はじめての方へ ── 設例の前提と、この記事で扱わないこと
設例:架空の製造小売業(3月決算・店舗68・自社工場1・子会社3社・経理財務部8人)。商品は自社で企画・製造し、店舗とECで販売する。期末の在庫は約24億円(商品・製品・原材料)。昨年度は期末に滞留品をまとめて切り下げ、評価損1.8億円を決算の直前に報告した。前期に切り下げた在庫がその後どうなったかは、誰も確かめていない。税務は原価法(低価法の届出なし)で、評価損を損金にできる事実(法人税法施行令第68条)には当たらないと判断し、会計の評価損を申告調整で加算している。数字はすべて学習用の設例です。
扱わないこと:評価方法や簿価切下げの計算の手順はラボとハルカの基礎編・応用編・設例編に任せます。別表の書き方はハルカの税務調整編。需要予測の手法、在庫管理システムの選定、連結の未実現利益、IFRSは扱いません。
登場人物は学習用のキャラクターで、解説内容は公認会計士・税理士が監修しています。製品名・サービス名は本文に出てきません。
一つの経営課題を、三つの視点で
ハルカの基礎編・応用編・設例編・税務調整編が「在庫を評価できるようになる」記事なら、この部長編は「評価の結果を、在庫を減らす管理に返す」記事です。
評価減のバックテストを、自社の管理として回す。不動在庫を見える化する
保有コストを見える化し、早期処分と比べる。在庫の持ち主を決める
処分の判断と在庫責任をPDCAで回す。評価損と処分を「悪」にしない
自部門の管理者として ── 評価減を、バックテストで確かめる
今日は在庫です。
昨年の期末に評価損が1.8億円出て、粗利の見通しが決算の直前に崩れました。
1.8億円は大きいですね。
その前の期末に切り下げた在庫は、その後どうなりましたか。
切り下げたら、そこで終わりになっていました。
在庫の評価でも、同じことを見られたはずですよ。
会社のほうこそ、その結果がいちばん役に立つんですよ。
前期末に下げた在庫が、その後いくらで売れたか、捨てたか、まだ残っているか。
三つに分けて追いかけるといいですよ。
もっと安くしか売れなかったら、下げ足りなかった、ですね。
前期末に手に入った情報で合理的に見積もっていたか、その後に何が変わったかを分けて確かめましょう。
それと、下げなかった在庫の中から、後で大きな損が出ていないかも見てくださいね。
そちらのほうが、見落としやすいんですよ。
去年、定番品の一部が型落ちになって、まとめて捨てたことがありました。
結果は商品部と工場にも返します。
仕入や生産の計画にまで届けば、来年の在庫が変わりますよ。
何を軸に並べますか。
それに、その在庫を仕入れたか作ると決めた部署です。
金額だけでなく、量と置いている場所も並べておくといいでしょう。
平均の在庫を年間の売上原価で割って365日を掛けると、「何日分の在庫を持っているか」になります。
ただ、会社全体の回転だけだと、よく動く在庫に不動在庫が隠れてしまいますよ。
品目や部署ごとに見ると浮かび上がりますね。
回転日数が長い品目と、最後の出庫から1年を超えた品目を、別々に抜き出します。
両方の列を持つのがいいでしょう。
担当の方は、どこまでできるようにしますか。
シミュレーション「滞留品」で、プリセット「部品在庫(回転期間ルール)」を選ぶと、切下額は 1,410 です。切下げ率の「1年超」を 30、「2年超」を 60 にすると 1,610 に、プリセット「滞留が多い・率を高めに」では 3,930 になります。バックテストで率を見直すと評価損が動き、滞留を放っておくと評価損が膨らむ。その両方が、ここで確かめられます。
ラボのシミュレーションを開く ▶全社の調整役として ── 保有コストを見える化し、在庫の持ち主を決める
滞留在庫の話をすると、商品部は「来シーズンにまた出すから残したい」と言います。
問題は、残すのにいくらかかっているかが見えていないことでしょうね。
在庫の金額には表れない費用ですね。
買った後の保管の費用は、ふつうは在庫の原価に入らず、毎期の費用として出ていきます。
だから帳簿の在庫を見ても、持ち続ける費用は見えないんですよ。
評価後の帳簿価額は3億円です。
今まとめて処分すれば2.8億円が戻ります。
でも、バックテストでは見込みの8割しか売れていません。
その8割は、単価ですか、数量ですか。
販売の手数料や追加の値下げ、処分の費用の差は、この試算では入れていません。
8割で見ると、いくらになりますか。
そこから1年分の保管料と人手、資金コストで3,200万円を引くと、2.32億円です。
差の4,800万円が、「とりあえず残す」の値段ですね。
定番品や、来シーズンの売り場の柱になる品ですね。
だから、残すなら理由と期限を書いてもらうといいでしょう。
期限が来たら、もう一度同じ比較をします。
経理は評価と見える化、物流は保管と数量を受け持ちます。
製造の子会社とEC・物流の子会社で、切下げのルールがばらばらです。
率を持っていない会社もあります。
グループで同じ物差しにしていくのがいいでしょう。
来期から、評価の方針と判断の手順、見える化の台帳をそろえます。
在庫の性質も売れ方も違いますからね。
率は各社の実績で決める、という手順のほうをそろえるといいでしょう。
違いを一覧にするだけでも、連結の説明がしやすくなりますね。
手順がそろえば、各社の数字を同じ目で読めるようになりますよ。
経営層に説明する側として ── 在庫責任を、PDCAで回す
昨年、評価損1.8億円を報告したら、「なぜ今になって」と言われました。
在庫は商品部の話で、評価損は経理の話になっていました。
何を判断してもらいますか。
四半期ごとに不動在庫と保有コストを報告し、持ち主の部署が「売り切る・廃棄・期限付きで残す」を決めます。
そこは経営会議で決めてもらいます。
処分を「失敗の後始末」と見る限り、誰も先に手を挙げませんよ。
それを言葉だけでなく、仕組みにできるかどうかですね。
早く見つけて判断した部署は、評価します。
そう決めておくと、数字が正直に出てきますよ。
計画の段階で、仕入と生産の計画に在庫の目標と処分の予算を入れます。
商品部と工場の目標に、在庫の回転と不動在庫の金額を入れてもらいたいんです。
ただ、回転だけを追わせると、在庫を絞りすぎて欠品が増えませんか。
売る機会を逃したら、商品部は納得しないと思います。
どちらか一つでは偏りますね。
一つの数字で評価しないようにします。
実際に処分や廃棄をした年に損金になります。
早く処分すれば、損金になる時期も早まります。
変えるには、事業年度の開始の日の前日までの承認申請が要りますからね。
決算は、驚く場ではなく確かめる場になりますよ。
経営課題売れ残りを期末の評価損で初めて知り、動かない在庫は「とりあえず残す」で積み上がる
- 評価減をバックテストで確かめ、管理に返す
- 不動在庫と保有コストを見える化し、早期処分と比べる
- 在庫の持ち主が処分を決め、PDCAで回す
- バックテスト
- 前期末に下げた在庫を「売れた・捨てた・残っている」に分けて追う
- 結果の差は、見積りの誤りか期末後の変化かを分けて記録
- 下げなかった在庫から出た損も拾う
- 毎年3月にまとめ、切下げ率・売価の見込みに返す。商品部と工場にも返す
- 不動在庫
- 最終出庫からの経過日数・品目・保管場所・仕入や生産を決めた部署で並べる(金額・量・場所)
- 在庫回転
- 平均在庫÷年間売上原価×365日を品目・部署ごとに。経過日数とは別の列で持つ
- 到達条件
- ①実地棚卸の差の原因
- ②評価の見積り
- ③バックテストと不動在庫の集計
- ④経営層への報告 → ④まで一人でできて「回せる」
- 保有コスト
- 保管料・棚卸と移動の人手・保険・資金コスト。在庫の金額には表れないので台帳で見せる
- 比べ方
- 「今処分した回収額」と「持ち続けた見込み(売却回収総額をバックテストの実績で補正)−保有コスト」。設例では差48百万円(追加の販売費用などは別途)
- 残すとき
- 理由・期限・責任者を付け、期限が来たらもう一度比べる
- 持ち主
- 処分の判断:仕入や生産を決めた部署(商品部・自社工場)
- 評価・見える化・バックテスト:経理
- 保管と数量:物流
- グループ
- 今期は違いの一覧。来期から方針・手順・台帳をそろえ、切下げ率は各社の実績で決める
- 処分のルール
- 四半期ごとに報告。持ち主が決め、金額が大きいもの・期限が来ても動かないものは経営会議
- PDCA
- 計画:在庫の目標と処分の予算
- 実行:四半期の処分
- 確認:バックテストと不動在庫の推移
- 見直し:発注の量・生産の計画・切下げ率
- 部署の目標
- 商品部と自社工場の目標に在庫の回転と不動在庫の金額を加え、欠品率と売上と並べて見る
- 考え方
- 評価損・処分は悪ではなく、財務を健全にする管理者の仕事
- 問うのは損ではなく先送り。早く見つけて判断した部署は評価する
- バックテストは責める材料ではなく、次の計画を直す材料
- 損益と税務
- 評価損は原則として売上原価(製造に関連するものは製造原価、臨時・多額のときだけ特別損失)
- 原価法では、著しい陳腐化などの事実がなければ処分・廃棄の年に損金
- 低価法への変更は事前の承認申請
実務のひな形 ── 評価減のバックテスト表・不動在庫・保有コスト台帳・経営層向け一枚(Excel・PowerPoint)
以下はすべて架空の会社の記入例です。Excelテンプレートでは記入例を残したまま配り、自社の状況に上書きして使います。
① 評価減のバックテスト表 ── 前期末の評価を、その後の実績で確かめる(単位:百万円・設例)
| 前期末の区分 | 前期末の帳簿価額 | 評価後(前期末) | その後の結果 | 実績(売却回収額+残存評価額) | 差(実績−評価後) | 結果の見方 | 次の見直し |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 季節商品(切下げあり) | 180 | 120 | 値下げ販売で全量売却 | 96 | −24 | 実績が評価を下回った(期末時点の情報で合理的だったか、その後の変化かを確認) | 売価の見込みを過去の実績の8割で置く |
| 滞留品 1年超(20%) | 150 | 120 | 一部売却・一部残存 | 132(売却回収額+残存の評価額) | +12 | おおむね妥当 | 率は据え置き |
| 滞留品 2年超(50%) | 60 | 30 | 大半を廃棄 | 6 | −24 | 実績が評価を下回った(廃棄の割合が想定より多い) | 2年超の率の引き上げを検討(50%→80%など) |
| 定番品(切下げなし) | 30 | 30 | 型落ちで廃棄 | 0 | −30 | 見積りに入っていなかった損(型落ちの予定を経理が知らなかった) | 型落ちの予定を商品部から四半期ごとに受け取る |
結果が違っても、前期の見積りが誤りだったとは限らない。期末時点で入手できた情報で合理的に見積もっていたかと、期末後の市況などの変化を分けて記録する。監査法人も、前期の見積りがその後どう確定したかを確かめる。会社としては、結果を切下げ率・売価の見込み・発注と生産の計画に返すために、毎年3月にまとめる。下げなかった在庫から出た損も必ず拾う。
② 不動在庫・保有コスト台帳 ── 量・場所・持ち主・保有コストを一つの表に(単位:百万円・設例)
| 区分 | 最終出庫からの経過日数 | 回転日数 | 帳簿価額(評価後) | 占有面積 | 年間の保有コスト | 持ち主(処分を決める部署) | 処分案 | 期限 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 商品(季節が終わったもの) | 約240日 | 約270日 | 300 | 倉庫の18% | 32(保管18・人手6・資金8) | 商品部 | 値下げ販売で売り切る(今処分なら280回収) | 第4四半期中 |
| 商品(定番・来季も販売) | 約30日 | 約120日 | 520 | 倉庫の22% | 35 | 商品部 | 期限付きで残す(理由:来季の売り場の柱) | 来季の第2四半期末に再比較 |
| 製品(作りすぎ) | 約400日 | 約420日 | 140 | 工場倉庫の30% | 15 | 自社工場 | 一部をEC限定で販売、残りは廃棄 | 第4四半期中 |
| 原材料(旧仕様) | 730日超 | 出庫なし(算定不能) | 40 | 工場倉庫の10% | 4 | 自社工場 | 廃棄(再利用の見込みなし) | 今期中 |
| 滞留品(回転期間ルールの対象) | 365日超〜1,095日超 | —(品目ごとに算定) | 63(切下げ後) | 倉庫の9% | 9 | 品目ごとに一つ(商品部か自社工場) | 持ち主が品目ごとに判断 | 四半期ごとに見直し |
| 処分予定品 | — | — | 1(処分見込価額) | 倉庫の2% | 2 | 商品部/自社工場(該当部署) | 処分は持ち主が決定済み。物流が処分業者への引渡しを実施 | 今月中 |
回転日数=平均在庫金額÷年間売上原価×365日(在庫の厚み。設例の会社全体では約110日)。最終出庫からの経過日数=基準日−最後に出庫した日(動きの止まり具合)。二つは別の指標なので両方の列を持ち、回転日数が長い品目と経過日数が365日を超える品目を別々に抜き出す。保有コスト=保管料(占有面積×坪単価)+棚卸・移動の人手+保険+資金コスト(帳簿価額×社内の資本コスト率)。購入後の保管の費用は、ふつうは在庫の原価に入らず期間の費用になるため、帳簿の在庫金額には表れない。率・単価は設例。
③ 経営層向け一枚 ── 在庫責任をPDCAで回す
| ブロック | 載せること | 判断してもらうこと |
|---|---|---|
| 1 課題 | 昨年度は期末に評価損1.8億円を決算の直前に報告。前期の評価減の結果は確かめておらず、動かない在庫の量・場所・持ち主が見えない | 課題の共有 |
| 2 処分の判断のルール | 四半期ごとに不動在庫と保有コストを報告し、持ち主の部署が「売り切る・廃棄・期限付きで残す」を決める。金額が大きいものと、期限が来ても動かないものは経営会議で決める | ルールの承認 |
| 3 保有か早期処分か | 残すときは理由・期限・責任者を付け、「今処分した回収額」と「持ち続けた場合の見込み−保有コスト」を比べる(下の比較欄) | 比べ方の了承 |
| 4 PDCA | 計画:仕入・生産の計画に在庫の目標と処分の予算/実行:四半期の処分/確認:バックテストと不動在庫の推移/見直し:発注の量・生産の計画・切下げ率 | 仕組みの承認 |
| 5 部署の目標と考え方 | 商品部と自社工場の目標に、在庫の回転と不動在庫の金額を加え、欠品率と売上と並べて見る。評価損・処分は財務を健全にする管理者の仕事と位置づけ、問うのは先送り。早く判断した部署は評価する | 目標と考え方の決定 |
| 6 グループの方針 | 子会社の在庫の評価の方針を、今期は違いの一覧にし、来期から評価の方針・判断の手順・見える化の台帳をそろえる。切下げ率は各社の在庫の性質と実績で決める | 整備の方針の了承 |
| 7 損益と税務への出方 | 評価損は原則として売上原価(製造に関連して避けられないものは製造原価、臨時の事象で多額のときだけ特別損失)。税務は原価法で、著しい陳腐化などの事実がなければ処分・廃棄の年に損金。低価法への変更は事業年度の開始の日の前日までに承認申請 | 説明の了承 |
比較欄 ── 季節が終わった商品を、今処分するか、1年持ち続けるか(単位:百万円・設例)
| 比較項目 | 今処分する | 1年持ち続ける |
|---|---|---|
| 売れる見込み | 280(処分セールで一括) | 330(商品部の見込み)→ バックテストの実績8割で 264 |
| 1年分の保有コスト | 0 | ▲32(保管18・人手6・資金8) |
| 手元に残る額 | 280 | 232(さらに値下がり・型落ちの危険) |
| 差 | — | ▲48=「とりあえず残す」の値段 |
比較欄は、バックテストに基づき売却回収総額を8割に補正し、販売手数料・追加値下げ・処分費用などの追加差額はないものとした試算。数字はすべて設例。基準は具体的な切下げ率を定めておらず、会社が収益性の低下を反映するよう決めて継続して適用する。保有コストの率や単価は社内で決める管理上の数字。低価法への変更は、今の方法を採用して3年を経過していなければ原則として承認されない。
今日のふりかえり
自部門は「評価減をバックテストで確かめ、動かない在庫を見える化する」。
全社は「残す値段を見せて、在庫の持ち主を決める」。
経営層の視点は、どうなりますか。
処分を責めない仕組みがあれば数字が早く上がり、評価損は少しずつ小さくなっていくでしょう。
一次情報・ラボ・前後の回
一次情報
- 企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」(企業会計基準委員会。2006年7月5日公表、2019年7月4日最終改正、2025年10月16日までの修正を反映)。正味売却価額(第5・7・8項)、滞留品の処分見込価額と規則的な切下げ(第9項)、表示と注記(第17・18項)。
- 法人税法(第29条・第33条)、法人税法施行令(第28条〜第31条・第68条)、法人税基本通達 第5章第2節 第2款(5-2-11)・第3款(5-2-13)、第9章第1節第2款(9-1-4〜9-1-6)。
- 日本公認会計士協会 監査基準報告書540「会計上の見積りの監査」(前年度の会計上の見積りの確定額を検討する手続を含む)。
