IPO準備でストックオプション(SO)を設計するとき、
「行使価格をいくらに設定するのが一般的か」
「いつ付与するのが多いのか」
という相場観は、意外にまとまった形で公開されていません。税制適格SOでは行使価額を付与契約時の株価以上に設定する必要があり、株価が上がる局面では付与のたびに行使価格も上げていくことになります。その実態を市場横断で示すデータは限られます。
そこで本記事では、2021年11月以降にEDINETへ提出された有価証券届出書(新規公開時)387社分を全量集計し、SOの付与時期と行使価格の設計を調査しました。元データは当サイトのIPO資本政策データベース(387社収録)で確認できます。
📈 IPO資本政策データベースβ 新規上場企業の届出書「第四部 株式公開情報」を構造化。資本政策・株式異動・新株予約権・大株主・初値を横断比較 →SOの発行量(潜在株式比率)は姉妹記事「IPO企業のストックオプション比率は平均何%?」で扱っており、本稿は価格と時期に焦点を当てます。
本記事はIPO準備会社のCFO・管理部門と、支援する会計税務専門家向けの実例研究です。
- 付与の時期と回数
- 行使価格の水準(公開価格との比較)
- 税制適格の行使価額要件・株式報酬型SOなど税務の論点
の3つをデータで押さえます。SOで誰がいくら得をするかではなく、発行体が行使価格をどう設計・開示しているかの視点で整理します。
集計対象と除外の整理
本記事は母数・単位の異なる3指標を扱うため、はじめに対象と除外を整理します。SOが確認された338社を出発点に、指標ごとに算定できた対象を切り分けています。
| 指標 | 対象 | 除外 |
|---|---|---|
| SOが確認された会社 | 338社 | - |
| 発行回数を算定できた会社 | 309社 | 回号番号を特定できない等29社を除外 |
| 付与時期を算定できた回号 | 1,553回号(308社) | 決議日・上場日が特定できない回号を除外 |
| 行使価格を比較できた会社 | 286社 | 分割調整後の行使価格を取得できない等52社を除外 |
付与時期は「回号(新株予約権の各決議)」単位、発行回数と行使価格は「会社」単位で集計しています。以下、各節でも対象を明記します。
結論:
付与決議は上場の中央値33か月前・複数回、直近SOの行使価格は公開価格の中央値57%
結論は次の4点です。
- SOの付与決議は上場の中央値33か月前、発行回数は会社単位で中央値4回・平均5.1回(309社)
上場3年以内の付与が54.3%で、上場が近づく数年間に複数回にわけて段階的に付与するのが主流です。 - 各社の直近付与SOの行使価格は、届出書の分割調整値ベースで公開価格の中央値57.1%(会社単位286社)
82.2%の会社で行使価格が公開価格を下回りました。上場前に設定した行使価格を、その後決定された公開価格が上回った会社が多いことを示します(付与”契約時”株価との直接比較ではありません)。 - 逆に17.8%(51社)は行使価格が公開価格以上で、うち120%以上が36社(12.6%)
今回のデータでは公開価格ちょうど同額(アット・ザ・マネー)は0社で、51社すべてが公開価格を上回る=公開価格ベースではアウト・オブ・ザ・マネーの水準でしたが、その原因は本調査だけでは特定できません。極端な低額(公開価格の5%未満)は8社(2.8%)と少数でした。 - グロースとスタンダードの中央値は近い水準(57.1%・60.0%)
プライムは70.2%、その他47.2%ですが、いずれも対象が少なく、本調査は市場間の分布差を統計的に検証したものではありません。
以下、行使価格の考え方、付与時期・回数、行使価格の水準、税務の論点を順に整理します。
行使価格とは何か──税制適格の「契約時株価以上」要件
ストックオプションの行使価格(権利行使価額)は、権利を行使して株式を取得する際に払い込む1株当たりの金額です。税制適格SOでは、行使価額を付与契約時における1株当たりの価額以上に設定することが要件の一つとされています(租税特別措置法29条の2)。
ここで基準になるのは「付与契約時の株価」であって、上場時の公開価格ではありません。
株価が上昇する上場準備期には、後の回号ほど行使価格を高く設定する必要があります。非上場株式の契約時の価額の算定は、国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」の解説を参照してください。行使価額の基礎となる株価算定の実務は、姉妹記事未上場株式の株価算定方法で扱っています。
一方、行使価格を1円などの低額に設定する株式報酬型SO(1円ストックオプション)や、付与対象者が発行価額を払い込む有償SOは、税制適格SOとは異なる設計で、課税関係も異なります。
本記事の行使価格は、届出書のSO明細に記載された行使価額を、株式分割の影響を除いて(届出書自身の分割調整値を用いて)算定したものです(算定方法は末尾の注記を参照)。
【387社集計・回号単位】SOの付与時期と発行回数
付与決議は上場の中央値33か月前、複数回にわけて段階的に
SOの付与決議の時期を、回号(新株予約権の決議1件ごと・重複を除いた1,553回号)について上場日からの月数でみると、付与決議は上場の中央値33か月前(25%点18か月前・75%点54か月前)です。上場1年以内の付与は15.1%、2年以内37.5%、3年以内54.3%で、上場までの数年間に複数回にわけて段階的に付与する会社が主流です。
発行回数(届出書に記載された新株予約権の回号数)を会社単位でみると、発行回数を算定できた309社で中央値4回・平均5.1回(=重複を除いた回号1,562件÷309社)です。
1回のみの会社は37社(12%)にとどまる一方、6回以上発行した会社が95社(31%)あり、最多では57回にわたって発行した会社もありました。なお付与決議日は届出書の各回号の「決議年月日」であり、税制適格要件が参照する「付与契約日」とは必ずしも一致しない点に留意してください。
【387社集計・会社単位】行使価格の水準(公開価格との比較)
会社ごとに「直近SO」=上場に最も近い付与決議のSO1回分を取り出し、その行使価格を届出書の分割調整値ベースで求めて、同社の公開価格と比較しました。
SO発行338社のうち、行使価格を確定できた286社(分割が後続しない生値89社+届出書の分割調整値197社)を対象とします。分布は次のとおりです。
| 行使価格 ÷ 公開価格(直近SO・分割調整値ベース) | 会社数 | 286社比 |
|---|---|---|
| 5%未満(著しく低い行使価格) | 8社 | 2.8% |
| 5%以上〜50%未満 | 120社 | 42.0% |
| 50%以上〜80%未満 | 74社 | 25.9% |
| 80%以上〜100%未満 | 33社 | 11.5% |
| 100%以上〜120%未満 | 15社 | 5.2% |
| 120%以上 | 36社 | 12.6% |
※「5%未満」は、公開価格に対して著しく低い行使価格を把握するための本調査上の区分であり、法令上の株式報酬型SO・有償SO等の判定基準ではありません。
行使価格 ÷ 公開価格は中央値57.1%、25%点30.9%、75%点88.3%で、82.2%の会社で行使価格が公開価格を下回ります。これは、各社の直近SOにおいて、上場前に設定された行使価格よりも、その後決定された公開価格が高かった会社が82.2%を占めた、ということです。
付与が上場前であることに加え、付与後の企業価値や市場環境、公開価格の決定などが反映された結果と考えられますが、本調査は付与契約時の株価を直接比較していないため、個別会社の株価上昇や税制適格要件の充足を示すものではありません。税制適格SOの要件が参照するのは「付与契約時の株価」であって公開価格ではない点にも留意してください。
一方、行使価格が公開価格以上の会社が51社(17.8%)あり、うち120%以上が36社(12.6%)です。今回のデータでは公開価格ちょうど同額(アット・ザ・マネー)の会社は0社で、51社すべてが公開価格を上回り、公開価格ベースではアウト・オブ・ザ・マネー(行使価額が時価を上回る)の水準にあたります。
これは上場前に設定された行使価格を公開価格が下回ったことを示しますが、その原因が付与時点の株価水準、行使価格の設計、業績・市場環境の変化、公開価格の決定過程のいずれにあるかは、本調査だけでは判定できません。
反対に、行使価格が公開価格の5%未満という著しく低い水準は8社(2.8%)にとどまりました。ここには1円ストックオプション(株式報酬型)や有償SOなど時価連動でない設計が含まれ得ますが、届出書上でSOの種類が一律に判別できるわけではないため、社数は「低額行使の該当社数」としてお読みください。
グロース・スタンダードの中央値は近い水準
| 上場市場 | 社数 | 行使価格÷公開価格の中央値 |
|---|---|---|
| 東証グロース(旧マザーズ含む) | 229社 | 57.1% |
| 東証スタンダード | 37社 | 60.0% |
| 東証プライム | 7社 | 70.2% |
| その他 | 13社 | 47.2% |
社数の多いグロースとスタンダードの中央値は57〜60%で比較的近い水準でした。一方、プライム(70.2%)とその他(47.2%)は対象がそれぞれ7社・13社と少数で、中央値の解釈には留意が必要です。
本調査は市場間の分布差を統計的に検証したものではないため、市場による差がある/ないとまでは結論づけられません。行使価格には、市場区分だけでなく、付与時期・付与時の株価算定・SOの設計など個別条件が影響すると考えられます。
税務の論点──税制適格要件と株式報酬型SO
行使価格の設計は、税務の取扱いと不可分です。専門家が押さえるべき論点を整理します。いずれも一般論であり、個別の判断は税理士への相談が必要です。
論点1:税制適格SOの行使価額要件(契約時株価以上)
税制適格SOでは、権利行使価額を付与契約時の1株当たりの価額以上に設定することが要件の一つです(租税特別措置法29条の2)。基準はあくまで付与契約時の株価であり、後の公開価格ではありません。
本調査で行使価格が公開価格を下回る会社が多いのは、付与が上場より前に行われたという時系列の結果であって、それ自体が適格要件の充足を意味するわけではありません。
株価が上昇する局面では、後の回号ほど行使価格を高く設定する必要があるため、付与のたびに株価算定と要件充足を確認することが重要です。要件全体の充足は税制適格SOの要件判定ツールで一次チェックできます。
論点2:1円型など低額行使SOの課税
行使価格を1円などの低額に設定したSOには、株式報酬型として無償または有利な条件で付与される税制非適格SOが多くみられます。この場合、役職員については一般に権利行使時の経済的利益が給与所得として課税されます。
ただし、行使価格が1円であることだけから税制非適格とは判断できません。付与契約時の株価が0円と評価される場合など、1円でも行使価額要件を満たす可能性があるため、ほかの適格要件を含めた個別判定が必要です。
国税庁のQ&Aは、税制適格SOの行使価額を付与契約締結時の1株当たり価額以上とすること、決議日から契約日まで6か月以内であれば一定の場合に決議日を基準として差し支えないことも示しています。本調査で行使価格が公開価格の5%未満の会社は8社(2.8%)でした。
名称や行使価格だけで判断せず、設計時に課税関係を確認する必要があります。
論点3:有償SO・信託型SOの取扱い
付与対象者が発行時に発行価額を払い込む有償SOについては、適正な時価で取得したものであれば、一般に取得時および権利行使時には経済的利益を認識せず、取得した株式を売却した時点で譲渡所得として課税される取扱いが示されています。
ただし、発行価額が適正な時価かどうかなど、個別条件の確認が必要です。
信託を用いる信託型SOについては、税制非適格の信託型SOの場合、役職員が権利行使した時点の経済的利益が給与所得として課税される取扱いが、2023年の国税庁の見解・Q&Aで整理されました。
一方、信託を利用していても法令上の要件を満たす場合には税制適格となり得るため、信託型であることだけから適格・非適格を判断することはできません。
国税庁のQ&Aは、有償SO・税制非適格の信託型SO・税制適格となる場合を分けて整理しています。SOの設計別の集計(有償SO・信託型SOの社数)は姉妹記事「IPO企業のストックオプション比率は平均何%?387社の潜在株式比率を全量調査」を参照してください。
IPO準備会社・専門家のための実務チェックポイント5つ
ポイント1:付与は「上場から逆算」した複数回の計画にする
SOの付与決議は上場の中央値33か月前、発行回数は会社単位で中央値4回で、6回以上発行する会社も約3割あります。
上場時の潜在株式比率と、各回の行使価格要件を見通し、上場から逆算した付与計画を早期に立ててください。
ポイント2:行使価格は付与のたびに「契約時株価」で算定・確認する
税制適格SOの行使価額は付与契約時の株価に紐づきます。
株価が上昇する局面では後の回号ほど行使価格を高く設定する必要があるため、付与のたびに株価算定と要件充足(契約時株価以上か)を確認してください。決議日と契約日がずれる場合は、基準日を取り違えないよう注意が必要です。
ポイント3:株式報酬型・有償SOは課税関係を事前に確認する
1円型などの低額行使SO、有償SO、信託型SOは、発行・取得条件や適格要件の充足状況によって課税関係が異なります。
名称や行使価格だけで判断せず、設計の段階で適格・非適格の別と課税関係を個別に確認し、対象者への説明も準備してください。
ポイント4:分割との整合を管理する
上場前の株式分割により、行使価格・付与株数は調整されます。届出書では分割前後の値が併記されることがあり、社内管理と開示の整合を保つ必要があります。
分割後に付与したSOと、分割前に付与し後で調整されたSOでは、記載額の意味が異なる点に注意してください。
ポイント5:行使価格の設計は「公開される前提」で整える
SOの行使価格・付与時期は届出書で開示され、公開後に誰でも参照できます。
先行企業の1,553回号の付与時期や、286社の直近SOの行使価格が参照できる以上、自社の行使価格・付与時期が先行事例と大きく異ならないかを確認しておくべきです。
同市場・同業種の先行事例はIPO資本政策データベースで絞り込めます。
📈 IPO資本政策データベースβ 新規上場企業の届出書「第四部 株式公開情報」を構造化。資本政策・株式異動・新株予約権・大株主・初値を横断比較 →よくある質問(FAQ)
Q1. IPO企業のSOの行使価格は公開価格に対してどのくらいですか?
本調査(会社単位286社)では、各社の直近付与SOの行使価格は届出書の分割調整値ベースで公開価格の中央値57.1%でした。
82.2%の会社で行使価格が公開価格を下回ります。上場前に設定された行使価格を、その後決定された公開価格が上回った会社が多いことを示しますが、付与契約時の株価を直接比較したものではありません。
Q2. なぜ行使価格が公開価格より低いことが多いのですか?
SOの付与は上場より前に行われ、その時点で行使価格が設定されるためです。
行使価格と公開価格の比較だけでは付与契約時の株価は確認できませんが、付与から公開価格決定までに企業価値が上がった会社が多く含まれる可能性があります。税制適格SOの要件が参照するのは付与契約時の株価であって公開価格ではない点に注意してください。
Q3. 行使価格が公開価格を上回るケースもありますか?
あります。
本調査では17.8%(51社)で行使価格が公開価格以上、うち120%以上が36社(12.6%)でした。今回のデータでは公開価格ちょうど同額(アット・ザ・マネー)は0社で、51社すべてが公開価格を上回る=公開価格ベースでアウト・オブ・ザ・マネー(行使価額が時価を上回る)の水準です。
その原因が付与時株価・行使価格の設計・業績変化・公開価格の決定過程のいずれにあるかは本調査だけでは判定できません。
Q4. SOはいつ付与するのが一般的ですか?
本調査(回号単位1,553回号)では、付与決議は上場の中央値33か月前で、上場3年以内の付与が54.3%でした。
発行回数は会社単位で中央値4回、6回以上も約3割あり、上場までの数年間に複数回にわけて段階的に付与する会社が主流です。
Q5. 税制適格かどうかは届出書でわかりますか?
届出書には行使価額・行使期間・付与対象などが記載されますが、税制適格か非適格かが一律に明記されるわけではありません。
適格性は行使価額と付与契約時株価の関係など要件に照らして個別に判断する必要があり、要件判定ツールや税理士への相談で確認してください。本記事も適格・非適格の別は集計していません。
まとめ:直近SOの行使価格は公開価格の中央値57.1%
本記事の要点を整理します。
- SOの付与決議は上場の中央値33か月前、発行回数は会社単位で中央値4回・平均5.1回(6回以上も約3割)。上場までの数年間に段階的に付与する。
- 各社の直近SOの行使価格は届出書の分割調整値ベースで公開価格の中央値57.1%(286社)。
上場前に設定された行使価格より、その後決定された公開価格が高かった会社が82.2%。付与が上場前であることに加え、付与後の企業価値・市場環境・公開価格の決定などが反映された結果で、付与契約時株価との直接比較ではない。 - 一方17.8%(51社)は公開価格以上(うち120%以上36社)。今回のデータでは公開価格同額(アット・ザ・マネー)は0社で、51社すべてが公開価格を上回る=アウト・オブ・ザ・マネー。
原因は本調査だけでは特定できない。極端な低額(5%未満)は8社(2.8%)と少数。 - 社数の多いグロース・スタンダードの中央値は近い水準(57〜60%)、プライム・その他は少数。市場差は統計的に検証していない。
税制適格の「契約時株価以上」要件、株式報酬型・有償SO・信託型の課税が実務の論点。
次の一歩として、IPO資本政策データベースで自社(または支援先)と同じ市場・業種の会社のSOの付与時期・行使価格を確認し、自社のSO設計の比較材料にしてください。
個社カルテでは各回号の行使価額を分割調整済みで表示しています。387社の先行事例は、行使価格・付与時期の設計の具体的な参照点になります。
📈 IPO資本政策データベースβ 新規上場企業の届出書「第四部 株式公開情報」を構造化。資本政策・株式異動・新株予約権・大株主・初値を横断比較 →参考一次情報
※集計単位:①付与時期は新株予約権の回号(重複を除いた回号)単位で1,553回号(308社)、②発行回数は会社単位で309社(重複を除いた回号合計1,562÷309社=平均5.1回)、③行使価格÷公開価格は会社単位で286社(各社の上場に最も近い付与決議のSO=「直近SO」1回分)を対象としています。
※行使価格の算定方法:届出書のSO明細の行使価額について、(a)その付与決議日より後に株式分割がない場合は記載額をそのまま用い(分割後の株式数ベース=無調整で正しい)、(b)分割が後続する場合は、行使価額セルに届出書自身が併記する「〔分割調整後の1株当たり額〕」の値を用いています(併記が生値とほぼ同一で未調整と判断される異常値は不採用)。調整後の値が取れない会社等は集計から除外しています(SO発行338社中286社を採用)。分割調整値は届出書の記載に基づくため、当データベースの分割検出への依存を避けています。同じ算定ロジックはダッシュボードの個社カルテ(SO行使価額の分割調整後表示)にも適用しています。

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