ①で遡及した事例は確認できなかった
    多くが「影響額が軽微」で降りている。ただし「軽微だから遡及しなくてよい」わけではなく、重要性の判断は個別に行う。
  • 「実務上不可能」の着地は一つではない
    期首残高を引き継ぐ、期中から適用する、期首の差額を取り込む——3社3様。ただし任意に選択できるものではなく、累積的影響額の算定可否と適用可能な時点に応じて取扱いが決まる(基準24号第9項)。先に「どのデータが残っているか」を確認することが着地点を決める。
  • ②の方向は読めない
    増益にも減益にも動く。方向で説明の要否は変わらない。
  • システムは2回効く
    導入時に会計方針の変更を、データが貯まった数年後に見積りの変更を——同じシステムが時間差で2つの論点を立ち上げた事例がある。
  • 税務は別立てで、しかも論点が違う
    ①は、税務上も評価方法を変更する場合に変更承認申請が必要(期限は事業年度開始の日の前日、現行方法の採用から相当期間3年)。②は税務上の評価損の要件を満たすかどうかで、満たさなければ申告調整が必要になることがある。

検討するときは、まず「自社が変えようとしているのは、単価の付け方か、価値の見立てか」を一文で書いてみてください。ここが決まれば、遡及の要否や注記に書くべき事項の大枠が決まります。税務については、税務上の評価方法も変更するのかを別途検討します。逆にここが曖昧なままだと、遡及の検討を丸ごと落とす、あるいは不要な遡及計算に工数を投じる——どちらの事故も起こり得ます。

近い契機の他社開示を会計変更ナビで読み比べると、記載の粒度感がつかめます。

参考一次情報

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