封筒監査法人から届いた調査票
2026年9月末。中間決算の期末を迎える週だった。監査法人から届いたのは、レビューの日程だけではなかった。
部長が、A3の紙を3枚持ってハルカの席に来た。
「新リース会計基準の適用準備状況の確認」だって。
その根拠……。
全部、契約単位なんですね。
期限は11月中旬。
一覧の続きと一緒に、埋められるところだけ埋めてほしい。
判断基準書は金曜に書き上げたから、まずそれで当ててみて。
識別、期間、短期・少額、割引率。
1 目的と適用範囲
2 リースの識別(契約にリースが含まれるか)
3 リース料と、リースを構成しない部分
4 リース期間(延長・解約オプションの評価)
5 短期リース・少額リースの簡便的な取扱い
6 割引率
7 当初測定と事後の会計処理
8 適用初年度の取扱い(経過措置)
9 体制と記録
読んでみて、どうだった?
設例でやったことと、ほとんど同じなので。
……当ててみると、また違って見えるかもしれない。
迷ったら持ってきて。
読んで分かることと、当ててみて分かることは、違った。ハルカがそれを知るのは、二日後だった。
三つの契約判断基準書に書いていない契約
一覧の40件目まで、基準書は効いた。普通借家の店舗は、契約期間と更新条項、出店計画と造作の有無を確かめれば、リース期間が置けた。
41件目、郊外のモール店。
賃料が売上に連動していて、固定の最低賃料がない。
……基準書のどこに当てればいいんだろう。
「変動リース料」の項目はある。
でも、最低賃料がないときにリース料をどう見るかは、
書いていない。
賃料改定条項等により、指数又はレートに応じて変動するリース料は、リース開始日の指数又はレートを用いて算定し、リース料に含める。
指数又はレートの変動により今後支払う借手のリース料が変動したときに、リース負債を再測定する。
次は倉庫。
契約は1年で、解約の申し出がなければ自動更新。
会社は5年使っている。
期間って、どこで切るの?
解約不能期間に、行使することが合理的に確実な延長オプションの期間と、行使しないことが合理的に確実な解約オプションの期間を加えて、リース期間とする。
判断にあたっては、次の要因を総合的に考慮する。
① オプション期間の賃料など契約条件
② 重要な造作(建物附属設備)の有無
③ 事業上の重要性、代わりの物件の見つけやすさ
④ 出店計画と閉店の可能性(店舗開発部の資料で確認する)
三つ目は本社の3フロア。
専有部分の賃料と共用部の管理費が、
一つの契約に入っている。
分けるとは書いてある。
分け方は書いていない。
一つの契約に、リースを構成しない部分(共用部分の管理費、清掃・警備などのサービス等)が含まれる場合は、これを区分して会計処理する。
調査票の根拠の欄を見て、ハルカはペンを置いた。
空欄でいい、と言われた。
でも、空欄を3つ並べて渡したら、
「まだ分かっていません」と言うのと同じだ。
設例ではできた。
戦略店舗の10年も、普通借家の5年も、自分で置いた。
なのに、本物の契約書はどの設例にも当てはまらない。
……空欄のかわりに、書けることを書こう。
仮の判断。
そう考えた理由。
迷っている点。
ノートを開いて、3件それぞれに三行ずつ書き始めた。そのうち2件は、契約書の外の情報がないと書けなかった。
店舗開発部契約書の外にある情報
店舗開発部は、同じフロアの反対側にある。「新リースの契約収集は、店舗開発部も協力するように」という社長の一言は、先週出ていた。
郊外モール店の、
過去3年の売上と賃料の実績をいただけますか。
……出しますけど、これ、経理に言う必要あるんですか。
賃料は毎月払ってるのに。
期間をどう見るかで、載せる金額も変わって。
会計では「実際に使い続けそうな期間」を見るんです。
倉庫は、5年先も使う予定ですか。
ハルカは、もう一度説明しようとして、口を閉じた。自分には要る情報だと分かっている。でも、相手が要らないと思う理由も、少し分かる気がした。
理由は正しい。それでも、頼まれた側の温度は、社長の一言では変わらなかった。
また伺うかもしれません。
賃貸借契約とは別に、
造作の覚書が何件かありますよ。
本部には出してないやつ。
要ります?
そう言うまでに、一瞬かかった。基準書にも、一覧にも、調査票にも、覚書の欄はなかった。
部長の席空欄ではなく、仮の判断を
3件、基準書で当てられなかったものがあります。
ありがとう。
迷っている点を書いてきました。
間違っているかもしれませんが。
部長はノートを受け取って、しばらく黙って読んだ。ページをめくる音だけがした。
その部分は原則としてリース負債の計算に入れない。
契約がリースであることは変わらないけれどね。
契約をもう一度確かめよう。
この扱いは基準書に足すべきだった。
方向はハルカさんの仮判断でいいよ。
分けられない分は……合理的に配分、と書きました。
まず、管理費が何の対価なのかを確かめよう。
分けるなら、それぞれの独立価格をどう見積もったか、
その根拠を聞かれる。
ただ、それは資産の種類ごとに会社として決めることだから、
基準書に書いておこう。
ハルカの手が、ノートの端で止まった。
期間を決めるのは、
これから解約する可能性がどれだけあるかなんだ。
倉庫は来年、物流子会社に集約する話が出ている。
経営会議の話で、まだ部の外には出ていない。
だから、ハルカさんの判断が間違っていたんじゃない。
判断に要る情報が、ハルカさんの手元になかった。
「出店計画と閉店の可能性を確認する」とは書いてあります。
でも、どこで確認するのかは……
判断にあたっては、次の要因を総合的に考慮する。
④ 出店計画と閉店の可能性(店舗開発部の資料で確認する)
それが基準書の穴だね。
経営会議の情報を、誰がどのタイミングで経理に渡すか。
仕組みがない。
これは私の宿題だ。
造作の覚書が何件かあると言われました。
本部に出していないものです。
部長は調査票の3枚目を見た。「契約の網羅性をどのように確認したか」という欄が、まだ空いていた。
覚書は全店舗分を店舗開発部に出してもらおう。
私から頼む。
ハルカさんが行ってくれたから、分かったことだ。
それでも行ってくれて、ありがとう。
次は私も一緒に行くよ。
ハルカが席に戻ろうとしたとき、情報システムから、先日の20件の件で回答が届いた。
個人の無料アカウントで、入力が学習に使われる設定だった。
件数は、ハルカさんの申告と利用履歴を照らして20件。
ただ、送った情報が向こうでどう扱われるかは、
それだけでは分からない。
経緯を記録して、情報システムと対応を続ける。
来週の部会で決める。
決めていなかったのは、私の方だから。
事前相談決めることと、聞くこと
その夜、部長は調査票の最後の欄を見ていた。「会計方針について、監査法人と事前に協議した事項」。
例外が3件。基準書の穴が2つ。覚書が何件あるかは、まだ分からない。12月中旬の正式な協議まで待てば、全部が「未確認」のまま監査法人に渡る。
部長は、監査法人の主査あてに、論点整理のための事前相談を申し込むメールを書き始めた。何を決めて、何を聞くのか。それはまだ、書けていない。
この話の、二人の反省と学び
判断基準書(第1版)全文大野部長が10日で書いたもの
この物語の会社(架空)で、大野部長が10日で書き上げた判断基準書の第1版です。第2話でハルカが当てはめて見つけた穴は、あえてそのまま残し、最後に「第2版への追記事項」としてまとめています。ページ番号は原本(A4・全12ページ)のページです。実在の会社の文書ではありません。自社で作るときは、自社の契約と監査人との協議にもとづいて作成してください。
判断基準書 新リース会計基準の適用にあたっての当社の判断(第1版)
2 リースの識別(契約にリースが含まれるか)
3 リース料と、リースを構成しない部分
4 リース期間(延長・解約オプションの評価)
5 短期リース・少額リースの簡便的な取扱い
6 割引率
7 当初測定と事後の会計処理
8 適用初年度の取扱い(経過措置)
9 体制と記録
1 目的と適用範囲p.1
本書は、企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第33号「リースに関する会計基準の適用指針」(以下「基準等」)を当社に当てはめるにあたり、判断が必要な事項について当社の考え方と手順を定める。
当社は2028年3月期の期首(2027年4月1日)から基準等を適用する。本書は当社及び連結子会社3社の、借手としてのリースに適用する。
本書に定めのない事項は基準等による。判断に迷う事項は経理財務部長に相談し、必要に応じて監査法人と事前に協議する。
2 リースの識別(契約にリースが含まれるか)p.2
契約が、特定された資産の使用を支配する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する場合、その契約はリースを含む。名称が「賃貸借契約」「業務委託契約」「覚書」等のいずれであるかは問わない。
次の順で判定し、判定結果と根拠を契約一覧に記録する。
- ① 資産が特定されているか(契約書の物件・区画・号機の記載。貸手が実質的な入替権を持つ場合は特定されていない)
- ② 当社が使用期間全体を通じて、その資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を持つか
- ③ 当社がその資産の使用方法を指図する権利を持つか(営業時間・用途・レイアウトを当社が決められるか)
店舗・倉庫・事務所の不動産賃貸借契約は、原則としてリースを含むものとして扱う。物流委託、システム利用、複合機の保守付き契約は、上記①〜③で個別に判定する。
3 リース料と、リースを構成しない部分p.4
3-1 リース料に含めるもの
- ① 固定リース料(リース・インセンティブを受け取る場合は控除する)
- ② 指数又はレートに応じて決まる変動リース料(3-4による)
- ③ 残価保証に係る支払見込額
- ④ 行使することが合理的に確実な購入オプションの行使価額
- ⑤ リース期間が解約オプションの行使を反映している場合の解約損害金
差入敷金・保証金のうち返還されるものはリース料に含めず、従来どおり資産として扱う。
3-2 リースを構成する部分と構成しない部分
一つの契約に、リースを構成しない部分(共用部分の管理費、清掃・警備などのサービス等)が含まれる場合は、これを区分して会計処理する。
3-3 借手のリース料の確認
契約一覧には、月額の固定賃料、改定条項の有無、変動部分の有無、管理費・共益費の内訳を記載する。契約書で確認できない事項は、店舗開発部又は総務部に確認し、確認先と日付を記録する。
3-4 変動リース料
賃料改定条項等により、指数又はレートに応じて変動するリース料は、リース開始日の指数又はレートを用いて算定し、リース料に含める。
指数又はレートの変動により今後支払う借手のリース料が変動したときに、変動後の借手のリース料にもとづいてリース負債を再測定する(将来の指数又はレートを見積る取扱いは採用しない)。
4 リース期間(延長・解約オプションの評価)p.6
4-1 基本的な考え方
リース期間は、契約上の解約不能期間を出発点に、延長・解約のオプションを評価して決める。契約書に書かれた期間をそのまま使うのではなく、当社が実際にどれだけの期間使うことが「合理的に確実」かで判断する。
4-2 延長オプション・解約オプション
解約不能期間に、行使することが合理的に確実な延長オプションの期間と、行使しないことが合理的に確実な解約オプションの期間を加えて、リース期間とする。
判断にあたっては、次の要因を総合的に考慮する。
- ① オプション期間の賃料など契約条件
- ② 重要な造作(建物附属設備)の有無
- ③ 事業上の重要性、代わりの物件の見つけやすさ
- ④ 出店計画と閉店の可能性(店舗開発部の資料で確認する)
4-3 普通借家契約
普通借家契約は、当社が更新を望めば継続できることが多い。契約期間と更新条項に加え、4-2の要因、とくに造作の投資額と残存耐用年数、出店計画上の位置づけから、更新後の期間を含めるかを店舗ごとに判断する。過去の使用実績は判断材料の一つにとどめ、将来の使用の見込みで判断する。
4-4 見直し
当社がコントロールできる重要な事象(大規模な改装、移転・閉店の決定等)が生じ、合理的に確実かどうかの判断が変わった場合は、リース期間を見直し、リース負債を再測定する。
5 短期リース・少額リースの簡便的な取扱いp.8
次のリースは、使用権資産とリース負債を計上せず、借手のリース料を費用として処理する。
- ① 短期リース:リース期間が12か月以内で、購入オプションを含まないもの(原資産の種類ごとに適用する)
- ② 少額リース:(a) 当社の減価償却資産の費用処理基準額(10万円)以下のもの、又は (b) 企業の事業内容に照らして重要性が乏しく、リース契約ごとの金額が300万円以下のもの。(b) の判定に用いる金額は、原則として借手のリース期間に係る借手のリース料とする
①②は、基準等で認められた簡便的な取扱いのうち当社が選択した方法である。②(b) は、基準等が認める方法のうち、リース契約ごとの金額による方法を選択したものである(他社では別の方法を選ぶこともある)。選択した方法は首尾一貫して適用する。
簡便的な取扱いを適用した契約も契約一覧に残し、適用した理由を記載する。
6 割引率p.9
貸手の計算利子率を知り得る場合はそれを用い、知り得ない場合は、当社の追加借入に適用されると合理的に見積られる利率を用いる。
追加借入利子率は、リース期間に応じた期間別の利率表(主要取引銀行の借入条件をもとに財務担当が作成)から選ぶ。利率表は半期ごとに更新し、新規契約等の測定に用いる(計上済みのリース負債の割引率を半期ごとに変えるものではない)。
7 当初測定と事後の会計処理p.10
リース負債は、リース開始日において未払の借手のリース料を6の割引率で割り引いた現在価値で測定する。
使用権資産は、リース負債の額に、前払リース料、付随費用及び資産除去債務に対応する除去費用を加え、受け取ったリース・インセンティブを控除した額で測定する。
使用権資産は、所有権が当社に移転すると認められるリースは自社所有の同種資産と同じ方法で、それ以外はリース期間を耐用年数とし残存価額をゼロとして定額法で償却する。リース負債は利息法で利息費用を配分する。
8 適用初年度の取扱い(経過措置)p.11
適用初年度の期首に、基準等を適用した累積的影響額を利益剰余金に加減する方法を採用する予定である。採用する経過措置と実務上の便法は、監査法人との協議を経て確定する。
9 体制と記録p.12
- ① 契約一覧(リース台帳)は経理財務部が管理し、店舗開発部・総務部・物流子会社から契約の提出を受ける
- ② 判断の記録は、契約ごとに「判断・理由・確認先・日付・判断の状態(確定・仮・要相談)」を残す
- ③ 本書は年1回及び基準等の改正時に見直し、部会で承認する
指数又はレートに応じて決まるもの以外の変動リース料(売上・使用量に連動する賃料)は、原則としてリース料に含めず、発生時の費用とする。ただし、形式上は変動でも実質的に固定されている支払は固定リース料として含める。最低賃料がある契約は、その部分をリース料に含める。
区分する場合は、リース部分とそれ以外の部分の独立価格の比率で対価を配分する(独立価格が観察できない部分は見積る)。管理費・共益費は、まず何の対価なのかを確かめる。区分しない方針を選ぶかどうかは、原資産の種類ごとに決めて本書に書く。
1年ごとの自動更新契約(解約通知6か月前)について、当社と貸主のどちらが解約できるか、解約したときの不利益はどの程度かを契約書で確かめたうえで、解約不能期間と、評価の対象とする更新後の期間をどう捉えるかの手順を書く。
出店・退店・拠点の集約など、経営会議で検討中の情報を、誰がいつ経理財務部に伝えるかを定める(例:経理財務部長が四半期ごとに確認し、判断に反映する)。
本部に提出されていない造作の覚書・付帯契約を含め、各部署に契約の網羅的な提出を依頼し、提出漏れがないことの確認を取る。80件の調査範囲を再確認する。
第2版は、監査法人との事前協議で論点を確認したうえで、社内承認を経て確定させる予定です。
この話に出てきた知識・前後の話
- 変動リース料(売上連動・最低賃料なし) ── ハルカの学習ノート ── 設例・特殊なリース料編
- リース期間を「合理的に確実」で判断する ── ハルカの学習ノート ── 設例・リース期間編
- リース以外の構成部分の分け方・契約の識別 ── リースかどうか5問で判定(判定ツール)
- 判断基準書(会計方針の文書化) ── 会計方針書ジェネレーターβ
- 7工程の対応計画・役割分担・監査法人との協議の持ち方 ── リース会計ラボ【部長編①】新リース対応の導入計画と役割分担(近日公開)
前の話:第1話|80件の契約書は、誰が読むのか / 次の話:第3話|決めたことと、聞くこと / 記録ページ(年表・会社のいま・話数一覧) / ハルカの学習ノート(リース会計ラボの章)
この物語は、上場企業の経理財務部の実務をモデルにしたフィクションです。登場する会社・人物・団体は架空のもので、特定の監査法人・企業・製品の手続や見解を描くものではありません。会計・税務の記述は公認会計士・税理士が監修しています。製品名・サービス名は本文に出てきません。
