中小企業のM&Aや事業承継、自社の中期経営計画の検証で「DCF法でいくらになるのか」を出す場面が増えています。
ただ、計算式は見つかっても「自社の数字を入れるとどうなるか」「なぜ前提を少し変えるだけで金額が大きく動くのか」まで腹落ちさせてくれる解説は多くありません。
本記事は、DCF法の計算式を整理しつつ、シミュレーターで自社の数字を入れながら確かめられるように解説します。読了後には、ご自身で企業価値の試算ができる状態を目指します。
結論
DCF法は「将来FCFをWACCで割り引いて足す」だが、WACCと永久成長率が結果を左右する
DCF法(Discounted Cash Flow=割引キャッシュフロー法)の核は、企業が将来生み出すフリーキャッシュフロー(FCF)を、加重平均資本コスト(WACC)で現在価値に割り引いて合計する、という一点に尽きます。
ただし実務で結果を大きく左右するのは、計算式そのものよりも次の3点です。
- 割引率(WACC)と永久成長率(g)の置き方:
この2つを1ポイント動かすだけで企業価値が数割単位で変動します。 - ターミナルバリュー(継続価値)の比重:
算定される企業価値の過半、ケースによっては7〜8割を継続価値が占めることが珍しくありません。 - 事業価値・企業価値・株主価値の橋渡し:
FCFから出るのは「事業価値」であり、そこから株主価値にたどり着くにはネットキャッシュ等の調整が必要です。
本記事では、この3つの論点を順に深掘りします。各章には、その論点をその場で動かして確かめられるシミュレーターを用意しています。
このシミュレーターは、DCF法の仕組みを理解するための学習用・簡易試算ツールです。実際の株価算定・M&A評価・フェアネスオピニオンを代替するものではありません。
ツールページは「DCF企業価値評価シミュレーター」からも開けます。
DCF法とは何か(基本概念と注目される背景)
DCF法は、企業価値評価の3つのアプローチ(インカム・アプローチ/マーケット・アプローチ/コスト・アプローチ)のうち、インカム・アプローチを代表する手法です。株式市場の相場や類似会社の倍率に直接依存せず、対象企業自身が将来生み出すキャッシュフローの実態に基づいて価値を算定できる点が特徴で、理論的な整合性が高い手法として広く使われています。
基本式は、ごく単純化すると
企業価値 = 将来の各年度フリーキャッシュフローを割引率で割り引いた現在価値の合計
です。
実務では、予測可能な期間(一般に3〜5年程度)のFCFを個別に割り引き、それ以降をまとめて「ターミナルバリュー(継続価値)」として評価します。
DCF法がいま注目される背景には、資本効率を重視する経営の浸透があります。東京証券取引所は2023年3月31日に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請しました。
経済産業省の「伊藤レポート」(2014年8月公表)以降の資本コスト経営の流れも合わせ、「将来キャッシュフローと資本コストで企業価値を語る」というDCFの考え方は、上場企業だけでなく中小企業の事業承継・M&Aの現場にも広がっています。
DCF法の計算式と核心論点
DCF法の計算は、大きく4つの構成要素に分解できます。
第一に、フリーキャッシュフロー(FCF)の算定です。事業全体に帰属するFCF(アンレバードFCF)は、一般に次の式で求めます。
FCF = 営業利益 ×(1 − 実効税率)+ 減価償却費 − 設備投資額 − 運転資本の増加額
ここで「営業利益 ×(1 − 実効税率)」は税引後営業利益(NOPAT)と呼ばれます。実効税率には法定実効税率(法人税・地方法人税・住民税・事業税を加味して算出される実質的な税負担率)を用いるのが一般的で、東京23区所在の外形標準課税対象法人では30%台前半が用いられることが多い水準です。ただし所在地・資本金・外形標準課税の適用有無・事業年度によって異なり、2026年4月以後開始事業年度からは防衛特別法人税(基準法人税額に対する付加課税)の影響も考慮が必要になります。自社の実態に合わせて、法定・実績・グループ実効税率のいずれを使うかを決める必要があります。
第二に、割引率(WACC)の決定です。WACC(加重平均資本コスト)は、株主資本コストと負債コストを、資本構成(時価ベースの株主資本と有利子負債の比率)で加重平均したものです。株主資本コストはCAPM(資本資産評価モデル)でβや市場リスクプレミアムから推計するのが一般的です。
第三に、ターミナルバリュー(継続価値)の算定です。永久成長法(ゴードン成長モデル)では次の式を使います。
ターミナルバリュー = 最終予測年度のFCF ×(1 + 永久成長率g)÷(WACC − g)
第四に、これらを現在価値に割り引いて合計し、事業価値を求めます。なお、永久成長率gは2〜4%程度を用いる例もありますが、将来の成長率を合理的に置くことの難しさから、近年は保守的に0%を採用するケースも多く見られます。式の構造上、WACCがg以下になると計算が成立しない(分母がゼロ以下になる)点にも注意が必要です。
計算実務:自社の数値でDCF法を計算する(エクセル不要)
ここからは、実際に数値を作る手順です。エクセルのテンプレートを用意しなくても、ブラウザ上でDCF法の計算ができます。
下のシミュレーター(タブ②「自社数値でシミュレーション」)に、前期売上・売上成長率・営業利益率・実効税率・減価償却率・設備投資率・運転資本の増加率を入力すると、5年分のFCFが自動展開され、各年度の割引係数と現在価値、ターミナルバリュー、事業価値、そして株主価値までが即座に再計算されます。
会計事務者として押さえるべき実務上の留意点は次のとおりです。
運転資本の増加は、売上の伸びに比例してキャッシュを圧迫するため、成長シナリオほどFCFを押し下げます。
設備投資は対売上比で置くと簡便ですが、更新投資と成長投資を分けて考えると精度が上がります。
連結ベースか単体ベースか、セグメント別に按分するかも、対外的に説明できる形で決めておく必要があります。
数値例として、
・前期売上1万
・売上成長率5%
・営業利益率12%
・実効税率30%
・減価償却4%
・設備投資5%
・運転資本増加10%
(いずれも対売上、単位は百万円)
を置くと、1年目のFCFはおよそ次のように展開されます。
| 項目 | 1年目 | 2年目 | 3年目 | 4年目 | 5年目 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 10,500 | 11,025 | 11,576 | 12,155 | 12,763 |
| 税引後営業利益(NOPAT) | 882 | 926 | 972 | 1,021 | 1,072 |
| +減価償却 | 420 | 441 | 463 | 486 | 511 |
| −設備投資 | 525 | 551 | 579 | 608 | 638 |
| −運転資本増加 | 50 | 52 | 55 | 58 | 61 |
| フリーCF | 727 | 763 | 802 | 842 | 884 |
この5年分の現在価値合計に、6年目以降のターミナルバリューの現在価値を足したものが事業価値です。数値はあくまで説明用の例であり、また、シミュレーターは簡便的な前提を置いているため、計算のイメージを参考にしつつ、自社の計画値に置き換えて確認してください。
DCF法と他の評価手法・関連概念との違い
DCF法を正しく使うには、他のアプローチや「価値」の言葉の使い分けを整理しておく必要があります。
マーケット・アプローチ(類似会社比較法など)との違い
類似会社比較法(マルチプル法)は、上場している類似企業のEV/EBITDA倍率やPERなどを対象企業に当てはめる手法です。市場の評価をすばやく反映できる一方、本当に「類似」の企業を選べるか、相場の過熱・低迷をそのまま持ち込んでしまわないかという課題があります。
DCF法は事業実態に基づける反面、前提の置き方で結果が動きやすいという裏返しの弱点を持ちます。実務では両者を併用し、レンジで突き合わせるのが一般的です。
コスト・アプローチ(純資産法など)との違い
純資産法(時価純資産法など)は、貸借対照表の資産・負債を時価評価して純資産を価値とみなす手法です。
清算価値に近く客観性は高いものの、将来の収益力(のれん)を反映しにくいため、継続事業の評価ではDCFやマルチプルと併用されます。
事業価値・企業価値・株主価値の違い
DCFで将来FCFを割り引いて得られるのは、まず「事業価値(EV:Enterprise Value)」です。
ここから株主価値にたどり着くには、次の橋渡しが必要です。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 事業価値(EV) | 将来FCFの現在価値合計(本業が生む価値) |
| + 非事業用資産 | 遊休資産・投資有価証券など本業外の資産 |
| + 余剰現預金等 | 事業運営に必要な額を超える現預金・有価証券 |
| − 有利子負債 | 借入金・社債など |
| = 株主価値 | 株主に帰属する価値 |
ここで
事業価値 = 株主価値 + ネットデット(純有利子負債)
という関係が成り立ち、有利子負債より余剰現預金が大きい場合はネットデットがマイナス(=ネットキャッシュ)となり、株主価値に加算されます。
なお、加算する現預金を「全額」とするか「事業に必要な額を除いた余剰分」とするか、非事業用資産の範囲をどこまで含めるかは企業ごとに定義が異なります。過大評価を避けるため、必要運転現預金を除いた余剰分を加算する整理が実務的です。
シミュレーターでも、この事業価値から株主価値への流れを視覚的に確認できます。
※本記事では、アンレバードFCFをWACCで割り引いて求める価値を「事業価値(EV)」と呼びます。実務上「企業価値」という言葉は広く使われますが、株式の譲渡価格や株主に帰属する価値を考える場合には、事業価値から非事業用資産・余剰現預金・有利子負債等を調整して「株主価値」を算定する必要があります。
感応度分析:なぜWACCと永久成長率で価値が激変するのか
DCF法で最も注意すべきは、前提のわずかな違いが結果を大きく動かすことです。
ターミナルバリューの式「 FCF ×(1+g)÷(WACC − g)」 は分母が小さな差で大きく変わるため、たとえばFCFが一定の企業でWACCを6%としたとき、永久成長率を2%と置くか5%と置くかで、ターミナルバリューが数倍に跳ね上がるといったことが起こります。これは計算ミスではなく、DCFという手法が本来持つ感度の高さです。
下のシミュレーター(タブ①「感応度シミュレーター」)でWACCと永久成長率のスライダーを動かすと、事業価値、感応度マトリクス、ターミナル比率がリアルタイムに変化するため、「動かしながら腹落ちする」ことができると思います。
多くのケースでターミナルバリューの現在価値が事業価値の過半を占めることも、その場で確認できます。
感応度マトリクス(行=WACC、列=永久成長率)のイメージは次のとおりです(説明用の概数。実際の値はシミュレーターでご確認ください)。
| WACC\g | 0.0% | 1.0% | 2.0% |
|---|---|---|---|
| 7.0% | 約13,800 | 約15,300 | 約17,500 |
| 8.0% | 約11,900 | 約13,100 | 約14,700 |
| 9.0% | 約10,400 | 約11,400 | 約12,600 |
会計実務家として誤誘導を避けるために必ず伝えるべきは、DCFの算定結果は単一の「正解」ではなく、前提の置き方に依存するレンジだという点です。
WACCや成長率を都合よく動かせば、望む結論を導けてしまいます。単一の点推定を絶対視せず、複数シナリオのレンジとして示し、前提の客観性(誰が見ても説明できるか)を担保する姿勢が、専門家としての信頼につながります。
ターミナルバリューの考え方と注意点
ターミナルバリューは、予測期間の最終年度以降に企業が生み出し続ける価値をまとめて評価したものです。永久成長法のほかに、最終年度の指標にEV/EBITDA倍率などを掛ける「マルチプル法(エグジット・マルチプル法)」もあり、両者を突き合わせて妥当性を検証することもあります。
注意点は3つです。
第一に、永久成長率gは経済全体の長期成長を超えて設定すべきではありません(永久に経済より速く成長する企業は理論上存在しないためです)。
第二に、前述のとおりgは結果への影響が大きいため、0%を含む複数の値で感応度を取るのが安全です。
第三に、予測期間が短すぎると価値の大半がターミナルバリューに偏り、評価の頑健性が下がります。事業の安定化時期まで予測期間を取れるかを検討してください。
業種別に見る割引率・成長率の傾向(出典の扱い)
WACCや永久成長率の「目安」を一律の数値で断定するのは適切ではありません。資本構成・事業リスク・成長段階によって妥当な水準が異なるためです。
一般的な傾向としては、
設備集約型で安定収益の業種(電力・ガス・鉄道・不動産など)は事業リスクが相対的に低くβが小さく出やすいため株主資本コストが低めになりやすく、変動の大きい新興・テクノロジー領域はβが大きく出やすいためWACCが高めになりやすい
と整理できます。
具体的な数値水準を参照する場合は、資本構成は同業他社の有価証券報告書等から確認し、βは株価データや金融情報サービス等を用いて推計・取得するのが一般的です。日本取引所グループ(JPX)の財務統計、経済産業省「企業活動基本調査」、中小企業庁「中小企業実態基本調査」などの公的統計を、最新版の発表年・対象事業年度を確認したうえで用いるのが正確です。
なお政府統計で公表される値が平均値・中央値・四分位のいずれかは調査により異なるため、参照時に確認してください。
明日から始められる5ステップ
DCF法は外部の専門家任せにしがちですが、経理担当者が一次試算を回せると、社内検討やクライアント対応のスピードが大きく変わります。次の5ステップで始められます。
- 自社(または対象会社)の直近実績から、売上・営業利益率・減価償却・設備投資・運転資本の対売上比を拾う。
- 本記事のシミュレーターに入力し、標準・楽観・悲観の3シナリオでFCFと事業価値を出す。
- WACCと永久成長率を複数置いて感応度マトリクスを作り、価値のレンジを把握する。
- ターミナルバリューが価値に占める比率を確認し、予測期間や成長率の前提が頑健かを点検する。
- 事業価値から株主価値までのブリッジ(非事業用資産・余剰現預金・有利子負債)を1ページに整理し、経営層やクライアントに「レンジと前提」をセットで提示する。
これら5ステップを一巡させるのは、必要なデータが揃っていれば数日程度です。まずは概算のレンジを掴み、精緻化は外部専門家と分担するのが現実的です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 割引率(WACC)はどのくらいに設定すればよいですか?
一律の正解はありません。
株主資本コストと負債コストを資本構成で加重平均して求めますが、株主資本コストはβや市場リスクプレミアムの置き方で変わります。重要なのは単一値で決め打ちせず、複数のWACCで感応度を取り、レンジで価値を把握することです。
※WACCのシミュレーターを以下に用意していますので、イメージをつかんでいただければと思います。
Q2. DCF法とマルチプル法(類似会社比較法)はどう使い分けますか?
DCF法は事業の将来計画に基づく内在価値を、マルチプル法は市場の相場観を反映します。
どちらか一方ではなく、両方で算定してレンジを突き合わせるのが実務の定石です。計画の確からしさが高ければDCFの比重を、類似上場企業が豊富なら市場法の比重を高める、といった調整をします。
Q3. ターミナルバリューが企業価値の大半を占めるのは問題ですか?
DCFの構造上、継続価値が価値の過半を占めること自体は珍しくありません。
ただし比率が極端に高い場合は、予測期間が短すぎないか、永久成長率を高く置きすぎていないかを点検すべきサインです。0%を含む複数のgで感応度を取ると、頑健性を確認できます。
Q4. 単年度のFCFだけ見ても意味がないのはなぜですか?
DCFは複数年のキャッシュフローと継続価値の合計で評価するため、単年度のFCFの大小だけでは結論が出ません。
とくに成長局面では運転資本や設備投資の増加で一時的にFCFが小さく出ることがあり、長期の見通しと合わせて評価する必要があります。
Q5. 中小企業でもDCF法を計算する意味はありますか?
あります。
事業承継やM&A、金融機関との対話で「自社の価値の考え方」を持っておくことは交渉力につながります。精緻な算定は専門家に依頼するとしても、経理担当者が概算のレンジと前提を押さえておくと、議論の土台が整います。本記事のシミュレーターは、その第一歩の概算に役立ちます。
まとめ
DCF法の計算式と企業価値評価の要点を、経理視点で整理します。
- DCF法は将来FCFをWACCで割り引いて合計する、インカム・アプローチの代表的手法です。
- 結果を左右するのはWACCと永久成長率の置き方で、わずかな差で価値が大きく動きます。
- 算定される企業価値の過半をターミナルバリューが占めることが多く、前提の頑健性の点検が欠かせません。
- FCFから出るのは事業価値であり、非事業用資産・余剰現預金・有利子負債を調整して株主価値に橋渡しします。
- 単一の点推定を絶対視せず、レンジと前提をセットで示すことが、専門家としての信頼につながります。
まずは本記事のシミュレーターに自社(または対象会社)の数字を入れ、標準・楽観・悲観の3シナリオで企業価値のレンジを出してみてください。前提を動かすほど、DCFという手法の感度と使いどころが体感できるはずです。
参考一次情報
- 東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(2023年3月31日要請、規則上の義務付けではない)
- 経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ〜企業と投資家の望ましい関係構築〜(伊藤レポート)」(2014年8月公表)
- 経済産業省「価値協創ガイダンス」
- 日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」(経営研究調査会研究報告)
- 中小企業庁「中小企業実態基本調査」

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