M&Aには、買収代金のほかに、フィナンシャル・アドバイザーや弁護士・会計士への報酬——取得関連費用——がかかります。
「M&Aの手数料はいくらか」という問いに対して、仲介会社の料率表(レーマン方式など)はよく知られていますが、実は上場企業が実際に計上した取得関連費用の金額は、有価証券報告書から確認できます。
日本基準では、連結上、取得関連費用は発生した事業年度の費用として処理され(企業会計基準第21号26項)、注記に「主要な取得関連費用の内容及び金額」が記載されるためです。
IFRSでも、IFRS第3号により取得関連コストについての開示が求められています。
本記事は、その開示を横断集計した実例と金額の分布を紹介します。
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スライド解説







結論
大型M&Aでは取得関連費用が数十億〜数百億円に達する例も。開示中央値は35百万円
最大級の実例は日本製鉄のUnited States Steel(USスチール)買収です。
注記によれば、取得関連費用は前連結会計年度までに21,984百万円、当連結会計年度に7,814百万円——累計29,798百万円(約298億円)が販売費及び一般管理費に計上されました。取得対価2,062,513百万円(約2.1兆円)に対して約1.4%です。
一方、当サイト収録の有報で取得関連費用の金額を開示した2,436本では、開示額の中央値は35百万円(四分位範囲11〜120百万円)でした。大型案件だけを見ると数十億〜数百億円に達する一方、有報で開示される取得関連費用の分布全体では数千万円規模の開示も多い——この幅の広さが、開示ベースで見た取得関連費用の実態です。
▶ ダッシュボードで確かめる:
「企業結合注記ナビゲーター」で各社の注記原文から取得関連費用の記載を確認できます。
実例:開示された取得関連費用の大型案件
当サイト収録の有価証券報告書(2021年6月期〜2026年3月期・18,253本)から、取得関連費用を注記原文で確認できた大型案件です(単位:百万円)。
| 会社名 | 取得関連費用 | 案件 | 年度・基準 |
|---|---|---|---|
| 日本製鉄 | 累計29,798百万円(前期まで21,984+当期7,814) | United States Steel(取得対価2,062,513百万円) | 2026年3月期・IFRS |
| ソフトバンクグループ | 15,502百万円 | Ampere Computing(取得対価合計1,017,579百万円) | 2026年3月期・IFRS |
| 三菱HCキャピタル | 6,494百万円 | 日立キャピタルとの経営統合(合併) | 2022年3月期・日本基準 |
| TOPPANホールディングス | 6,211百万円 | SONOCOのTFP事業(Tegrant Alloyd Brands等7社群/取得原価1,826百万米ドル) | 2026年3月期・日本基準 |
| アサヒグループホールディングス | 5,806百万円 | CUB Australia(取得対価1,168,241百万円) | 2021年12月期・IFRS |
| DIC | 5,299百万円 | BASFの顔料事業(18社/取得原価128,887百万円) | 2021年12月期・日本基準 |
| 積水ハウス | 4,719百万円 | M.D.C. Holdings(取得原価653,635百万円) | 2025年1月期・日本基準 |
| SOMPOホールディングス | 4,596百万円 | Aspen Insurance Holdings(支払対価536,600百万円) | 2026年3月期・IFRS |
| ルネサスエレクトロニクス | 4,589百万円 | Dialog Semiconductor(対価合計631,075百万円) | 2021年12月期・IFRS |
| アステラス製薬 | 3,614百万円 | IVERIC bio(支払対価803,238百万円) | 2024年3月期・IFRS |
| 東京瓦斯 | 3,460百万円 | Rockcliff Energy II(取得原価382,914百万円) | 2024年3月期・日本基準 |
集計方法とデータの限界
- 本記事の事例は、有価証券報告書「注記事項(企業結合等関係)」のテキストから取得関連費用の金額を抽出し、全件について案件帰属を取引概要ブロックで確認したものです。
- 中央値35百万円(四分位範囲11〜120百万円)は、金額を注記に開示した有報2,436本ベースの参考値です。したがって、取引単位ではなく有報単位の集計であり、同一案件が複数年度の有報に記載される場合は延べ数となるほか、対象は上場企業の連結ベースの開示に限られ、一つの金額に複数案件が含まれている場合もあります。
- 注記の開示は「主要な」費用に限られるため、実際の総コストはこれより大きい可能性があります。網羅リストではありません。
- 正確な内容は各社の有価証券報告書原本をご確認ください。
対価に対する比率で読む:案件によって大きな差がある
費用の絶対額は案件規模に連動するため、対価に対する比率で見てみます。
注記の数字から計算すると、
- アステラス製薬(3,614百万円÷支払対価803,238百万円):約0.45%
- アサヒグループホールディングス(5,806÷1,168,241):約0.50%
- 積水ハウス(4,719÷653,635):約0.72%
- ルネサス(4,589÷631,075):約0.73%
- SOMPOホールディングス(4,596÷536,600):約0.86%
- 東京瓦斯(3,460÷382,914):約0.90%
- 日本製鉄(累計29,798÷2,062,513):約1.4%
- ソフトバンクグループ(15,502÷1,017,579):約1.5%
- DIC(5,299÷128,887):約4.1%
です。

本記事に掲載した大型案件だけでも0.45%から4.1%まで開いており、取得関連費用の対価比率にはかなり大きなばらつきがあります。案件規模だけでなく、取引構造、対象国、デュー・デリジェンスやアドバイザリー業務の範囲、買収プロセスの長さなどによって大きく変動すると考えられます。
なお、この比率は各社が企業結合注記で開示した取得関連費用ベースであり、買収に伴って企業が負担した社内外のコストすべてを網羅するものではありません。
会計処理:連結上、取得関連費用はのれんに入らない
誤解されやすいポイントですが、連結財務諸表における企業結合会計では、アドバイザリー費用等の取得関連費用は取得原価に含めず、発生した事業年度の費用として処理します(企業会計基準第21号26項。IFRS第3号も原則として同様です)。
したがって、これらの費用によって連結上ののれんが増加することはありません。
なお、日本基準の個別財務諸表で子会社株式を取得する場合には、株式の取得に直接要した費用が子会社株式の取得原価に含まれることがあり、連結上の処理とは異なる点に注意が必要です。
表示場所は実例では「販売費及び一般管理費」が中心です(日本製鉄・ソフトバンクグループ・アサヒ・ルネサス・アステラス等。SOMPOは「一般管理費」)。
アステラス製薬の注記には、取得関連費用3,614百万円とは別に、被取得企業の株式報酬に係る支払33,434百万円を「企業結合とは別個に認識」した旨の記載もあり、買収に付随する支出でも会計上の扱いが分かれることが分かります。
取得原価の範囲の考え方は「企業結合注記の読み方ガイド」で整理しています。

よくある質問(FAQ)
Q1. 仲介会社の手数料率(レーマン方式)とは別物ですか?
注記の取得関連費用は、フィナンシャル・アドバイザー、弁護士、会計士、デュー・デリジェンス等への支払を含む実額の開示です。
仲介手数料の料率表は契約条件であり、実際に計上される取得関連費用の金額は案件ごとに異なります。開示ベースの実額を確認できるのが有報の強みです。
Q2. 取得関連費用はのれんや取得原価に含まれますか?
連結上は含まれません。日本基準(企業会計基準第21号26項)でもIFRS(IFRS第3号)でも、発生した期の費用として処理します。
ただし日本基準の個別財務諸表では、子会社株式の取得に直接要した費用が子会社株式の取得原価に含まれることがあります。
Q3. 中央値35百万円は「M&Aの手数料相場」と考えてよいですか?
「M&Aの手数料相場」そのものではありません。
上場企業の有報に開示された取得関連費用の水準を見るための参考値です。開示は「主要な」費用に限られ、集計単位も取引単位ではなく有報単位(延べ)です。未上場・小規模案件は対象外であり、手数料水準の目安として一般化することはできません。
Q4. 費用の開示を自分で確認できますか?
企業結合注記ナビゲーターで会社名を検索し、注記原文の「主要な取得関連費用の内容及び金額」の項をご覧ください。
まとめ
取得関連費用の実額は有価証券報告書に開示されており、大型クロスボーダー案件では数十億〜数百億円に達する例があります。
対価に対する比率は掲載案件だけでも0.45%から4.1%まで開いており、一律の目安を置ける性質のものではありません。開示全体で見ると、金額を開示した有報2,436本の中央値は35百万円でした。
費用は連結上ののれんに入らず発生年度のP/Lを直撃するため、大型M&Aの期は買収の成否とは別に、費用だけで利益が押し下げられることも読みの前提になります。
案件ごとののれん・対価の全体像は「のれん発生額ランキング」とあわせてご覧ください。
出典・注記
- 本記事の事例・金額は、金融庁EDINETの有価証券報告書「注記事項(企業結合等関係)」を当サイトが機械抽出し、注記原文と突合した参考値です(2026年7月時点。対象は2021年6月期〜2026年3月期の18,253本、2021・2026年度は部分収録)。
- 中央値・四分位範囲は取得関連費用を開示した有報2,436本ベースです(有報単位・延べ)。
- 会計基準は企業会計基準第21号(26項)及びIFRS第3号によります。
- 本記事は一般的な情報提供であり、記載企業の評価や投資判断の推奨、報酬水準の推奨を目的とするものではありません。
