十四の質問事前相談メールの下書き
2026年10月上旬。
中間決算の締めが始まり、部の机に試算表が並び始めた週だった。
部長の画面には、先週書き始めたメールが、まだ下書きのまま残っていた。
夜7時。ハルカが、店舗開発部から届いた覚書の束を持って、部長の席に来た。
12店分でした。
残りは「現場に聞かないと分からない」そうです。
12店分か……。
全店で何件あるのかも、まだ分からないんだね。
……部長、それ、監査法人へのメールですか。
事前相談の申込みだよ。
週末をはさんで、書いては消している。
画面には、質問が縦に並んでいた。数えると、14あった。
1 適用時期は、2028年3月期の期首からでよいか
2 経過措置は、どちらの方法を選ぶべきか
3 少額リースの金額基準は、300万円でよいか
4 割引率の決め方は、これでよいか
5 売上に連動する賃料は、どう扱うべきか
6 本社の管理費は、区分すべきか
7 倉庫のリース期間は、何年とすべきか
……(全14項目)
……そう思って書いたんだけどね。
それは、部長が基準書で決めたことでは。
決めたはずのことまで、「これでいいですか」と聞いている。
監査法人に預けようとしているメールに見えるんだ。
聞いておいた方が、安全な気もします。
ただ、それで外れたとき、誰が決めたことになるんだろう。
部長は下書きを保存して、画面を閉じた。送信ボタンには、今夜も触れなかった。
ハルカさんは、
覚書の12店分を一覧に足しておいてくれるかな。
学習室監査法人は、会社の代わりに決められない
中間決算の締めが始まったところでしょう。
今日は、監査法人への事前相談のことで伺いました。
質問が14項目になってしまって。
……一つ伺ってもいいですか。
会社が選べること、
会社が見積もって判断すること。
それぞれ、どれでしょう。
部長はペンを取り、項目の横に印を付け始めた。基、選、判。迷う印が、三つ残った。
監査法人に聞いても答えは同じです。
まず基準を確認すれば足ります。
監査法人が会社の代わりに決めることはできません。
決めるのは会社です。
分かっていたつもりでした。
事前相談は、決めた考え方と根拠を見てもらって、
材料に足りないものがないかを確かめる場になることが多いですね。
「御社はどうお考えですか」と返されて、
そこで止まる会社もあります。
では、決めきれないものはどうしますか。
1年ごとの自動更新の倉庫です。
私も今ここで簡単には判断できません。
解約したときの不利益はどの程度か。
それに、倉庫を集約するかどうかが、
まだ決まっていませんよね。
私が結論を言うのは違うと思います。
でも、ハルカさんに渡していなかった。
基準書にも、情報の経路を書きませんでした。
一つ伺います。
もし集約が決まったら、動くのはリース期間だけでしょうか。
倉庫の造作は、使う期間が短くなれば耐用年数を見直します。
原状回復が早まれば、資産除去債務の見積りも変わる。
減損の兆候も見ないといけませんね。
倉庫を物流子会社に使わせる形なら、親会社では転貸、
サブリースの検討も出てきます。
連結と単体で、見え方が変わりますね。
では、倉庫は「未決」として持っていきますか。
いつまでにを書いておくといいですね。
未決と、預けることは違いますから。
どこで手が止まるかも一度考えてみてください。
まだ経営会議の中の話です。
誰に断ってから出すかも、決めないといけない。
帰りの電車で、部長は14の項目を三つの箱に分け直した。基準の定め、当社の選択、当社の判断。
一緒に行く店舗開発部と、覚書の続き
二日後。部長は約束どおり、ハルカと二人で店舗開発部の島へ行った。
覚書の件で、お願いに来ました。
12店分は出しましたよね。
助かりました。
残りの店舗に、覚書がいくつあるかを知りたいんです。
開店のときに、現場と大家さんで交わしたものもあるので。
全店に聞くことになるので。
担当の言うことは、もっともだった。部長は、すぐには次の言葉を出さなかった。
今月末までに、造作の大きい店から20店。
分かる範囲でお願いできますか。
ただ、残りはいつになるか約束できません。
……ところで、契約書の原本は、どこで保管されていますか。
総務には写しを回しているはずですけど、全部かどうかは。
会社として、決まっていないんですね。
でも、更新の交渉はうちがやるので、
手元にないと困るんです。
どちらの言い分にも、理由があった。部長は、その場で答えを出さなかった。
原本の置き場所と覚書の残りは、
私から総務部長と店舗開発部長に相談します。
出した12店分に、郊外モール店の覚書がありましたよね。
あれ、最低保証が書いてあるはずです。
賃貸借契約の方には、売上連動としか書いていませんでした。
大家さんの条件で。
ハルカは、ノートの「仮:負債に載せない」の行に、小さく線を引いた。
その分はリース料に入る。
仮判断が一つ動いたね。
三つの箱論点整理表と、ハルカの異論
事前相談のメモ、見てもらえるかな。
聞くことは5つに減ったんだ。
期日:12月中旬
伺いたいこと:5項目
決めたことには、理由が書いてありますね。
聞くのは、考え方が分かれそうなところと、
材料が足りているかどうかだけにした。
契約の解約条件と、集約の結論。
この二つがそろったら、12月中旬までに決める。
倉庫の集約の話、私は知っていたのに、渡していなかった。
あれは私の判断の誤りだよ。
経営企画から一報をもらうことにした。
「全部は見せられない」とは言われたけどね。
契約の原本がどこにあるか決まっていないなら、
来年も同じことになりませんか。
今の台帳は、Excelと、私たちの記憶だ。
網羅的です、とは言えないね。
そこからリースの台帳に流れてくれば、
覚書も漏れにくいですよね。
第1話で、
Excelかシステムかは要件を書いてから相談すると先生に言ったけど、
順番が見えてきた。
次に、それがリースの台帳と計算にどうつながるか。
Excelかシステムかは、その後だ。
人が足りないと言われるだろうね。
社長に一枚で出す話になると思う。
内訳が取れないし、本社の1件なら、
分けずに全部リースとしても影響は小さいと思ってね。
資産の種類ごとに選びますよね。
建物で選ぶと、店舗の共益費も全部、リース負債に入ります。
部長の手が止まった。指が、表の「本社3F」の行と「店舗」の行を行き来した。
本社の1件だけを見て決めていた。
ありがとう。
ここは、私が早く決めすぎた。
そのかわり、店舗の共益費の内訳を集める仕事が増える。
店舗開発部に、もう一度行くことになりますね。
部会AIの利用ルールを決める
当面のルールを決めます。
この四つは、外部のAIサービスに入れない。
情報システムが設定と契約条件を確認したサービスだけ。
今の時点では、まだ一つもない。
部員の一人が、小さく手を挙げた。「それだと、契約書の読み取りは全部手作業ですか。年内に終わりますか」
かわりに、読み取りを二人増やして、
私が抜き取りで確認する。
それでも、何を入れたか説明できない便利さより、
説明できる遅さを選びたい。
20件を入れたのは、私だ。
あの夜の便利さが、今、部の全員の手間になっている。
サービスの確認が済んだら、3か月後に見直します。
見直す、と最初に言ってくれた。
それだけで、少し顔を上げられた。
一報送ったメールと、最初に流れてきた話
部会のあと、部長は事前相談のメモを添えて、メールを送った。
聞くことは5つ。
決めたことは、理由と一緒に書いた。
返信は、その日の夕方に来た。
当日は、御社のご判断と根拠をご説明ください。
未決の事項は、判断の時期と判断材料を伺います。
退社の少し前。
経営企画から、初めての一報が届いた。
部長の机には、書きかけの紙がもう一枚あった。
総務部長には、まだ話していない。
経路は、できた。
最初に流れてきたのは、当てはめたばかりの店舗のリース期間を揺らす話だった。
- 倉庫のリース期間 ── 未決(12月中旬までに判断)
- 郊外の二店舗 ── 閉店を含めて検討開始
- 契約の管理をどこに置くか ── 総務部長とは未調整
- 覚書の残り ── 20店分は10月末、その先は未定
- 事前相談 ── 10月下旬
この話の、二人の反省と学び
事前相談メモ(論点整理表)第1版 全文大野部長が監査法人に送ったもの
この物語の会社(架空)で、大野部長が監査法人への事前相談の前に送ったメモの第1版です。最初の下書き(第0版)は質問を14項目並べたものでしたが、論点を「基準の定め/当社の選択/当社の判断」に分け、決めた事項は結論と根拠を書き、伺う事項を5つに絞りました。実在の会社・監査法人の文書ではありません。自社で作るときは、自社の契約と監査人との協議にもとづいて作成してください。
新リース会計基準の適用に関する事前相談メモ(論点整理表)(第1版)
1 この相談の目的
当社は、企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第33号「リースに関する会計基準の適用指針」(以下「基準等」)を、2028年3月期の期首(2027年4月1日)から適用する予定である。
10月下旬に予定している事前相談に向けて、当社がすでに決めた事項についてはその考え方と根拠をご説明し、判断の材料に不足がないかについてご意見を伺いたい。未決の事項は、12月中旬を目途に判断する。
会計処理の選択と判断は当社が行う。未決の事項は、判断に必要な材料と判断の時期をお示しする。
2 当社の現状(2026年10月上旬)
- ① 判断基準書:第1版を作成済み(部会の承認前)。契約への当てはめで、第2版への追記事項5件を把握している
- ② 契約一覧:把握済みの賃貸借契約80件の当てはめを継続中。本部に提出されていなかった造作等の覚書を回収中(12店分を受領。造作の大きい20店分を10月末までに受領予定。残りの店舗は時期未定)
- ③ 適用準備状況の調査票:11月中旬までに回答予定
3 論点整理表
「区分」は、基準の定め(基準等が処理を定めており、当社に選択の余地がないもの)/当社の選択(基準等が認める方法から当社が選ぶもの)/当社の判断(見積りや事実の評価にもとづき当社が判断するもの)の三つで示す。
- 当社の結論
- 2028年3月期の期首から適用する(早期適用はしない)
- 根拠・判断材料
- 契約の収集と台帳の整備に要する期間
- 伺いたいこと
- なし(ご報告)
- 当社の結論
- 適用初年度の期首に累積的影響額を利益剰余金に加減する方法を採る
- 根拠・判断材料
- 過去の契約条件を遡って入手できない契約があること。比較情報を作り直す負担
- 伺いたいこと
- 経過措置の実務上の便法のうち、当社が使う予定のもの(当日一覧をお持ちします)について、適用にあたって留意すべき点
- 当社の結論
- 短期リース(12か月以内・購入オプションなし)は原資産の種類ごとに簡便的な取扱いを適用する。少額リースは、①当社の減価償却資産の費用処理基準額(10万円)以下のもの、又は②企業の事業内容に照らして重要性が乏しく、リース契約ごとの金額が300万円以下のものについて、所定の要件を満たす場合に簡便的な取扱いを適用する。②は、適用指針が認める方法のうち、リース契約ごとの金額による方法を当社が選択したもの。300万円の判定に用いる金額は、原則として借手のリース期間に係る借手のリース料とする
- 根拠・判断材料
- 対象契約の件数と金額の集計(当日お持ちします)
- 伺いたいこと
- なし(ご説明のみ)
- 当社の結論
- 貸手の計算利子率を知り得ない場合は、追加借入利子率を用いる。新規契約等の測定に使う期間別の利率表を財務担当が作成し、半期ごとに更新する(計上済みのリース負債の割引率を半期ごとに変えるものではない)
- 根拠・判断材料
- 主要取引銀行の借入条件
- 伺いたいこと
- なし(ご説明のみ)
- 当社の結論
- 指数又はレートに応じて決まるもの以外の変動リース料は、リース料に含めない。ただし、最低保証など実質的に固定されている支払は含める
- 根拠・判断材料
- 郊外モール店:造作の覚書で最低保証を確認。賃貸借契約書には記載がなかった。他の店舗は覚書の回収を待って確認する
- 伺いたいこと
- なし(覚書の回収状況をご報告)
- 当社の結論
- 建物(店舗・事務所・倉庫)は、リースを構成する部分と構成しない部分を区分する(区分しない方法は採らない)。区分は独立価格の比率で配分する
- 根拠・判断材料
- 区分しない方法は原資産の種類ごとの選択で、選ぶと店舗の共益費等もリース負債に含まれ、影響が大きい。契約書に内訳がない契約は、貸主への照会又は見積りで配分する
- 伺いたいこと
- 独立価格が観察できない管理費・共益費の見積り方法(当社案:貸主への照会、それができない場合は類似物件の管理費水準)が合理的か
- 当社の結論
- 未決
- 根拠・判断材料
- ①契約上、当社と貸主のそれぞれが解約できる条件と、解約したときの不利益の程度 ②拠点集約の検討の結論(経営会議・12月上旬予定)。集約が決まった場合は、リース期間の見直しに加え、造作の耐用年数、資産除去債務の見積り、減損の兆候、物流子会社に使わせる場合の転貸(サブリース)を併せて検討する
- 伺いたいこと
- 当社と貸主の双方が解約できる自動更新契約について、解約不能期間と評価の対象とする更新期間の捉え方に関する当社の考え方(当日ご説明)に、不足している観点がないか
- 当社の結論
- 賃貸借契約と一体のものとして検討する方針
- 根拠・判断材料
- 覚書の回収(12店分受領・20店分を10月末までに受領予定)
- 伺いたいこと
- 賃貸借契約と別に締結された覚書について、一体として検討すべきかを判断する際の着眼点
- 当社の結論
- 各部署(店舗開発部・総務部・物流子会社)から契約と覚書の提出を受け、提出漏れがない旨の確認を書面で受ける
- 根拠・判断材料
- 覚書が本部に提出されていなかった経緯。契約の原本は店舗開発部、写しは総務部が保管しており、会社として契約を管理する部署が定まっていない(一元管理の要否を社内で検討中)
- 伺いたいこと
- 上記の手続が、契約の網羅性の確認として十分か
4 判断の前提とした社内の手続
- ① 判断基準書は経理財務部長が作成し、部会で承認する(第1版は承認前)
- ② 契約ごとの判断は担当者が当てはめ、経理財務部長が例外と通常案件の抜き取りを確認する
- ③ 経営会議の検討事項の連絡経路(2026年10月から運用):拠点の出店・閉店・集約が経営会議の議題になった場合、経営企画から経理財務部長へ一報する。経理財務部長は、リース期間等の判断に影響するかを確認し、判断の記録に残す
- ④ 契約書の読み取りに外部のAIサービスは使用しない(2026年10月の部会で決定。3か月後に見直す)
- ⑤ 契約の管理(未決):契約を管理する部署、原本の保管場所、契約管理からリース台帳への連携の方法を社内で検討中。リース台帳をExcelで運用するか専用のシステムにするかは、その後に決める
5 当日お持ちする資料
- ① 判断基準書(第1版)と、第2版への追記事項
- ② 契約一覧(80件)と、受領済みの覚書の一覧
- ③ 短期リース・少額リースの対象契約の集計
- ④ 期間別の利率表(割引率)
- ⑤ 倉庫の賃貸借契約書(写し)と、No.7 の当社の考え方
6 今後のスケジュール
- 10月下旬 事前相談(本メモ)
- 11月中旬 調査票の回答
- 12月上旬 拠点集約の検討結果(経営会議)
- 12月中旬 未決事項の判断・協議
- 12月 影響額の試算と取締役会への報告
この話に出てきた知識・前後の話
- リースを構成しない部分の区分と、「区分しない」選択(資産の種類ごと) ── ハルカの学習ノート ── 設例・識別編
- 売上連動賃料と、実質的に固定の支払(最低保証) ── ハルカの学習ノート ── 設例・特殊なリース料編
- 自動更新の契約とリース期間・見直し ── ハルカの学習ノート ── 設例・リース期間編
- 拠点の集約・閉店で動く論点(リース期間の見直し・再測定) ── ハルカの学習ノート ── 設例・契約変更・見直し編
- 子会社に使わせるとき(サブリース) ── ハルカの学習ノート ── 設例・サブリース・経過措置編
- 論点整理書・ポジションペーパー(会計方針の文書化) ── 会計方針書ジェネレーターβ
- 監査法人との協議の持ち方・対応計画と役割分担 ── リース会計ラボ【部長編①】新リース対応の導入計画と役割分担(近日公開)
前の話:第2話|調査票の空欄 / 次の話:第4話(10月12日)|閉じた場合と、続けた場合 / 記録ページ(年表・会社のいま・話数一覧) / ハルカの学習ノート(リース会計ラボの章)
この物語は、上場企業の経理財務部の実務をモデルにしたフィクションです。登場する会社・人物・団体は架空のもので、特定の監査法人・企業・製品の手続や見解を描くものではありません。会計・税務の記述は公認会計士・税理士が監修しています。製品名・サービス名は本文に出てきません。
