未上場株式の株価算定方法|IPO387社で見るDCF法・純資産法の実務

未上場株式の株価算定方法を調べると、相続税評価(財産評価基本通達)の解説記事は数多く見つかります。しかし、IPO準備の現場で実際に各社がどの算定方式を使い、届出書にどう記載しているのか──その「実務の実態」を示すデータは、ほとんど公開されていません。

そこで本記事では、2021年11月以降にEDINETへ提出された有価証券届出書(新規公開時)387社分を全量集計し、株式移動・第三者割当・ストックオプション発行の価格算定の記載を調査しました。元データは当サイトのIPO資本政策データベース(387社収録)で確認できます。

📈 IPO資本政策データベースβ 新規上場企業の届出書「第四部 株式公開情報」を構造化。資本政策・株式異動・新株予約権・大株主・初値を横断比較

本稿はIPO準備会社のCFO・管理部門と、支援する会計税務専門家向けの実例研究です。

  • 算定方式の分布
  • 市場別の傾向
  • 税務上の時価との接続点

の3つをデータで押さえます。

目次

結論|未上場株式の株価算定はDCF法が中心、複数方式を記載する会社が過半

結論は次の4点です。

  • DCF法(割引キャッシュフロー法)の記載がある会社が268社(69.3%)で最多
    方式の記載がある330社ベースでは8割超に達します。
  • 複数方式を記載する会社が過半
    方式の記載がある330社のうち、単一方式のみは133社、複数方式は197社。「DCF法+純資産方式+類似会社比準方式」の3方式記載も83社あります。
  • 市場によって傾向が明確に分かれる
    グロース市場(旧マザーズ含む)はDCF法が約8割に対し、スタンダード市場では純資産方式(46%)がDCF法(43%)を上回ります。
  • 算定機関の名称まで開示した会社は387社中わずか9社
    約半数の会社は「第三者算定機関による算定」と言及しつつ、名称は記載していません。

以下、集計の中身、届出書の実例、専門家が押さえる論点を順に整理します。

未上場株式の株価算定が問題になる場面と「時価」の多義性

未上場株式には、上場株式のように市場で継続的に形成される取引価格がなく、取引目的や会社の状況、直近の資金調達価格を踏まえて合理的な価額を見積もる必要があります。

IPO準備の文脈で株価算定が必要になる典型場面は、

  • VC等への第三者割当増資
  • 創業者・役員間や資産管理会社への株式移動
  • ストックオプションの行使価格設定

の3つです。

有価証券届出書のどこに算定方法が書かれるのか

上場時の有価証券届出書には「第四部【株式公開情報】」という、通常の有価証券報告書にはないセクションがあります。ここには原則として基準事業年度末日の2年前の日から上場日前日までの特別利害関係者等の株式等の移動や第三者割当等の状況が記載され、その注記に「移動価格(発行価格)は、DCF法により算出した価格を参考として、当事者間で協議の上決定した」といった形で算定根拠が開示されます。

本記事の集計は、この記載387社分を構造化したものです。

相続税評価との違い──検索で混同されやすい2つの体系

「未上場株式の評価」で多く解説されているのは、相続税・贈与税の課税価格を計算するための財産評価基本通達の体系(類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式)です(参考:国税庁タックスアンサーNo.4638 取引相場のない株式の評価)。

通達評価の計算実務は当サイトの別シリーズ──

──で詳しく解説しています。

一方、IPO実務の第三者割当SO発行で使われるのは、DCF法類似会社比準方式(マルチプル)といったファイナンス理論ベースの算定です。両者は別体系ですが、後述のとおり届出書の中で交差する実例もあり、税務専門家がIPO支援に関わる際の接点になります。

【387社集計】IPO企業の届出書に記載された株価算定方法

調査の概要

  • 調査対象
    2021年11月〜2026年7月にEDINETへ提出された新規公開時の有価証券届出書の対象候補400件のうち、第四部「株式公開情報」の記載がない投資法人等13件を除く387社。TOKYO PRO Market上場は対象外。本記事の「全量」とは、この対象範囲・除外条件に該当する387社すべてを指します
  • 集計箇所
    第四部「株式公開情報」の株式等の移動状況・第三者割当等の概況等の注記(訂正届出書はセクション単位で最新の記載を採用)
  • 集計単位会社単位
    届出書に当該方式が一度でも記載されていれば1社として計上(1社に複数の移動・割当・SO発行がある場合も、特に断りのない限り取引単位ではなく会社単位)
  • 重複計上
    1社が複数方式を記載している場合は各方式に重複計上
  • 留意事項
    機械抽出・分類を含むため、個別案件の判断ではEDINET原文の確認を推奨

届出書に記載された評価手法の分布は次のとおりです。

評価手法記載のある会社数387社比
DCF法(割引キャッシュフロー法)268社69.3%
純資産方式(簿価・修正簿価・時価純資産法を含む)166社42.9%
類似会社比準方式(類似上場会社法・マルチプル法を含む)153社39.5%
オプション評価モデル(新株予約権・種類株式の評価)22社5.7%
配当還元法(配当還元方式)10社2.6%

評価手法そのものとは別に、価格決定の根拠・開示状況として次の類型があります。

その他の価格決定根拠・開示状況会社数
直近取引価格を参照(優先株式ラウンド間の価格設定等)16社
第三者算定機関による算定と記載しつつ方式名の記載なし16社
算定方式の記載なし(対象期間に移動・割当がない場合を含む)57社
(参考)第三者算定機関への言及がある会社200社(うち機関名の記載あり9社)

※用語について:
届出書では「類似会社比準方式」「類似上場会社法」「マルチプル法」など表現が分かれるため、本調査では上場類似会社の財務指標・評価倍率を参照する方式を「類似会社比準方式」に集約しています。相続税評価の「類似業種比準方式」とは別概念です。方式別の該当会社はIPO資本政策データベースの「算定方式」別カルテから一覧できます。

届出書に登場する方式の組み合わせ──「DCFのみ」と「3方式記載」が二大パターン

会社単位でみると、方式の記載がある330社のうち単一方式のみは133社、複数方式の記載は197社と、複数方式を記載する会社が過半を占めます。

組み合わせの内訳は次のとおりです。

組み合わせパターン(会社単位)社数
DCF法のみ94社
DCF法純資産方式類似会社比準方式(3方式記載)83社
DCF法純資産方式26社
DCF法類似会社比準方式23社
純資産方式のみ19社
純資産方式類似会社比準方式17社

この集計は会社単位で、別々の取引で異なる方式が使われた場合も含みます。

ただし後述のFinatextのように一つの取引に「総合的に勘案」と記載する型も多く、複数の物差しで水準の合理性を確認する実務がうかがえます。

算定機関の名称まで開示するのは387社中9社だけ

算定注記の中で第三者算定機関に言及した会社は200社(51.7%)ありますが、そのうち機関の名称まで記載したのは9社にとどまります。大多数は名称を書かず「第三者算定機関が算定した価格を参考に」という書き方です。

名称が確認できた例にはプルータス・コンサルティング等があります。機関名の開示は必須ではない一方、第三者算定を利用した事実は注記を通じて事実上開示される、という整理です。

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市場別・年別でみる算定方式の傾向

上場市場社数DCF法純資産方式類似会社比準
東証グロース(旧マザーズ含む)283社226社(79.9%)121社(42.8%)113社(39.9%)
東証スタンダード63社27社(42.9%)29社(46.0%)23社(36.5%)
東証プライム13社4社(30.8%)4社(30.8%)5社(38.5%)
その他(地方市場・旧二部等)28社11社(39.3%)12社(42.9%)12社(42.9%)

グロースはDCF、スタンダードは純資産系というコントラスト

グロース市場DCF法の割合が高い背景には、将来の成長性を株価に反映する必要がある会社や、VC等から複数回調達した会社が多いことが影響している可能性があります。

一方、スタンダード市場には業歴が長く純資産が蓄積した会社も多く、純資産を基礎とする評価が選ばれやすい可能性があります。

ただし本集計は市場別の記載割合を示すもので、市場区分と算定方式の因果関係を検証したものではありません

2025年提出会社ではDCF法の記載割合が高水準

提出年別のDCF法記載割合は、2022年68%(62/91社)、2023年61%(57/93社)、2024年72%(59/82社)、2025年82%(49/60社)となり、2025年提出会社で特に高くなっています。

なお、2021年は11月以降(26/39社・67%)、2026年は7月まで(15/22社・68%)の部分集計であり、各年の上場市場構成も異なるため、時系列的な上昇傾向を示すものとまでは断定できません。

実例でみる算定パターン5つの型(データベース収録事例から)

代表的な5つの型を紹介します。引用は届出書の記載の趣旨を一部整形して転記したものです(書類管理番号でEDINET原文を確認可。縦覧期間経過後は閲覧できない場合があります)。

各社の資本政策の全体像はIPO資本政策データベースの個社カルテで確認できます。

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型1:DCF法単独──サイエンスアーツ(4412・2021年マザーズ上場)

DCF法により算出した価格に基づいて、譲渡人と譲受人が協議の上、決定」というシンプルな記載例です。同社では株式移動とSOの発行価格についてDCF法が記載されています。

なお、会社単位でDCF法のみが確認された会社は94社でした。

型2:3方式の総合勘案──Finatextホールディングス(4419・2021年マザーズ上場)

DCF法、純資産方式及び類似会社比準方式により算出した価格を総合的に勘案して、譲渡人と譲受人が協議の上、決定」と、一つの取引に3方式を併記し、複数のアプローチで価格レンジを確認したことを示す型です。

型3:純資産方式ベース──グローバルセキュリティエキスパート(4417)、長栄(2993)

発行価格は、純資産方式により算出された価格(グローバルセキュリティエキスパート、ほか)、時価純資産法より算出した価格を参考に決定」(長栄、ほか)など、純資産ベースの記載例です。

会社単位で純資産方式のみが確認された会社は19社で、利益体質が安定した会社や資産保有型の会社でみられます。

型4:税務上の評価との折衷──日本調理機(2961・2021年東証二部上場)

同社の株式移動の注記には「有価証券上場規程施行規則別添7に規定の帳簿純資産法財産評価基本通達188-2に規定の配当還元方式を1:1の加重平均法により算出した価格」という趣旨の記載があります(出典:同社新規公開時の有価証券届出書および訂正有価証券届出書)。

金商法開示に相続税評価の通達が登場する、2つの「時価」体系が交差する例です。

さらに同社では、SOの発行価格には簿価純資産法・DCF法・類似会社比準方式の3方式の加重平均を用いており、同一会社でも取引の性質に応じて算定方式が使い分けられることを示す好例です。

なお配当還元法が記載された10社の注記を個別に確認したところ、8社は少数株主間の株式移動、2社はSO等の発行価格での採用でした。配当還元方式と原則的評価の使い分けは会社規模判定の解説記事を参照してください。

型5:直近取引価格の参照──サスメド(4263)、ティムス(4891)

優先株式調達ラウンドを重ねたバイオ・SaaS系にみられる型です。

「A種・B種優先株式の発行価格はDCF法、類似会社比準法及び直近取引価格等により算出された価格を基礎として算定」(サスメド、ほか)のように、直近の資金調達価格との連続性を確認する書き方で、種類株式を用いた資本政策でみられます。

直近取引価格への言及が確認された会社は16社でした。

IPO準備会社・専門家のための実務チェックポイント5つ

ポイント1:直近の割当・移動・SOの算定根拠を棚卸しする

第四部には基準事業年度末日の2年前の日から上場日前日までの取引が、価格・算定根拠つきで記載されます。申請期に算定根拠を遡って整えるのは困難です。

取引の都度算定書算定メモを残しているかをまず確認してください。

ポイント2:自社の評価目的・状況に合った方式を選ぶ

本調査ではグロース市場の先行事例にDCF法の記載が多く、スタンダード市場では純資産方式の割合が相対的に高い傾向がみられました。

ただし上場予定市場だけで方式を決めるのではなく、評価目的、成長段階、事業計画の信頼性、保有資産、直近取引や種類株式の内容を踏まえて選定する必要があります。同業・同市場の先行事例(算定方式別カルテで絞り込めます)は、模倣ではなく自社の算定方法・説明内容を検討する比較材料として活用してください。

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ポイント3:税制適格ストックオプションの行使価格要件と整合させる

税制適格SOでは、権利行使価額を付与契約時における1株当たりの価額以上に設定することが要件の一つです(租税特別措置法29条の2)。非上場株式の契約時の価額については、所得税基本通達23〜35共-9の例による原則方式で算定し、一定の条件の下では財産評価基本通達の例による特例方式を選択できることが、国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」(当サイトの詳細解説早見表版)で示されています。

DCF法の算定書取得が税制適格要件として必須なのではなく、IPO実務で作成するDCF法等の株価算定結果と税務上の株価との整合は、直近取引や種類株式の内容を踏まえて別途検討が必要です。要件全体の充足は税制適格SOの要件判定ツールで一次チェックできますが、個別の適格性判断は税理士への相談が必要です。

ポイント4:上場直前の取引は公開価格との乖離説明を準備する

上場直前1〜2年の割当価格・移動価格は、公開価格と並べて誰でも検証できる形で開示されます。

低い価格での役員への移動や、公開価格に近い時期の割当は、説明が重要になる典型論点です。

ポイント5:注記文言は「公開される前提」で設計する

算定注記の書き方には定型の型があります。他社387社分の文言が参照できる以上、自社だけ説明の粗い注記は目立ちます。方式・決定プロセスの記載は型に沿って整えておくべきです。

よくある質問(FAQ)

Q1. 相続税評価の方式(類似業種比準・純資産・配当還元)とは何が違うのですか?

通達評価は相続税・贈与税の課税価格を計算するための体系で、会社規模判定を起点に類似業種比準価額純資産価額を組み合わせる画一的な計算ルールです(特定の評価会社は別ルール)。

一方、IPO実務のDCF法・類似会社比準方式は取引価格の合理性を説明するためのファイナンス理論ベースの算定です。

ただし日本調理機の例のように、少数株主間の移動では配当還元方式が参考にされることもあり、両体系は完全には分離していません。

Q2. 株価算定はどこに依頼するのですか?名称は公表されますか?

株価算定専門会社、FAS、会計・税務系のアドバイザリー会社などが担い手です。

本調査では算定機関への言及は200社、名称開示は9社のみで、開示は慣行化していません。名称が公になる可能性は低い一方、算定資料の内容や前提は審査で確認され得ます。

Q3. 算定方式の記載がない57社はどういうケースですか?

主に、記載対象期間に移動・割当自体がなかった会社か、注記が「当事者間の協議により決定」のみで方式に言及しない会社です。

記載がないこと自体は直ちに問題ではありませんが、近年の実務では方式を明記する型が主流です。

Q4. ストックオプションの行使価格は必ずDCF法で算定するのですか?

必ずDCF法を使うという決まりはありません

本調査では、グロース上場企業283社中226社の届出書にDCF法が登場していますが、これは会社単位の集計であり、226社すべてがSOの行使価格をDCF法で算定したことを意味するものではありません。

税制適格SOの行使価格については、契約締結時の株価以上という要件を満たす必要があり、その算定方法は会社の状況に応じて検討します。なお、オプション評価モデルによるSO評価額が条件次第でどう動くかは評価額の図解ツールで確認できます。

Q5. DCF法と純資産方式で算定額が大きく乖離したらどうすべきですか?

成長企業では両者が数倍〜数十倍乖離することは珍しくありません

実務の型は、乖離を無理に埋めず、取引の性質(資金調達か、少数株主間の移動か)に応じて主たる方式を選び、他方式は水準確認として併記する形です(「総合的に勘案」の定型文言はこの整理の表れです)。

評価アプローチの選択・併用の考え方は企業価値評価ガイドライン解説④(評価アプローチと評価法)も参照してください。個別判断は算定機関・会計士・税理士との協議が必要です。

まとめ:株価算定は「先行387社の型」を参照できる時代に

本記事の要点を整理します。

  • 届出書にDCF法の記載がある会社は69.3%(268社)で最多。方式の記載がある330社では複数方式の記載(197社)が単一方式(133社)を上回り、3方式記載が83社。
  • グロースはDCF法約8割、スタンダードは純資産方式が最多と、市場・成長ステージで傾向が分かれる。
  • 算定機関への言及は約半数、名称開示は9社のみ。開示実務は「方式は書く・機関名は書かない」が標準。
  • 配当還元方式や財産評価基本通達が登場する事例もあり、税務上の時価との接続は専門家の関与ポイント。

次の一歩として、IPO資本政策データベースで自社(または支援先)と同じ市場・業種の会社を算定方式別カルテから絞り込み、注記文言と1株価値の推移を見比べてみてください。387社の先行事例は、資本政策設計の最も具体的な参照点になります。

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参考一次情報

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