一つの経営課題を、三つの視点で
ハルカの基礎編・応用編が「指針を理解する」記事なら、この部長編は「指針を自分の会社の仕事に変える」記事です。
誰を、どこまで、どう育てるか。育成中の業務をどう守るか
有報の欄ごとに誰が何を書くか。部署の事情が衝突したら誰が決めるか
開示の前に、何を判断してもらうか
自部門の管理者として ── 誰を、どこまで、どう育てるか
経理財務部長が最初にやることは何でしょうか。
経理財務部の人材戦略を、指針の5段の流れで書いたことはありますか。
指針は読みましたし、ラボの図も見ました。
ただ、部に戦略はありません。
あるのは中計です。
部に当てはめるのは学習のためです。
中計の柱のどれが、経理に一番効きますか。
連結です。
連結を回せるのは一人。
担当が休むと止まる業務が6つある。
自分でやった方が早いので。
リスクの段は、もう書けていますね。
次の段は施策ですが、埋め方が分からない。
採用で埋めるか、育てるか。
採用で埋める、育成で埋める、外に出す。
時間軸と、決算日数への影響が違いますよ。
ただ連結を一人で回せる人は市場に少ない。
育成なら2年。
外に出すと、仕組みが社内に残らない。
育成を主、採用を補助にします。
「連結を回せる人」を1から3へ、と言うとき、何ができたら「回せる」と数えますか。
精算表は組めても、子会社の数字が合わないときに止まる人は、回せているとは言えないでしょう。
段階に分けます。
①子会社の数字の回収と照合、②連結精算表の作成、③注記の作成、④監査法人への説明。
④まで一人でできて1人と数える。
来期末に②まで2人、3年後に④まで3人、のようにね。
もう一つ、育成中の決算をどう守るかです。
担当が組んだ精算表を、結局私が全件見直すなら、時間は増えるだけです。
見直す範囲を先に決めていなかったんですね。
私は子会社間の不一致や注記など、重要・高リスクの項目を重点的に見ます。
担当の習熟度に応じて見直します。
それと締め日を2日前倒しして、戻りの時間を作る。
先に言っておくことですね。
黙って遅くなるのが、一番まずいですよ。
育成の初年度は縮まらないかもしれない。
それを先に伝えます。
シミュレーションで、プリセット「労働集約型サービスを安定運営する」を選び、リスク・機会に「次世代のリーダー層」、人材戦略に「次世代リーダー育成・サクセッション」、指標に「後継者候補の充足率」を足してください。リスク→施策→指標が一本につながるので、4つの要素の充足度は下がらず、有報の記載イメージに後継者候補の行が加わります(施策だけを足すと「対応先のない施策」「指標のない施策」、指標だけを足すと「関係のない指標」と表示され、充足度が下がります)。経営戦略3年後・人的資本3年後で「整合」、人的資本を1年後にすると「先行しています。……その関係を説明しましょう」の表示に変わることも確かめてください。
ラボのシミュレーションを開く ▶全社の調整役として ── 誰が何を書き、衝突したら誰が決めるか
有報の人的資本は、第2の「サステナビリティに関する考え方及び取組」と、第4の「従業員の状況等」に分かれます。
2026年3月期から、従業員の状況は第4に移りましたね。
法定の記載事項は、どちらに置きますか。
従業員給与等の決定方針と、平均年間給与の対前年増減率も第4ですね。
第2に書くのは、人材育成と社内環境整備の方針と、それに対応する指標・目標・実績ですね。
従業員数や多様性の指標、給与などは第4の記載を基準にして、第2では必要に応じて参照する形がいいでしょう。
戦略は経営企画。
経理が書くのは……。
現地の定義で出すしかない、と思っていました。
現地法令で公表している値は、そのまま尊重する。
グループ管理のために共通の定義でそろえた数字は、別に持てばいいですよ。
「公表値を正にする」は、法定の公表値を別の定義で勝手に置き換えない、という意味です。
連結の管理指標まで、提出会社の公表範囲に合わせる必要はありませんよ。
ところで、人事は提出会社の範囲で公表し、経理は連結で把握したい。
この二つがぶつかったら、誰が決めますか。
有報の取りまとめは経理財務部なので、私が案を決めて、経営会議で確認します。
役割分担表に「衝突したときの決め方」の行も入れておくといいですね。
以前見た会社は、有報の直前に「この数字は誰のものか」で止まりましたよ。
欄ごとに責任部署、数値の定義、集計範囲、締切、それと調整者。
3月決算なら、3月末までに定義と範囲、4月に実績値、5月に文章。
設例の会社はグロース上場ですから、CGコードは基本原則だけが対象ですね。
原則2-2の多様性の測定可能な目標は、自主的に取り組んでいる前提で書いてください。
経営層に説明する側として ── 開示の前に、投資の方針を判断してもらう
欄が多すぎる。
それとも、投資の話ですか。
育成を主にするという投資方針を、経営層はまだ判断していませんよね。
開示は、決めた投資を説明するものですよ。
育成を主とする方針の承認、必要な予算と指導時間、決算短縮が進まない期間の扱い、半年後の見直し条件。
効果は来期末の中間目標で測ります。
2人とも①は単独でできていること。
届いていなければ、採用に切り替えます。
開示の方針は、その後ろに一行でいいでしょう。
そのうえで重点に説明するのは、比較できる指標3つと、独自指標1つ。
この数は設例の提案です。
独自指標の選び方で、一番大事なのは何でしょうか。
来年も同じ方法で測れること。
他社と比べられないことは条件ではありませんよ。
候補は何にしますか。
今は決めません。
経営課題:連結を回せる人が部長一人。育成を主、採用を補助とする投資方針を経営層に判断してもらい、有報の記載につなげる。
- 自部門:「連結を回せる」=①子会社の数字の回収と照合 ②連結精算表の作成 ③注記の作成 ④監査法人への説明。④まで一人でできて1人と数える。目標は1→3人(3年後)、中間目標は来期末に②まで2人。育成中は担当のチェックリスト+締め日の2日前倒しで守り、部長は重要・高リスク項目(子会社間の不一致・注記など)を重点レビューし、担当者の習熟度に応じて範囲を見直す
- 全社:役割分担表(欄ごとの責任部署・数値の定義・集計範囲・締切・調整者)。従業員数・多様性の指標・給与等は第4の記載を基準にし(第2の方針・指標・目標・実績は別に記載)、人事部門の公表値を別の定義で置き換えない。グループ管理の共通定義は別に持ち、定義が違う数値は比較上の限界を注記。衝突したときは部長が案を決め、経営会議で確認する
- 3月末:定義と集計範囲
- 4月:実績値
- 5月:文章
- 6月:開示(3月決算の場合)
- 経営層:一枚に載せるのは、育成を主とする方針の承認/予算(研修費 年120万円)と指導時間(部長週4時間)/決算短縮が進まない期間の扱い(初年度は12日のまま可)/半年後の見直し条件(育成対象2人のうち1人以上が②まで、2人とも①は単独で可。満たさなければ採用に切り替え)。開示の方針はその後ろに一行(有報では法定事項を満たし、重点に説明するのは比較指標3つ+独自指標1つ=設例の提案)
実務のひな形 ── 役割分担表・5段の試作・経営層向け一枚(Excel)
以下はすべて架空の会社の記入例です。Excelテンプレートでは記入例を残したまま配り、自社の状況に上書きして使います。
① 役割分担と数値の定義 ── 従業員数・多様性の指標・給与等は第4を基準に、第2は方針・指標・目標・実績を記載
| 記載欄 | 内容 | 責任部署 | 数値の定義・集計範囲 | 根拠 | 締切 | 調整者・確認 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 第4 従業員の状況等/連結従業員数 | セグメント別の従業員数。臨時従業員の年間平均雇用人員は外書き(一定の場合は省略可) | 人事(数値) | 連結。セグメント区分は有報と一致 | 開示府令 | 4月 | 経理 |
| 第4/提出会社の従業員数・平均年齢・平均勤続年数・平均年間給与 | 提出会社の数値。平均年間給与の対前年増減率を含む | 人事(数値) | 提出会社。給与は賞与・基準外賃金を含む | 開示府令 | 4月 | 経理 |
| 第4/従業員給与等の決定方針 | 人材戦略を踏まえた給与等の決定の考え方 | 人事(経営企画と) | 文章 | 開示府令 | 5月 | 部長 |
| 第4/多様性の指標(女性管理職比率・男性育休取得率・男女間賃金差異) | 提出会社と連結子会社のうち、公表義務の対象となる会社の数値 | 人事(数値) | 女性活躍推進法・育児介護休業法の公表値を基準。公表義務のある連結子会社は会社ごとに(任意公表のみは記載義務なし)。別の定義で置き換えない | 開示府令・女性活躍推進法等 | 4月 | 経理(整合性) |
| 第4/人材戦略に関する基本方針等 | 中計の柱と、依存する人材。基本方針 | 経営企画(人事と) | 文章。中計と同じ用語を使う | 開示府令 | 5月 | 部長 |
| 第2 サステナビリティ(人的資本)/方針 | 人材育成の方針・社内環境整備の方針。リスク・機会(3つのC) | 経営企画(人事と共同) | 文章。第4の基本方針と整合 | 開示府令・改訂指針(5段の流れ) | 5月 | 部長 |
| 第2/方針に対応する指標・目標・実績 | 方針ごとの指標(法定の多様性指標は第4を参照)。独自指標は測定方法と戦略とのつながりを添える | 人事(数値)・経営企画(目標) | 提出会社か連結かを指標ごとに明記 | 開示府令・改訂指針 | 4〜5月 | 経理(整合性) |
| 第2/財務とのつながり | 人件費(研修費を含む内訳)・一人当たり売上の推移。投資としての説明 | 経理財務部 | 連結。有報の数値と一致させる | 改訂指針(コネクティビティ) | 4月 | 部長 |
| 第2/セグメント・子会社別 | 海外販売子会社の離職率・賃金。共通定義でそろえた管理指標と、現地法令の公表値 | 経理財務部(子会社と) | 共通定義の範囲は連結で。定義が違う数値は比較上の限界を注記 | 改訂指針(応用C) | 4月 | 人事 |
| 第2/ガバナンス・リスク管理 | 監督する機関(取締役会)・報告頻度・リスクの識別プロセス | 経営企画 | 文章 | 開示府令 | 5月 | 部長 |
| CG報告書・短信との整合 | CGコード対応(グロースは基本原則のみが対象。原則2-2の多様性の目標は自主的な取組として)と有報の数値が合っているか | 経理財務部 | — | CGコード・開示府令 | 5月 | 部長 |
| 衝突したときの決め方 | 提出会社の公表範囲(人事)と連結の把握(経理)がぶつかったとき | 部長が案を決める | 経営会議で確認 | — | 随時 | 経営会議 |
法定の公表値(女性活躍推進法等)を別の定義で置き換えない。グループ管理のための共通定義は別に持ってよく、定義が違う数値は比較上の限界を注記で説明する。有報では法定事項をすべて満たし、重点項目を絞るのは経営層向けの一枚の中だけ。
② 5段の流れの試作 ── 経理財務部(8人)に当てはめた例
| 段(指針の5段) | 全社なら持ち主 | 経理財務部の記入例 |
|---|---|---|
| ① 経営戦略・ビジネスモデル | 経営企画 | 中計の柱のうち「子会社が毎年増える」=連結。買収も視野 |
| ② 人的資本への依存・影響 | 経営企画・人事 | 依存:連結を回せる人が部長一人。影響:引き継ぎ・手順書・指導時間を与えていない |
| ③ 人的資本関連のリスク・機会 | 経営企画・人事 | リスク:属人化(担当不在で止まる業務6)。機会:子会社が増えても一つの会社として見られる部 |
| ④ 人材戦略(施策) | 人事 | 育成を主、採用を補助。4段階の到達条件/チェックリスト/締め日の前倒し/レビュー体制の運用 |
| ⑤ 指標及び目標 | 人事・経理 | 連結を回せる人(④まで)1→3(3年後、中間目標:来期末に②まで2人)/担当不在で止まる業務 6→2 |
| 実績・説明(別欄) | 経理・IR | 来期末に中間目標の達成状況と、決算日数への影響を説明。半年後の見直し条件に照らして採用への切替を判断 |
5段は指針の原典どおり(経営戦略→依存・影響→リスク・機会→人材戦略→指標及び目標)。実績・説明は5段の外の別欄。部に当てはめるのは学習のためで、有報に書くのは会社全体の流れ。
③ 経営層向け一枚 ── 開示の前に、投資の方針を判断してもらう
| ブロック | 載せること | 判断してもらうこと |
|---|---|---|
| 1 経営課題と依存する人材 | 連結を回せるのが部長一人。担当不在で止まる業務6。中計(出店・海外・内製化)で子会社が増える | 課題の認識の共有 |
| 2 投資方針 | 育成を主、採用を補助。到達条件4段階。目標1→3人(3年後)、中間目標は来期末に②まで2人 | 方針の承認 |
| 3 予算と指導時間 | 研修費 年120万円(外部の連結実務研修・教材、2人分)。部長の指導時間 週4時間。締め日の2日前倒し | 予算と時間の承認 |
| 4 決算短縮との関係 | 決算日数12→8日の目標に対し、育成の初年度は12日のままの可能性 | 猶予する期間の扱い |
| 5 見直し条件 | 半年後に、育成対象2人のうち1人以上が②(連結精算表の作成)まで到達し、2人とも①は単独でできていること。満たさなければ採用(即戦力)に切り替える。年2回報告 | 確認時期と切替基準の承認 |
| 6 開示の方針(一行) | 有報では法定事項を満たす。重点に説明するのは比較指標3つ+独自指標1つ(設例の提案)。人的資本投資は会計上は費用、経営上は将来の利益を支える投資 | 重点項目の了承 |
重点項目を絞るのは、この一枚の中だけ。有報の法定事項は省略できない。「比較指標3つ+独自指標1つ」は設例の提案で、指針に固定の個数はない。
今日のふりかえり
自部門は「到達条件を決めて、育成中の守り方まで決める」。
全社は「欄の責任者と定義、それと衝突したときの決め方」。
経営層の視点は、どうなりますか。
一次情報・ラボ・前後の回
一次情報
- 人的資本可視化指針(改訂版)・別紙・付録①(内閣官房・金融庁・経済産業省。指針・別紙は2026年3月23日、付録①は2026年3月公表)。5段の流れ・4つの要素・3つのC・独自性と比較可能性の原典。
- 付録②「人的資本に関する開示基準・開示事項例の整理」(内閣官房・金融庁・経済産業省、2026年5月20日公表)。領域別の開示事項例。
- 金融庁の公表ページ「人的資本可視化指針(改訂版)の公表について」(2026年3月23日公表、2026年5月20日に付録②を追加)。内閣官房の公表ページへのリンクがあります。
- 企業内容等の開示に関する内閣府令(2026年3月期から「従業員の状況等」は第4【提出会社の状況】。人材戦略に関する基本方針等・従業員給与等の決定方針・平均年間給与の対前年増減率・多様性の指標)。法定の記載事項はこちらで確認する。
- 女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)等に基づく公表項目(女性管理職比率・男女間賃金差異・男性育休取得率)。有報の数値は、公表値を別の定義で置き換えない。
- コーポレートガバナンス・コード(2026年7月改訂版)。グロース市場は基本原則のみがコンプライ・オア・エクスプレインの対象。多様性の測定可能な目標は原則2-2「社内の多様性の確保」。
ラボ・ツール
- 人的資本可視化指針ラボ(5段の流れ・4つの要素・天秤・シミュレーション)
- ラボのシミュレーション(人材戦略ストーリー→充足度→記載イメージ)
- 人的資本開示ベンチマーク(女性管理職比率・男女賃金差異・育休を全社横断で検索)
- サステナ開示 文例ナビ(有報のサステナ記載をテーマ別に検索)
- CGコードラボ(多様性の「測定可能な目標」。有報との整合)
