株式交換は、ある会社が別の会社の発行済株式の全部を取得し、完全親子会社関係をつくる会社法上の組織再編手法です。
対価には完全親会社の株式が用いられることが多く、現金買収に比べて多額の現金支出を抑えられる場合があるため大型の経営統合で多用されます。当サイトの集計でも、株式交換・株式移転に言及する企業結合注記は282本・227社(タグ検出・広義)にのぼります。
会計上の要点は、原則として取得の対価を企業結合日の時価で測定し、それを基礎に取得原価を算定することです(企業会計基準第21号23項)。市場価格のある株式を対価とする場合は企業結合日の株価が基礎になるため、株価水準がのれんの金額を左右します。
本記事は、有価証券報告書の実例で株式交換の会計を読み解きます。
解説動画
スライド解説









結論:株式交換は「のれんも負ののれんも」生む。対価が株価で決まるからこそ
実例は対照的です。
ツルハホールディングスはウエルシアホールディングスを株式交換で完全子会社化し、のれん443,066百万円(20年償却)を計上——当サイト収録案件でも最大級の株式交換です。
一方、ふくおかフィナンシャルグループの福岡中央銀行の株式交換や、あいホールディングスの岩崎通信機の株式交換では、逆に負ののれんが生じました。
どちらに転ぶかは、企業結合日の時価で測った取得原価が、受け入れる純資産の時価を上回るか下回るかで決まります。株式交換は手法にすぎず、のれんの向きを決めるのは交換比率と株価、そして相手の純資産の時価です。
▶ ダッシュボードで確かめる:
「企業結合注記ナビゲーター」で「株式交換・株式移転」タグを選ぶと、該当会社の注記原文を確認できます。
実例:株式交換・株式移転による大型案件
当サイト収録の有価証券報告書(2021年6月期〜2026年3月期・18,253本)から、法的形式を注記原文で確認できた主な案件です(単位:百万円、1案件単位)。
| 会社名(完全親会社側) | 完全子会社化した会社 | 会計結果 | 特徴 | 年度 |
|---|---|---|---|---|
| ツルハホールディングス | ウエルシアホールディングス | のれん443,066百万円(20年償却) 段階取得に係る差益10,583百万円 | 取得原価667,784百万円 =交付株式657,108+既保有株式10,675 | 2026年2月期 |
| マツキヨココカラ&カンパニー(旧マツモトキヨシHD) | ココカラファイン | のれん119,500百万円(19年償却) 段階取得に係る差益10,618百万円 | 取得原価255,031百万円 =交付株式206,315+既保有株式48,716(直前の議決権比率20.05%。商標権18,009百万円も識別) | 2022年3月期 |
| シャープ | 堺ディスプレイプロダクト | 段階取得に係る差益12,422百万円ほか | 交付株式38,453,680株 | 2023年3月期 |
| ポラリス・ホールディングス | ミナシア(ホテル運営) | のれん26,076百万円 | 対価は自社株式18,307百万円+現金5,430百万円(取得原価23,737百万円) | 2025年3月期 |
| ふくおかフィナンシャルグループ | 福岡中央銀行 | 負ののれん発生益21,496百万円 段階取得に係る差損231百万円 | 14.81%保有からの完全子会社化 | 2024年3月期 |
| 京成電鉄 | 新京成電鉄 | 負ののれん発生益9,214百万円・段階取得に係る差損1,470百万円 | 取得原価35,463百万円=既保有株式15,830+交付株式19,632 | 2023年3月期 |
| 椿本チエイン | 大同工業 | 負ののれん発生益11,643百万円 | 経営統合 | 2026年3月期 |
| あいホールディングス | 岩崎通信機 | 負ののれん発生益14,296百万円・段階取得に係る差損5,164百万円 | 完全子会社化 | 2025年6月期 |
負ののれんが生じた各案件の詳細は「負ののれん発生益の実例」で扱っています。
集計方法とデータの限界
本記事の事例は、有価証券報告書「注記事項(企業結合等関係)」のテキストから、法的形式(株式交換・株式移転)の記載を注記原文で確認したものです。282本・227社はタグ検出による広義の件数で、注記本文に株式交換・株式移転への言及がある有報・会社を数えたものです。
網羅リストではありません。正確な内容は各社の有価証券報告書原本をご確認ください。
取得原価はどう決まる?——交付株式の時価と既保有株式の時価
株式を主な対価とする株式交換では、交付する取得企業株式の企業結合日における時価が取得対価の重要な構成要素となります。
市場価格のある株式なら、原則として企業結合日の株価×交付株式数です。
ただし「取得原価=今回交付した株式の時価」ではありません。
株式交換の前から相手会社の株式を一部保有している(段階取得の)場合、連結上の取得原価には、その既保有株式を企業結合日の時価で評価した額も含まれます。また、後述のとおり現金等を組み合わせる株式交換もあります。

ツルハ×ウエルシアの取得原価667,784百万円は、企業結合日に交付した株式の時価657,108百万円と、企業結合直前に保有していたウエルシアHD株式の時価10,675百万円の合計です。
マツキヨ×ココカラの取得原価255,031百万円も、交付株式206,315百万円と既保有株式48,716百万円の合計で、マツモトキヨシHDは企業結合直前に議決権の20.05%を保有していました。
京成電鉄×新京成電鉄に至っては、取得原価35,463百万円のうち既保有株式15,830百万円が交付株式19,632百万円に匹敵する規模です(いずれも注記の記載どおりの金額です。
ツルハと京成電鉄は単位未満の端数処理の関係で、内訳の単純合計と取得原価が1百万円相違します)。
そして、既保有株式を企業結合日の時価で測り直す以上、そこには段階取得に係る差益・差損が同時に生じます。実例では、ツルハが差益10,583百万円、マツキヨココカラが差益10,618百万円、シャープが差益12,422百万円である一方、京成電鉄は差損1,470百万円、あいホールディングスは差損5,164百万円、ふくおかフィナンシャルグループは差損231百万円でした。
株式交換の注記は、のれんだけを見て終わりにせず、既保有株式がある場合には段階取得損益もセットで読む——これが実例から導ける作法です(仕組みは「段階取得に係る差益・差損の実例」参照)。
対価は株式だけとは限らない——ポラリス×ミナシアの現金併用
会社法上、株式交換完全親会社が完全子会社の株主に交付する対価は、親会社株式に限られません(会社法768条)。社債や新株予約権のほか、金銭等を交付することも認められています。
実例では、ポラリス・ホールディングスによるミナシアの完全子会社化がこの形です。
注記によれば、取得の対価は当社の普通株式18,307百万円と現金及び預金5,430百万円で、取得原価は23,737百万円(のれん26,076百万円)。
株式交換であっても、常に現金支出が不要とは限らない点は押さえておきたいところです。
応用形①:株式移転——持株会社をつくる統合
株式交換の兄弟形が株式移転です。1社または複数の会社が新しい完全親会社を設立し、その傘下に入る組織再編手法で(会社法772条は「一又は二以上の株式会社」と規定しています)、複数社が共同で行う場合は共同株式移転による経営統合となります。
あいちフィナンシャルグループ(愛知銀行×中京銀行)、プロクレアホールディングス(青森銀行×みちのく銀行)、リケンNPR(リケン×日本ピストンリング)はいずれも共同株式移転による経営統合です。
独立企業間の経営統合が会計上「取得」と判定される場合には、どちらか一方を取得企業、他方を被取得企業としてパーチェス法を適用します(共同支配企業の形成や共通支配下の取引に該当する場合は別の処理になります)。
リケンNPRの注記は「㈱リケンを取得企業、日本ピストンリング㈱を被取得企業とする」と明記しており、対等の統合でも会計上はどちらが買ったかを決めることが分かります。
なお、株式を交付した側が会計上の被取得企業になる「逆取得」という例外もあります(「逆取得の実例」参照)。

応用形②:株式交換で「売る」——日本郵船のNCA譲渡
株式交換は買う側だけの手法ではありません。
日本郵船は2026年3月期、子会社の日本貨物航空(NCA)を、ANAホールディングスを株式交換完全親会社とする株式交換で譲渡しました。受取対価はANAホールディングス株式11,024百万円(効力発生日の株価2,808円ベース)で、事業分離に伴い移転損失7,057百万円(関係会社株式交換損)を認識しています。
現金を受け取らず、譲渡先の株式を受け取る事業売却——株式交換の応用形として注記に現れる、見落とされがちなパターンです。

よくある質問(FAQ)
Q1. 株式交換と株式移転はどう違いますか?
株式交換は既存の会社が相手会社を完全子会社にする手法、株式移転は新設する持株会社の下に1社以上がぶら下がる手法です。
株式を対価とする点が代表的な形ですが、株式交換では現金等を組み合わせることも可能です。会計上は、取得と判定される場合にパーチェス法の枠組みで処理されます(共同支配企業の形成や共通支配下の取引に該当する場合を除く)。
Q2. 株式交換なら「タダで買収できる」のですか?
必ずしも現金が不要というわけではありません。
親会社株式を主な対価とすれば現金支出を抑えられますが、ポラリス・ホールディングスの例のように現金等を組み合わせる株式交換もあります。また、自社株式を交付する以上、既存株主の持分は希薄化します。
会計上も企業結合日の時価で測った取得原価をもとに、のれん・負ののれんが通常どおり生じます。
Q3. 完全子会社化の後、上場はどうなりますか?
株式交換完全子会社は上場廃止となるのが通常です。
本記事は会計処理の解説であり、個別の手続・スケジュールは各社の開示をご確認ください。
Q4. 株式交換の事例を自分で探せますか?
企業結合注記ナビゲーターの「株式交換・株式移転」タグで、該当する注記を横断検索できます。
まとめ
株式交換・株式移転は、親会社株式を主な対価として完全子会社化・経営統合を行える代表的な手法です。
注記を読むときの型は、取得原価=企業結合日における支払対価の時価+(段階取得の場合は既保有株式の企業結合日時価)。株式対価の場合は交付株式の時価、現金等を併用する場合はそれらの対価も含みます。
この構造を押さえると、ツルハ(のれん4,431億円・段階取得差益106億円)とマツキヨ(のれん1,195億円・段階取得差益106億円)のように、のれんと段階取得損益が一つの取引で同時に動くことが読み取れます。
負ののれんが出る案件、現金を併用する案件、さらには事業売却への応用(日本郵船のNCA譲渡)まで、株式交換の注記は情報量の多い開示です。個別の注記はダッシュボードで、企業結合注記全体の読み方は「企業結合注記の読み方ガイド」でご確認ください。
出典・注記
- 本記事の事例・金額は、金融庁EDINETの有価証券報告書「注記事項(企業結合等関係)」を当サイトが抽出し、注記原文と突合した参考値です(2026年7月時点。対象は2021年6月期〜2026年3月期の18,253本、2021・2026年度は部分収録)。282本・227社はタグ検出による広義の値です。
- 会計基準は企業会計基準第21号・同適用指針第10号によります。組織再編の対価に関する記述は会社法768条によります。
- 本記事は一般的な情報提供であり、記載企業の評価や投資判断の推奨を目的とするものではありません。
