IFRSに移行すればのれんの償却が止まり、その分だけ利益が増える。M&Aを重ねてきた会社の経理や経営企画では、この話が検討テーブルに載ることがあります。
確かに日本基準から移行する会社では償却は止まります。ただし移行日には減損テストが求められるため、のれん・無形資産等に関する調整を開示した17社のうち14社で、当該調整項目が資本を減少させる方向に働きました。
調整額の合計は△2,351億円です。これは14社の資本全体が減ったという意味ではなく、償却停止による年間の利益増加額でもありません。
この記事では、有価証券報告書のIFRS第1号「初度適用」注記から17社の金額を抜き出します。
手元に残るのは、
- 調整額がどの方向へどれだけ出たのか
- 資本と利益に時間差が生じる仕組み
- 自社で試算する順番
の3点です。
解説動画
スライド解説








結論:のれん償却は止まりますが、資本調整額の大半は移行日の減損です
数値はIFRSを初度適用した64社の有報から集計したものです。
- 日本基準から移行する会社では、のれんの償却は止まります
IFRSではのれんを償却せず減損テストで評価するため、規則的な償却による費用計上はなくなります。 - ただし開示17社のうち14社で、当該調整項目は資本を減少させる方向に働きました
合計は△2,351億円、中央値は△6億円、単純平均は△138億円です。移行日時点でプラスだったのは日本工営(+6億円)、GMOインターネットグループ(+4億円)、BIPROGY(+1百万円)の3社です。会社全体の資本が減ったかどうかは別の話です。たとえばソニーグループはのれんの調整が△968億円でも、資本全体は+12,100億円と大きく増えています。 - 合計の約59%は米国基準からの移行3社です
ソニーグループ△968億円、TDK△388億円、村田製作所△33億円で合計約△1,389億円。米国基準でものれんは非償却なので、この金額は償却停止とは別の要因によるものです。 - 減少の主因は移行日の減損テストです
日本基準からの移行組では、ニトリホールディングス△327億円、INPEX△296億円、MS&ADインシュアランスグループHD△272億円が上位です。 - 資本と利益には時間差が生じます
移行日の減損額は資本に一括で反映され、その後の年度で償却停止の効果が損益に現れます。ただし比較年度の当期利益が減っている会社もあります。
のれん償却停止の影響額を一方向のプラスとして見積もると、初年度の着地を読み違えます。
先に前提:本記事の「実額」が何を指すか
本記事でいう「実額」は、各社の初度適用注記において、のれん・無形資産等に関する項目として表示された移行日の資本調整額です。償却停止による年間の利益増加額ではなく、また会社全体の資本の増減でもありません。
集計にあたっては次の混在があるため、合計△2,351億円や中央値△6億円は各社開示ベースの参考値として扱ってください。
・従前基準が異なります。
17社のうち3社(ソニーグループ、TDK、村田製作所)は米国基準からの移行です。米国基準でも公開企業ののれんは償却せず毎年減損テストを行うため、この3社の減損額は「償却が止まったことの影響」ではありません。本記事では従前基準別に分けて示します。
・のれん以外を含む項目があります。
ニトリホールディングスは「のれん及び非金融資産の減損に対する調整」、日本工営は商標権等を含む「無形資産の計上額の調整」、BIPROGYは「のれん及び持分法投資」、レゾナック・ホールディングスは「のれん減損損失の計上等」です。
・税効果の表示方法が統一されていません。
項目別を税効果控除前で示して税効果を一行にまとめる会社(ソニーグループ、ニトリホールディングスなど)と、項目別が税効果控除後の会社(レゾナック・ホールディングス、リログループ、GMOインターネットグループなど)があります。
なぜ「IFRSならのれん償却が消える」と言われるのか
日本基準では、のれんは効果の及ぶ期間にわたって規則的に償却します。企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第32項は、20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって定額法その他の合理的な方法により規則的に償却するとしています。
IFRSではのれんを償却せず、減損テストによって回収可能性を検証します(IFRS Foundation|IAS 36、IFRS 3)。
のれん残高が大きい会社では償却費が毎期の営業利益を押し下げているため、「移行すれば費用が消える」という発想が出てきます。償却費は実際になくなるので、この理解自体は誤りではありません。
なお日本基準側でも、のれんの非償却の導入がテーマとして取り上げられ、2025年8月から2026年6月にかけて公聴会が重ねられました。2026年7月27日の第57回企業会計基準諮問会議では、のれんを一定の期間にわたって償却する基本的な会計処理の枠組みは変更しないとのコンセンサスが得られています。
同会議はあわせて、償却期間・償却方法の明確化と、のれん償却前営業利益に関する情報提供の見直しを新規テーマとしてASBJに検討するよう提言し、2026年8月10日の第582回企業会計基準委員会でこの提言が取り上げられました(財務会計基準機構|のれんの会計処理に関するテーマ提案への対応状況)。
本記事執筆時点(2026年8月)で、日本基準の規則的償却そのものは維持されています。
変わるのは償却の有無だけではありません
同時に減損の側も変わります。次の3点です。
- テストの頻度
日本基準は兆候があるときに検討しますが、IFRSは兆候の有無を問わず毎年テストします。 - テストの単位
日本基準の資産グループと、IFRSの資金生成単位(CGU、他の資産から独立してキャッシュ・インフローを生む最小の単位)は、同じ切り方になるとは限りません。 - 認識の判定方法
日本基準では、減損の兆候がある場合に、割引前の将来キャッシュ・フローの総額と帳簿価額を比較して減損損失を認識するかどうかを判定します。IFRSにはこの割引前による判定の段階がなく、回収可能価額と帳簿価額を直接比較します。
この3点が重なるため、日本基準では減損に至らなかったのれんがIFRSでは減損対象になり得ます。償却が止まる代わりに減損が出やすくなる、という交換です。
移行日には、免除規定を使っても減損テストが避けられません
IFRS第1号は、過去の企業結合をIFRS第3号で遡及的に修正しないという免除規定を用意しており、初度適用会社の大半がこれを選択します。ただしこの免除を選んだ場合でも、開始貸借対照表に載せるのれんについてはIAS第36号に基づく減損テストが必要です。
時間の順序としては、減損が先で、償却停止の効果が後です。
従前基準が米国基準の会社では、そもそも償却が行われていません
ここが本記事の集計を読むうえで最も重要な点です。
米国基準では公開企業ののれんを償却せず、毎年減損テストを行います。したがって米国基準からIFRSへ移行した会社にとって、IFRS移行は「償却が止まる」出来事ではありません。それでも移行日に減損が出るのは、減損テストの単位や測定方法が米国基準とIFRSで異なるためです。
ソニーグループとTDKは、米国基準のレポーティング・ユニットとIFRSの資金生成単位という単位の違いが減損に影響したと説明しています。以下の集計では、この3社を日本基準からの移行組と分けて示します。
開示は17社。有給休暇や退職給付より少ない社数です
64社のうち、のれん・無形資産の非償却または移行日減損の調整を金額で開示していたのは17社です。未消化有給休暇の47社、有形固定資産や金融商品の各33社、退職給付の26社より少ない社数です。
関連する残高や調整があり、かつ重要性等から独立した項目として開示された会社に限られるためと考えられます。

【実額】のれん関連の調整を開示した17社
まず従前基準で分けた全体像です。
| 従前基準 | 社数 | マイナス/プラス | 合計 | 中央値 |
|---|---|---|---|---|
| 日本基準 → IFRS | 14社 | 11社/3社 | 約△962億円 | △5億円 |
| 米国基準 → IFRS | 3社 | 3社/0社 | 約△1,389億円 | △388億円 |
| 合計 | 17社 | 14社/3社 | △2,351億円 | △6億円 |
社数では3社にすぎない米国基準組が、合計金額の約59%を占めています。「のれん償却停止の影響額」として全17社の合計を使うと、償却とは関係のない金額を6割近く抱え込むことになります。
次に個社の金額です。
開示のあった17社をすべて掲載します。金額は有報では百万円単位ですが、億円に換算しました(億円で0となる会社は百万円を併記しています)。「開示項目・内容」欄は各社が資本の調整表に記載した項目名で、括弧内は注記本文の説明にもとづく要約であって原文の項目名ではありません。
| 会社(証券コード・業種) | 従前基準 | 適用初年度 | 移行日の調整額 | 開示項目・内容 |
|---|---|---|---|---|
| ソニーグループ(6758・電気機器) | 米国基準 | 2022年3月期 | △968億円 | のれんの減損 |
| TDK(6762・電気機器) | 米国基準 | 2022年3月期 | △388億円 | のれんの減損(減損テスト単位の差異による) |
| ニトリホールディングス(9843・小売業) | 日本基準 | 2025年3月期 | △327億円 | のれん及び非金融資産の減損に対する調整 |
| INPEX(1605・鉱業) | 日本基準 | 2023年12月期 | △296億円 | のれん(移行日の減損テストによる全額減額) |
| MS&ADインシュアランスグループHD(8725・保険業) | 日本基準 | 2026年3月期 | △272億円 | のれん(移行日の減損テストによる減損損失) |
| レゾナック・ホールディングス(4004・化学) | 日本基準 | 2024年12月期 | △51億円 | のれん減損損失の計上等 |
| 村田製作所(6981・電気機器) | 米国基準 | 2024年3月期 | △33億円 | のれん(移行日の減損テストによる減損) |
| レカム(3323・卸売業) | 日本基準 | 2021年9月期 | △8億円 | のれん(償却停止・移行日の減損テスト) |
| M&Aキャピタルパートナーズ(6080・サービス業) | 日本基準 | 2025年9月期 | △6億円 | のれん(移行日の減損等) |
| 夢真ビーネックスグループ(2154・サービス業) | 日本基準 | 2022年6月期 | △5億円 | のれんの調整 |
| ソフィアホールディングス(6942・情報・通信業) | 日本基準 | 2025年3月期 | △5億円 | のれんに対する調整(移行日の減損) |
| リログループ(8876・サービス業) | 日本基準 | 2022年3月期 | △2億円 | のれんの計上額の調整 |
| ジーニー(6562・情報・通信業) | 日本基準 | 2023年3月期 | △1億円 | のれん及び無形資産 |
| オプティマスグループ(9268・卸売業) | 日本基準 | 2026年3月期 | △10百万円(約△0.1億円) | のれんの計上額の調整 |
| BIPROGY(8056・情報・通信業) | 日本基準 | 2022年3月期 | +1百万円(約+0.01億円) | のれん及び持分法投資 |
| GMOインターネットグループ(9449・情報・通信業) | 日本基準 | 2025年12月期 | +4億円 | のれん(非償却・移行日の減損テスト) |
| 日本工営(1954・サービス業) | 日本基準 | 2021年6月期 | +6億円 | 無形資産の計上額の調整(のれん・商標権の非償却等) |
※出典はいずれも各社の適用初年度の有価証券報告書、注記「初度適用」の資本に対する調整表です。EDINETで原文を確認する場合の書類は次のとおりです(括弧内は書類管理番号)。
- ソニーグループ(S100OJ0K)
- TDK(S100ODQV)
- ニトリホールディングス(S100W5DK)
- INPEX(S100T4RJ)
- MS&ADインシュアランスグループHD(S100YNCJ)
- レゾナック・ホールディングス(S100VHA9)
- 村田製作所(S100TSIJ)
- レカム(S100N4W4)
- M&Aキャピタルパートナーズ(S100XCS6)
- 夢真ビーネックスグループ(S100P8XS)
- ソフィアホールディングス(S100VYL7)
- リログループ(S100OG8K)
- ジーニー(S100RB3P)
- オプティマスグループ(S100YJVB)
- BIPROGY(S100OKI4)
- GMOインターネットグループ(S100XSG3)
- 日本工営(S100MHFX)
合計と中央値の差が大きいのは、上位数社の金額が突出しているためです。単純平均の△138億円は分布の真ん中を表していません。中央値の△6億円も、あくまで17社の分布を示す参考値です。
会社の規模、のれん残高、CGUの切り方、従前基準、項目に含まれる範囲がいずれも異なるため、自社の目安としてそのまま当てはめることはできません。
INPEXは移行日にのれんを全額減額しています
最も踏み込んだ処理をしたのがINPEXです。
同社は注記で、のれんについて減損の兆候の有無にかかわらず移行日時点で減損テストを実施した旨を記載しており、調整表ではのれんが全額減額されています。
同社の資本全体は33,126億円から32,449億円へ、△677億円(△2.0%)の減少にとどまります。石油・ガス資産のみなし原価適用で+627億円が出た一方、資産除去債務及び資産除去債務資産で△867億円が出ています。
のれんの全額減額という強い処理も、資本全体では最大要因ではありません。
ソニーグループとTDKの減損は、償却停止の影響ではありません
金額最大のソニーグループは△968億円、次のTDKは△388億円ですが、この2社はいずれも米国基準からIFRSへ移行した会社で、移行前からのれんを償却していません。移行日は2社とも2020年4月1日です。
TDKも、のれんについて減損の兆候の有無にかかわらず移行日時点で減損テストを実施した旨を注記しており、減損テストの単位の差異が調整の理由として説明されています。
テスト単位を細かく切れば、好調な事業の余剰で不調な事業の不足を埋められなくなり、減損が出やすくなります。資産の中身が変わっていなくても、単位の切り方だけで結果が変わり得ます。日本基準からの移行を検討する会社にとっても、試算で最も見落としやすい点です。
ニトリホールディングスの△327億円は、のれん単独の金額ではありません
日本基準からの移行組で最大のニトリホールディングスは、項目名が「のれん及び非金融資産の減損に対する調整」です。同社の調整表を確認するとのれん単独の調整は移行日時点でゼロで、△327億円の大半は非金融資産の減損です。
項目名を見ずに「のれんで△327億円」と読むと、金額の性格を取り違えます。同様に日本工営の+6億円は商標権等を含む無形資産全体、BIPROGYの+1百万円は持分法投資を含む金額です。
プラス側の3社は、移行日の金額だけで判断できません
移行日時点の調整額がプラスだったのは、日本工営+589百万円、GMOインターネットグループ+415百万円、BIPROGY+1百万円の3社です。いずれも日本基準からの移行ですが、この金額を「のれん償却停止による増加額」と読むことはできません。
理由は2つあります。
第一に、項目に含まれる範囲が違います。
日本工営は商標権等を含む「無形資産の計上額の調整」、BIPROGYは持分法投資を含む「のれん及び持分法投資」です。GMOインターネットグループは、過去にすでにIFRSを適用していた連結子会社ののれんについて、日本基準の連結上は償却していたものをIFRSでは当該子会社の帳簿価額で測定した旨を注記しています。
IFRS第1号の、子会社が先に初度適用企業となっている場合の取扱いによるもので、これも単純な償却停止ではありません。
第二に、時間軸が違います。
移行日以後の非償却の効果は、他の変動とともに比較年度末の調整額へ反映されます。3社の注記では、同じ項目が次のように動いています。
| 会社 | 移行日 | 比較年度末 |
|---|---|---|
| 日本工営 | +589百万円 | +1,321百万円 |
| GMOインターネットグループ | +415百万円 | +2,058百万円 |
| BIPROGY | +1百万円 | +566百万円 |
比較年度末の金額も、非償却の効果だけを取り出したものではありません。それでも移行日の金額とは明確に別物です。
「移行日の調整額」と「移行後に積み上がる非償却の効果」を同じ土俵で語らないことが、この項目を読むうえで最も重要な点です。
純資産に対するウェイトで見ると、順位は入れ替わります
判断材料としては、絶対額より純資産に対する比率が実感に近いはずです。
| 会社(証券コード・業種) | 従前基準 | のれん関連調整 | 従前基準の純資産に対する比率 |
|---|---|---|---|
| ソフィアホールディングス(6942・情報・通信業) | 日本基準 | △5億円 | 23.7% |
| レカム(3323・卸売業) | 日本基準 | △8億円 | 18.2% |
| TDK(6762・電気機器) | 米国基準 | △388億円 | 4.6% |
| ニトリホールディングス(9843・小売業) | 日本基準 | △327億円 | 4.0% |
| 夢真ビーネックスグループ(2154・サービス業) | 日本基準 | △5億円 | 3.6% |
| ジーニー(6562・情報・通信業) | 日本基準 | △1億円 | 2.6% |
上位2社は金額では△5億円と△8億円にすぎませんが、純資産の23.7%と18.2%を占めます。ソフィアホールディングスは資本全体で△28.8%、レカムは△20.4%と、64社のなかで資本減少率の下位に位置します。
のれん残高が純資産に対して大きい会社ほど、資本比率を直撃します。金額が小さくても、自己資本比率や財務制限条項への影響として現れる可能性があります。
移行日の資本調整と、その後の損益影響には時間差がある
資本の増減と比較年度の当期利益を並べます。比較年度とは、適用初年度の有報に移行前基準とIFRSの両方が示される前年度です。
| 会社 | 従前基準 | のれん関連調整 | 資本の増減 | 比較年度の当期利益(移行前基準→IFRS) |
|---|---|---|---|---|
| ソニーグループ | 米国基準 | △968億円 | +12,100億円(+25.3%) | 11,914億円→10,439億円 |
| TDK | 米国基準 | △388億円 | △439億円(△5.2%) | 792億円→746億円 |
| ニトリホールディングス | 日本基準 | △327億円 | △613億円(△7.5%) | 865億円→902億円 |
| 村田製作所 | 米国基準 | △33億円 | △239億円(△1.1%) | 2,534億円→2,436億円 |
| レゾナック・ホールディングス | 日本基準 | △51億円 | △81億円(△1.4%) | △180億円→△65億円 |
| 日本工営 | 日本基準 | +6億円 | +50億円(+8.3%) | 28億円→32億円 |
| BIPROGY | 日本基準 | +1百万円 | △184億円(△15.0%) | 172億円→168億円 |
方向が揃っていません。のれんの減損が大きかったソニーグループ、TDK、村田製作所の3社は、いずれも比較年度の当期利益が移行前基準より減っています。
増益はニトリホールディングスと日本工営で、レゾナック・ホールディングスは赤字幅が縮小しました。
移行日の調整は一括、損益への影響は毎期という非対称
移行日の減損は、開始財政状態計算書の作成時に一度だけ利益剰余金などに直接認識されます。
IFRS第1号上の移行日は「最初のIFRS財務諸表において完全な比較情報を表示する最も早い期間の期首」と定義されており、比較情報を1年分表示する通常のケースでは、適用初年度の前年度の期首にあたります(比較情報を複数年表示する場合はさらに前になります)。いずれにせよ、この処理は損益計算書を通りません。
一方、償却停止の効果は移行日以後の各年度の損益に毎期少しずつ現れます。移行日の減損額は資本に一括で反映され、損益の改善は年度をまたいで薄く積み上がります。残存償却期間が長ければ償却費の消滅分がいずれ減損額を上回る可能性もありますが、それは初年度の着地の話ではありません。
比較年度の利益が減るのは、のれん以外の要因も乗るからです
損益に効く調整項目はのれんだけではありません。
比較年度の当期利益を移行前基準とIFRSの両方で確認できたのは63社で、そのうち減少した会社は29社(46%)です。収録64社のうち1社は調整表の金額そのものが未収録で当期利益の比較もできないため、母数から除いています。TDKはのれんの減損△388億円に加えて退職後給付の調整△959億円を、村田製作所はのれん△33億円に対して退職後給付△96億円、政府補助金△97億円を開示しています。
のれんだけを取り出して初年度の利益を見積もると、他の項目の影響で結果が逆になり得ます。
損益側の項目別内訳は、ほとんど開示されていません
IFRS第1号は資本と純損益の両方について調整を求めますが、純損益の差異項目別の内訳まで開示している会社は多くありません。
損益ベースで「のれんの非償却で利益がいくら増えたのか」を確認できるケースは限られます。
今回の集計対象では、INPEXが純損益の注記本文にのれん非償却の影響額を記載していた例があります。ただし記載は本文中の1つの数値(百万円単位で8,963)にとどまり、内訳表の形にはなっていません。損益への影響額は、注記の表ではなく本文の記述を読む必要があります。

のれんは資本調整全体の中でどれくらいのウェイトか
のれんの調整が資本全体でどの位置にあるのかを確認します。
| 調整項目 | 開示社数 | 合計 | 中央値 |
|---|---|---|---|
| のれん・無形資産の非償却/移行日減損 | 17社 | △2,351億円 | △6億円 |
| 未消化有給休暇等(有給休暇を明示した調整項目) | 47社 | △1,308億円 | △4億円 |
| 退職給付 | 26社 | △5,261億円 | △20億円 |
| 有形固定資産 | 33社 | +1,596億円 | 0億円 |
| 金融商品 | 33社 | +8,124億円 | 1億円 |
| リース | 23社 | △49億円 | △0億円 |
社数では、のれんの17社は6項目中で最少です。合計金額でも退職給付の△5,261億円に対しのれんは△2,351億円、中央値の△6億円も退職給付の△20億円より小さい水準です。のれんよりも従業員給付関連のほうが、広く多くの会社に影響しています。
本調査で資本増減を集計できた63社では、資本増減率の中央値は△1.7%で、減少43社が増加20社を上回りました。項目別・会社別の金額はIFRS移行影響ナビで絞り込めます。全体の傾向はIFRS初度適用64社の資本増減、資本が大きく増えた保険4社はIFRS第17号の保険会社への影響にまとめています。
自社で「のれん償却停止の影響額」を試算する5ステップ
会計方針の最終判断は監査人との協議が必要ですが、当たりを付けるまでは経理部門で進められます。以下は日本基準から移行する会社を前提とした手順です。
ステップ1:のれん残高と残存償却期間を案件単位で洗い出す
のれん残高を取得案件ごとに残存償却期間つきで一覧にします。
のれん残高は、移行日以後に計上されるはずだった償却費の累計額に相当するもので、毎期の費用の上限ではありません。各年度にいくら消えるのかは、年度別の償却スケジュールに落として初めて分かります。ここまで作っておくと、ステップ4が楽になります。
ステップ2:減損テストの単位を仮に切ってみる
のれんを配分するCGUまたはCGUグループを仮に設定し、現在の資産グループと同じ切り方になるかを検討します。
TDKの事例が示すとおり、単位の切り方は結果を大きく左右します。ただし結果を決めるのは単位だけではありません。事業計画のキャッシュ・フロー、成長率、割引率も同じくらい効く要素です。
ステップ3:移行日基準で回収可能価額を試算する
単位ごとに、使用価値と処分費用控除後の公正価値のいずれか高い金額を移行日時点の前提で試算します。
日本基準では割引前キャッシュ・フローで足りていた案件が、割引後では不足に転じることがあります。
ステップ4:資本への一括影響と損益の改善を年度別に並べる
ステップ3の減損額を移行日の資本の減少として置き、ステップ1の償却費消滅分を移行日以後の年度に配分します。1枚の表に並べると、何年目で累計がプラスに転じるのかが見えます。
「利益は増えるが資本は減る」を社内で説明するには、この表が必要です。あわせて、移行後も毎年の減損テストが続くため、将来の減損損失が損益に乗る可能性も織り込んでおきます。
ステップ5:他の調整項目と合わせて資本全体の増減を見る
最後に、未消化有給休暇、退職給付、有形固定資産のみなし原価、リース、金融商品といったのれん以外の項目を足します。
のれん単独の試算で移行の是非を判断するのは危険です。他社の実額はIFRS移行影響ナビで同業種に絞って確認できます。
よくある質問(FAQ)
Q1. IFRSに移行すれば、のれんの償却は本当に止まるのですか
日本基準から移行する会社では止まります。
IFRSではのれんを償却せず減損テストで回収可能性を検証するため、規則的な償却による費用計上はなくなります。ただし、なくなるのは移行日以後の期間の償却費で、過去に計上した償却費が資本に戻るわけではありません。また移行後も毎年の減損テストは続き、減損損失が生じればその年度の損益に計上されます。「償却停止=毎期必ず増益」ではない点は押さえておく必要があります。
なお米国基準から移行する会社では、移行前からのれんを償却していないため、そもそも「償却が止まる」という変化は生じません。
Q2. 移行日に減損が出るのは、なぜですか
過去の企業結合をIFRS第3号で遡及修正しない免除規定を選んだ場合でも、開始貸借対照表に載せるのれんはIAS第36号に基づく減損テストの対象です。
日本基準では兆候がなく検討していなかったのれんが、移行日に洗い直される構造です。実額では開示17社のうち14社で、当該調整項目が資本を減少させる方向に働きました。米国基準からの移行組では、減損テストの単位や測定方法の違いが要因になります。
Q3. 償却が止まった分、利益はどれだけ増えるのですか
他社の開示から把握は、現状ではほぼできません。
純損益について差異項目別の内訳まで開示している会社が少ないためです。自社で見積もる場合は、現行の償却費スケジュールから「移行日以後に計上予定だった償却費」を年度別に積み上げるのが実務的です。
Q4. のれんの調整がプラスになるのはどんな会社ですか
移行日時点の当該調整項目がプラスとなった会社です。
これは減損がなかったことを直接意味するものではなく、非償却や測定差異等のプラス要因が、減損等のマイナス要因を上回った結果と考える必要があります。該当したのは17社中3社で、移行日の金額は日本工営+589百万円、GMOインターネットグループ+415百万円、BIPROGY+1百万円です。
ただしこれは移行日時点の金額であり、償却停止による年間の効果ではありません。3社とも比較年度末には同じ項目が+1,321百万円、+2,058百万円、+566百万円へ増えています。
項目には商標権、持分法投資、先にIFRSを適用していた子会社の帳簿価額の引継ぎなども含まれるため、いずれの金額も純粋なのれん償却停止額とはみなせません。移行の是非を判断するには、移行日の一括影響と移行後の年度別効果を分けて置いた表が必要です。
Q5. 初度適用の注記は、あとから見返せますか
後から見返せます。
ただしIFRS第1号が要求する移行前基準との調整表は、原則として最初のIFRS財務諸表、つまり適用初年度の有価証券報告書に掲載され、翌年度以降の有報には通常再掲されません。関心のある会社の適用初年度を把握し、その年度の有報をEDINETで確認する必要があります。連結財務諸表注記の末尾付近にある「初度適用」の注記が該当箇所です。
まとめ:償却停止はプラスですが、先に来るのは移行日の減損です
のれんの調整額を検討するときに必要なのは、基準の解釈ではなく開示された金額と、その金額が何を表しているかの見極めです。
- のれん・無形資産等に関する調整を開示した17社のうち14社で、当該調整項目が資本を減少させる方向に働き、合計は△2,351億円でした。これは14社の資本全体が減ったという意味ではなく(ソニーグループは資本全体では+12,100億円)、償却停止による年間の利益増加額でもありません。
- 合計の約59%(約△1,389億円)は米国基準からの移行3社です。米国基準でものれんは非償却なので、償却停止の影響ではありません。日本基準からの14社は約△962億円、中央値△5億円です。
- 日本基準からの移行組の上位はニトリホールディングス△327億円、INPEX△296億円、MS&ADインシュアランスグループHD△272億円です。ニトリホールディングスの金額はのれん単独ではなく非金融資産の減損を含み、のれん単独の調整は移行日ゼロです。
- 純資産に対する比率では順位が入れ替わり、ソフィアホールディングス23.7%、レカム18.2%と、金額の小さい会社のほうが重い影響を受けています。
- 移行日の減損額は資本に一括で反映され、その後の年度で償却停止の効果が損益に現れます。移行後も毎年の減損テストは続きます。
- 移行日時点でプラスだった3社も、比較年度末には同じ項目がさらに増えています(日本工営+589→+1,321百万円など)。移行日の調整額と移行後に積み上がる非償却の効果は、分けて扱う必要があります。
- 日本基準側では、2026年7月27日の企業会計基準諮問会議でのれんの規則的償却の枠組みを変更しないコンセンサスが得られ、償却期間・方法の明確化などが新規テーマとして2026年8月10日の企業会計基準委員会に諮られました。現行の償却ルールは維持されています。
次の一歩として、自社のれん残高を案件ごとに残存償却期間つきで一覧にし、5ステップで年度別の表に落としてみてください。他社の金額と突き合わせたい場合は、IFRS移行影響ナビから会社別・項目別に絞り込めます。
参考一次情報
- EDINET(金融庁)|本記事の数値の原典(各社「初度適用」注記)
- IFRS Foundation|IAS 36 Impairment of Assets(回収可能価額による減損テスト)
- IFRS Foundation|IFRS 3 Business Combinations(のれんの非償却)
- 財務会計基準機構|のれんの会計処理に関するテーマ提案への対応状況(2026年7月27日 第57回企業会計基準諮問会議のコンセンサス)
- 企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第32項(のれんは20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって規則的に償却)
関連記事
- IFRS移行影響ナビβ|初度適用64社の資本・純損益の調整表を横断検索
- IFRS初度適用で純資産はどれだけ動くか|64社の資本増減の実額
- IFRS第17号 保険会社への影響|日本4社の資本+2.3兆円の実額
