「自社の女性管理職比率は8%。これは高いのか、低いのか」
——有価証券報告書の人的資本の数値を前に、経理・開示担当者がまず知りたいのは、制度の解説よりも同業の相場観ではないでしょうか。全国平均や他業種と比べるだけでは、自社の数値の高低は正しく判断しにくいものです。
結論から言えば、
人的資本の主要指標は業種で数倍の差があり、必ず同業の中央値と比べる必要があります。さらに、男女間賃金格差の計算式や男性育休取得率が100%を超える理由など、数値そのものの読み方を誤ると社内説明を誤らせます。
この記事は、上場2,196社の有価証券報告書データにもとづく業種別の中央値と、数値の正しい読み方に特化した「数値編」です。制度全体像・7分野19項目・記載文例・実名事例といった「開示の作り方」は、人的資本開示/業種別の傾向と事例(総合ガイド)にまとめていますので、あわせてご覧ください。
なお本記事では、検索でよく使われる「男女間賃金格差」という表現も用いますが、制度・有価証券報告書上の正式な用語は「男女の賃金の差異(男女間賃金差異)」です。
この記事で分かること
- 女性管理職比率・男女間賃金差異・男性育休取得率・平均給与の全産業中央値
- 業種別の中央値と、同業比較が必要な理由
- 男女間賃金差異の計算式
- 男性育休取得率が100%を超える理由
- 自社数値をベンチマークする方法
結論
人的資本の数値は「業種の中央値」と「正しい読み方」で判断する
数値を評価するときに、経理担当者が最初に押さえるべき3点です。
- 全産業中央値で全体感をつかみ、最終的には同業の中央値・四分位で判断する
全産業では女性管理職比率7.1%、男女間賃金差異(全)70.2%、男性育休取得率83.3%、平均年間給与688万円(いずれも上場2,196社・提出会社単体の中央値)。 - 業種で数倍違う
女性管理職比率の中央値は建設業2.9%〜サービス業18.9%と6倍以上の開きがあり、全国平均や他業種との比較だけでは、自社の数値の高低を正しく判断しにくいです。 - 数値は計算式と集計範囲で誤読しやすい
男女間賃金差異は「女性÷男性の割合」、男性育休は100%超もあり得る、集計範囲は本記事では提出会社(単体)に統一(制度上は一定の連結子会社も対象になる場合あり)——この3点を外すと解釈を誤ります。
自社の数値をその場で業種内比較したい方は、人的資本開示ベンチマーク(有報2,196社・無料)に業種と自社値を入れると、業界内の位置(パーセンタイル)と中央値との差がすぐに分かります。
【本題】業種別の中央値一覧(有報2,196社データ)
2026年3月期の有価証券報告書を提出した上場2,196社(提出会社単体ベース)の主要指標を、代表的な業種の中央値で示します(出典:EDINET提出書類をもとに独自集計)。
| 業種 | 女性管理職比率(中央値) | 男女間賃金差異・全(中央値) | 男性育休取得率(中央値) | 平均年間給与(中央値) |
|---|---|---|---|---|
| 全産業 | 7.1% | 70.2% | 83.3% | 688万円 |
| サービス業 | 18.9% | 71.3% | 75.0% | 583万円 |
| 医薬品 | 15.8% | 73.8% | 83.9% | 831万円 |
| 銀行業 | 15.2% | 53.6% | 100.0% | 726万円 |
| 小売業 | 13.2% | 64.4% | 66.7% | 556万円 |
| 情報・通信業 | 12.7% | 77.7% | 88.9% | 670万円 |
| 卸売業 | 7.3% | 64.3% | 73.0% | 700万円 |
| 化学 | 5.8% | 74.3% | 85.8% | 716万円 |
| 電気機器 | 5.0% | 72.2% | 82.8% | 711万円 |
| 機械 | 3.8% | 71.4% | 84.1% | 699万円 |
| 建設業 | 2.9% | 65.4% | 77.8% | 866万円 |
※本記事の数値は、EDINETの数値を提出会社単体で集計した実績値の中央値です。総合ガイド記事に掲載した数値は、記載文からの自動抽出(目標値と実績値を含む参考値)で集計方法が異なるため、水準がずれる場合があります。正確な実績値の相場観は本記事をご参照ください。
女性管理職比率:業種差が最大。同業比較が必須
全産業の中央値7.1%に対し、サービス業18.9%・医薬品15.8%・銀行業15.2%と高く、建設業2.9%・機械3.8%・電気機器5.0%と製造・建設系は低水準です。自社が製造業で5%前後なら、業種の中央値からはむしろ標準的で、他業種と比べて「低い」と早合点する必要はありません。
突出値の例として、サービス業のリクルートホールディングスは55.0%(本ツール収録値)と業種中央値を大きく上回り、こうした一部の高い会社が全国イメージを押し上げています。
男女間賃金格差:業種構造で決まる部分が大きい
男女間賃金格差(全労働者)の中央値は全産業70.2%ですが、銀行業は53.6%と格差が最大に出ます。一方で情報・通信業は77.7%と格差が小さく、同じ「格差」でも業種で20ポイント以上の開きがあります。
銀行業で数値が低く出る背景には、女性の一般職比率・職種構成・勤続年数・管理職比率などの雇用構成が影響している可能性があり、同一労働の賃金差を直接示すものではありません。
男性育休取得率・平均給与:水準の背景を押さえる
男性育休取得率の中央値は全産業83.3%で、銀行業100.0%・食料品90.0%・情報通信88.9%と高い一方、小売業66.7%はやや低めです。平均年間給与の中央値は全産業688万円で、建設業866万円・医薬品831万円が高く、小売業556万円・サービス業583万円が低めと、いずれも事業構造を反映します。
あわせて開示される平均年齢(全産業中央値42.2歳)・平均勤続年数(同14.8年)も、勤続が長い会社ほど給与が高く出やすいという関係があり、給与水準を単独で見るのではなく年齢・勤続とセットで読むと実態がつかめます。持株会社は本社人員のみが対象となり、平均給与・平均年齢が高く出やすい点に注意してください。
正規・非正規別の賃金差異も確認する
男女間賃金格差は「全労働者」だけでなく「正規」「非正規」の3区分で開示されます。全産業の中央値は、正規74.2%・非正規67.5%で、正規のほうが差が小さく出る傾向があります。非正規はばらつきが大きく(全産業でおおむね55%〜82%の幅)、パート比率の高い小売・サービス業では全労働者ベースの数値が押し下げられがちです。
自社の「全労働者」の数値が同業より低い場合、正規・非正規別に分解すると、格差の主因が雇用区分の構成にあるのか、同一区分内の差にあるのかを切り分けられます。開示時にこの内訳を添えると、数値の一人歩きを防げます。
中央値・p25・p75・パーセンタイルの読み方
ベンチマークでは、中央値だけでなくp25・p75という四分位も確認できます。
p25は業種内で下から4分の1(低め)、p75は下から4分の3(高め)の位置の値で、p25〜p75がその業種の「よくある範囲」です。
たとえば女性管理職比率で自社値が業種のp75を上回っていれば、同業のなかで上位25%に入る高さだと説明できます。ベンチマークに自社数値を入れると、この位置が「上位◯%」「高い方から◯%」といったパーセンタイルで表示されるため、経営層や監査対応の場で「同業●●社中、上位◯%です」と一言で示せます。
平均ではなく中央値・四分位で見るのは、一部の突出企業に引っぱられて実態が歪むのを避けるためです。
開示率の業種差(女性管理職比率)
数値の水準だけでなく、その指標を実際に開示している会社の割合(開示率)も業種で異なります。
ここでいう開示率は、当該業種に属する提出会社のうち、その指標の数値が有価証券報告書から確認できた会社の割合です(公表義務の対象外・未記載・抽出不能な会社は開示会社数に含めていません)。開示率が低い業種は、公表義務の対象範囲や任意開示の広がり方が影響しています。
| 開示率が高い業種 | 開示率 | 開示率が低い業種 | 開示率 |
|---|---|---|---|
| 建設業 | 91% | 不動産業 | 56% |
| 輸送用機器 | 90% | 医薬品 | 67% |
| 食料品 | 89% | 情報・通信業 | 69% |
| 化学 | 85% | 銀行業 | 73% |
| 電気機器 | 82% | 小売業 | 77% |
自社が「まだ開示していない」場合でも、同業の開示率を把握しておくと、開示の要否や横並びの判断がしやすくなります。
数値を誤読しないための4つの注意点
相場観と同じくらい重要なのが、数値の読み方です。経理担当者が社内説明で間違えやすい4点を整理します。
1. 男女間賃金格差の計算式と意味
男女間賃金格差は
「女性の平均賃金 ÷ 男性の平均賃金 × 100(%)」
で表され、100%に近いほど男女の平均賃金差が小さいことを示します。
72%なら「100%との差は▲28ポイント」という読み方です。全労働者・正規・非正規で数値が分かれるため、格差が大きい場合は雇用区分別の内訳を示すと誤解を防げます。数値の高低をそのまま良し悪しと断定しないことが重要です。
2. 男性育休取得率が100%を超える理由
男性育休取得率は、分母の「配偶者が出産した男性労働者数」と分子の「育児休業等を取得した男性労働者数」の対象期間・取得タイミングの関係で、前年度に配偶者が出産した従業員が当年度に取得したケースなどが積み上がり、100%を超えることがあります。
銀行業の中央値100.0%という数値も、単純に「全員が必ず同じ年度に取得した」とは限らず、算定方式や取得タイミングを踏まえて読む必要があります。算定方式(育児休業等の取得率、または育児休業等と育児目的休暇の取得率のいずれか)を注記で明示すると親切です。
3. 集計範囲:本記事は「提出会社(単体)」に統一
本記事およびベンチマークでは、比較可能性を優先し、有価証券報告書に記載された提出会社単体の数値を中心に集計しています。なお制度上は、提出会社だけでなく、女性活躍推進法等により公表を行わなければならない一定の連結子会社についても開示対象となる場合があり、金融庁は連結ベースでの開示に努めるべきという考え方も示しています。
自社内で数値を扱う際は、単体か連結か・対象範囲を最初にそろえておくことが重要です。特に持株会社は本社人員のみが対象となるため、単体の数値がグループ実態と大きく異なることがあります。また、有価証券報告書での開示と、女性活躍推進法・育児介護休業法にもとづく情報公表は、制度目的や公表場所が異なるため、実務上はそれぞれの要件を確認する必要があります。
4. 厚労省の「全国平均」と有報の数値は別物
ネット上でよく見る「女性管理職比率の全国平均は約13%」といった数字は、厚生労働省の雇用均等基本調査などにもとづく調査ベースの値で、課長級以上といった定義や、上場・非上場を含む母集団が有報とは異なります。
本記事の全産業中央値7.1%は、上場2,196社が有価証券報告書で開示した女性活躍推進法ベース(提出会社単体)の実績値で、母集団も定義も別物です。自社の有報値を評価するときは、厚労省の全国平均と直接比べるのではなく、同じ有報開示ベースの同業の中央値と比べるのが適切です。
数字が食い違って見えるのは、多くの場合この定義・母集団の違いによるものです。
指標別 早わかり表
主要指標の計算・定義と全産業中央値、読むときの注意を一覧にまとめました。
| 指標 | 定義・計算 | 全産業中央値 | 読むときの注意 |
|---|---|---|---|
| 女性管理職比率 | 管理職に占める女性の割合 | 7.1% | 業種差最大(建設2.9%〜サービス18.9%) |
| 男性育休取得率 | 取得者数÷対象者数 | 83.3% | 100%超もあり得る(集計特性) |
| 男女間賃金差異(全) | 女性平均賃金÷男性平均賃金×100 | 70.2% | 100%に近いほど差が小。雇用構成の影響大 |
| 平均年間給与 | 提出会社(単体)の平均 | 688万円 | 持株会社は高く出る傾向 |
| 平均勤続年数 | 提出会社(単体)の平均 | 14.8年 | 平均給与と相関しやすい |
自社の数値をベンチマークする手順
数値の検証は、次の3ステップが効率的です(開示の作り方・制度対応の全体像は総合ガイドを参照してください)。
ステップ1:集計範囲と定義をそろえる
各指標が提出会社単体か連結か、管理職の定義や算定時点が前年度と一致しているかを確認します。範囲が変わると前年比較が成立しません。
ステップ2:業種の中央値と突き合わせる
人的資本開示ベンチマークで業種を選んで自社数値を入力すると、業界内で「上位◯%」「高い方から◯%」といった位置が即座に分かります。個社別ランキングや企業名検索で、同業他社の水準まで確認できます。
ステップ3:乖離の理由を一言で説明できるようにする
中央値から離れている指標は、なぜそうなるのか(雇用構成・事業特性・持株会社ゆえの単体人員など)を短く説明できるように準備します。数値の羅列ではなく理由を添えることが、開示の信頼性を高めます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 女性管理職比率は何%あれば十分ですか?
一律の基準はなく、業種で大きく異なります。全産業の中央値は7.1%ですが、サービス業は18.9%、建設業は2.9%です。
自社の業種の中央値と比べて判断するのが実務的で、絶対値だけで高低を語るのは適切ではありません。
Q2. 男女間賃金差異(男女間賃金格差)はどう計算しますか?
「女性の平均賃金 ÷ 男性の平均賃金 × 100(%)」です。
100%に近いほど男女の平均賃金差が小さく、100%を超えれば女性の平均賃金が高いことを示します。全労働者・正規・非正規の3区分で算出します。
Q3. 男女間賃金差異が低いと問題なのですか?
数値は雇用区分・職種・勤続年数・管理職比率などの構成に左右され、同一労働の賃金差を直接示すものではありません。
銀行業のように業種構造で低く出る例もあるため、低い場合も背景を注記で補足するのが望ましい対応です。
Q4. 男性育休取得率が100%を超えているのは誤りですか?
誤りとは限りません。
分子・分母の対象期間や取得タイミングの関係で、集計上100%を超えることがあります。銀行業では中央値が100.0%です。算定方式を注記で明示しておくと親切です。
Q5. 自社の数値を同業と比較する方法はありますか?
2026年3月期決算の上場会社の有価証券報告書データをもとにした人的資本開示ベンチマークで、業種を選んで自社数値を入力すると、業界内の位置や中央値との差を無料で確認できます。
まとめ:相場観と正しい読み方で、数値の説明力が上がる
人的資本の数値は、業種で数倍の差があり、計算式や集計範囲で誤読しやすい領域です。
- 全産業中央値は、女性管理職比率7.1%・男女間賃金差異70.2%・男性育休83.3%・平均給与688万円。
- 女性管理職比率は建設2.9%〜サービス18.9%と業種差最大。必ず同業比較を。
- 男女間賃金差異は「女性÷男性」。男性育休は100%超もあり得る。本記事の集計は提出会社単体ベース(制度上は一定の連結子会社が開示対象となる場合もある)。
- 乖離のある指標は、理由を一言で説明できるように準備しておく。
まずは自社の数値を業種の中央値と突き合わせるところから始めてください。人的資本開示ベンチマーク(無料)なら、業種を選んで数値を入れるだけで、自社の位置と相場観が一目で把握できます。開示の作り方や記載文例は総合ガイドとあわせてご活用ください。
参考一次情報
- 金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(2023年1月)
- 内閣官房「人的資本可視化指針」
- 厚生労働省 女性活躍推進法特集ページ(男女の賃金の差異の公表)
- EDINET(金融庁 電子開示システム)
最終更新日:2026年7月8日
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の開示・会計・税務判断は公認会計士または税理士にご相談ください。開示制度は改正が続くため、最新の府令・ガイドラインをご確認ください。

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