依頼閉店した場合の数字を、火曜の夕方までに
2026年10月12日、月曜。
スポーツの日の祝日だったが、経理財務部は中間決算の締めで、半分ほどが出てきていた。
部長のメールには、金曜夕方の最初の一報とは別に、夜遅くに経営企画から届いた試算の依頼が残っていた。
14日の経営企画内の事前検討で使いたいので、まずは概算で構いません。12月上旬の経営会議の資料のもとになります。
明日の夕方までに、閉店した場合の数字。
A店とB店ですね。
どちらも、80件の一覧で当てはめた店です。
最初に言っておくね。
この話は、まだ経営会議の関係者だけのものなんだ。
店舗開発部にも、まだ言わないでほしい。
覚書を集めてもらっている最中なのに。
誰にいつ伝えるかは、経営企画と私で決める。
それまでは、
ハルカさんの胸の中にしまっておいてくれるかな。
一報の経路ができたら、今度は、
知ったことを言えない側になった。
前提をはっきり書いておけば、経営会議では十分だと思う。
二つの店続けても、減損の兆候が出るかもしれない
閉店したら、何が起きるか。
まず、店の造作。
閉店まで数か月しか使わないなら、
帳簿の金額はほとんど回収できない。
減損が必要になるかもしれない。
次に、原状回復。
見積りは計上してあるけれど、閉店の時期が決まれば、
金額も時期も見直しになる。
それから、解約の予告期間。
6か月前の通知が閉店に間に合わなければ、
閉めたあとも賃料が残る。
新リースの期首は、2027年4月。
そこで閉店と解約の通知が決まっていれば、
80件の一覧のリース期間も変わる。
書き出していくうちに、ハルカの手が、A店の損益の欄で止まった。
A店は、前期が赤字。
今期の見込みも赤字。
……営業の損益が、
2期続けてマイナスになる見込みだ。
この見込みがはっきりしているなら、閉店しなくても、
いま締めている9月末の中間決算で、
減損の兆候に当たるかを確かめないといけない。
兆候があれば、将来のキャッシュ・フローを見積もって、
減損を認識するかを判定する。
兆候と減損は、まだ別の段階だ。
頼まれたのは「閉店した場合」の数字だけ。
でも、それだけを出したら、
閉店のコストだけが大きく見える。
続けても損が出ないように見えてしまう。
……本当は、続けても出るかもしれないのに。
ハルカは、表の右側に、もう一列を足した。見出しは「続けた場合」。
新リースの期首(2027年4月):閉店と解約の通知が決まれば、二店舗のリース期間を見直す
言えないこと覚書を持ってきた担当と、原状回復の条項
翌朝、火曜。店舗開発部の担当が、紙の束を抱えて経理の島に来た。
造作の大きい店は先に確認を進めていたので、
今月末の約束より早く持ってこられました。
早くて、助かります。
経営企画の人が、郊外A店の図面を借りに来たんですよ。
何かあるんですか。
ハルカは、一瞬、言葉を探した。
今は、私からは言えないんです。
……こっちは頼まれた覚書を全部出してるんですけどね。
担当は、それ以上は聞かなかった。束を机に置く音だけが、少し大きかった。
中途解約のときは、
造作を残していけば原状回復しなくていいって書いてありますよ。
大家さんが居抜きで次に貸したいらしくて。
じゃあ。
閉店のことは言えないのに、閉店の数字を変える話を、
向こうから教えてもらった。
原状回復の見積りは、
計上済みの金額より小さくなるかもしれない。
ただ、それは覚書の文言と、貸主の意向を確かめてからだ。
二つの列頼まれた数字と、判断に要る数字
前提と、未確認の点も書きました。
それと、右に「続けた場合」も並べています。
……頼んだのは、閉店した場合だけだったね。
でも、A店は、続けても減損の兆候の検討が要ります。
前期も今期も赤字の見込みで、
いま締めている中間決算の話でもあります。
続けた場合も損が出るかもしれないことは、
判断に要ると思うんです。
部長は、しばらく二つの列を見比べていた。
数字も、たぶん正しい。
そこへ経理が「続けても損が出ます」と出すと、
閉店を後押ししているように読まれないかな。
両方を並べた方が、偏らないと思って。
偏らないように並べたつもりでも、並べ方で意味は変わる。
それが経営の資料の難しいところなんだ。
「参考」として、1行にしよう。
A店は閉店の有無にかかわらず、
中間決算から兆候の検討が要る、とだけ書く。
金額は出さない。
1行。
それでは、読む人は読み飛ばすかもしれない。
金額は、出さない形にします。
私も、これが正解だとは言い切れない。
ハルカさんの言う方が正しい場面もあるはずだよ。
A店とB店のリース期間は、直しますか。
決まったら、決まった日と中身、解約の通知日を記録する。
期首のリース期間は、それを踏まえて見直そう。
何も言えませんでした。
つらい役をさせたね。
店舗開発部長には、経営企画と順番を決めて、私から話す。
でも、言える時期は、私たちだけでは決められない。
……その分、言えるようになったら、最初に伝えよう。
資料案消えた一行と、残った判定
火曜の夕方、ハルカは試算のメモを経営企画に送った。
閉店した場合の数字と、前提と、未確認の点。
最後に、参考の1行。
その夜、経営企画から、経営会議の資料案が回ってきた。
資料は一枚にまとめたいので、参考の行は割愛させていただきました。
ハルカは、資料案を二度読んだ。
「続けた場合」は、どこにもなかった。
部長の机の付箋には、短く書いてあった。
部長は付箋を一度見つめ、決算論点管理表を開いた。
「A店 減損の兆候。
閉店方針の決定を待たず、9月末の中間決算で検討。
以後の決算でも継続」。
一行を足し、担当者の欄に自分の名前を入れた。
帰りがけに、ハルカが聞いた。
「部長。
あの資料のまま、経営会議に出ていいんでしょうか」。
部長は、すぐには答えなかった。
資料から消えても、判定は消えない。
12月の経営会議が、二つの店の答えを出す。
- 経営会議(12月上旬) ── 郊外の二店舗と倉庫の集約を議論
- 監査法人との事前相談 ── 10月下旬
- A店 ── 9月末の中間決算で減損の兆候を検討、以後も継続(決算論点管理表に記載・担当は部長)
- A店の覚書の原状回復免除 ── 文言と貸主の意向を確認
- 店舗開発部の担当 ── 閉店の話をまだ伝えられない
- 新リースの一覧 ── 二店舗のリース期間は、決定の内容と解約の通知日を踏まえて期首に見直す
この話の、二人の反省と学び
二店舗の会計影響の整理(第1版)全文ハルカが1日半で作った試算メモ
この物語の会社(架空)で、ハルカが1日半で作り、大野部長の確認を経て経営企画に出した試算メモです。物語のとおり、第1版では「続けた場合」は参考の1行に縮めていますが、ここではハルカが最初に作った「続けた場合」の列(第0版)も併せて掲載します。数字はすべて架空の概算です。実在の会社の文書ではありません。
閉店を検討している郊外の二店舗 会計影響の整理(第1版)
1 前提
- ① 閉店の想定日:2027年6月末(経営会議で12月上旬に決定した場合)
- ② 解約の予告:6か月前。経営会議の決定後、貸主との協議と従業員への説明を経て、解約の通知は2027年3月末に出す想定。このため契約の終了は2027年9月末となり、閉店後3か月分の賃料が残る(12月に決めてすぐ通知できれば、この賃料は生じない)
- ③ 現行のリース会計(2027年3月期まで)では、店舗の賃料は賃借料として費用処理している。新リース会計基準は2027年4月1日の期首から適用する予定
- ④ 減損のグルーピングは店舗単位(当社の方針)。店舗の営業損益は、減価償却費と、合理的に配分した本部費などの間接費を含む「営業活動から生ずる損益」
- ⑤ 金額は百万円単位の概算(架空)
- ⑥ 表の〔損益〕〔貸借対照表〕〔将来の支出〕は、主にどこに影響するかの区分(計上の時期は各欄の注意による)
2 二店舗の現状
| 項目 | A店 | B店 |
|---|---|---|
| 年間賃料 | 36百万円 | 24百万円 |
| 造作等の帳簿価額(2026年9月末) | 42百万円 | 26百万円 |
| 原状回復の見積り(資産除去債務の計上額) | 13百万円 | 8百万円 |
| 店舗の営業損益 前期 | ▲8百万円 | 3百万円 |
| 店舗の営業損益 今期見込み | ▲12百万円 | ▲4百万円 |
| 造作の覚書 | 中途解約時は造作を残せば原状回復を免除(確認中) | 原状回復あり |
3 閉店した場合に生じる会計処理
| 項目 | A店 | B店 |
|---|---|---|
| 造作等の減損〔損益〕閉店の決定は減損の兆候に当たる。金額は、減損を認識すると仮定した場合の試算額で、閉店日までの使用によるキャッシュ・フローと処分価値から仮定した回収可能価額(A店約7百万円・B店約6百万円。回収可能価額は、正味売却価額と使用価値=将来キャッシュ・フローの現在価値のいずれか高い方として仮定)を帳簿価額から差し引いた概算で、認識の判定・測定は未了。使う期間が短くなるので、残存耐用年数と減価償却の見直しも検討する | 約35百万円 | 約20百万円 |
| 原状回復の見直し〔貸借対照表〕見積りの変更は、資産除去債務と関連する造作等の帳簿価額に加減するのが原則。13百万円がそのまま利益になるとは限らず、損益への影響は別途検討する。A店は覚書の免除条項と貸主の意向を確認してから | 資産除去債務が最大13百万円減る可能性(免除の場合) | 約1百万円の追加 |
| 解約予告期間の賃料〔将来の支出〕解約の通知を2027年3月末に出す前提で、閉店後に残る3か月分の賃料。将来の支払額の試算で、決定した時点で全額を費用にするとは限らない。現行基準での引当ての要否と、新リース適用後のリース負債・使用権資産との関係を確認する | 約9百万円 | 約6百万円 |
| 閉店の費用(撤去・移設・人員配置)〔将来の支出〕店舗の従業員の配置は人事部と検討(経理の試算外) | 別途 | 別途 |
| 新リースの期首(2027年4月)〔貸借対照表〕営業を終える日(6月末)と、契約上の使用権が終わる日(通知から6か月後)は同じではない。期首時点で、閉店の決定内容と解約の通知を踏まえてリース期間を評価する。決まるまでは仮の期間(普通借家の更新見込み)のまま | リース期間は契約の終了日(2027年9月末)まで | 同左 |
4 続けた場合(参考)
5 未確認の事項
- ① A店の覚書の原状回復免除の条件(中途解約の場合に限るか、造作を残す範囲、貸主の意向)
- ② 差入敷金の返還額と、原状回復費用との相殺の有無
- ③ 閉店後の造作等の処分見込額(居抜きの譲渡の可否)
- ④ 店舗の従業員の配置(人事部)
- ⑤ A店の資産除去債務の現在の計上額が、覚書の条件を踏まえて適切か(閉店の決定を待たずに確認)
- ⑥ 解約の通知の時期(貸主との協議と従業員への説明の順番)
この話に出てきた知識・前後の話
- 減損の兆候(営業損益の継続的なマイナス・閉店の意思決定)とグルーピング ── 減損会計ラボ ── 兆候・判定・測定をシミュレーションで
- 閉店・拠点の集約で動くリース期間の見直し ── ハルカの学習ノート ── 設例・契約変更・見直し編
- リース期間の「合理的に確実」と普通借家 ── ハルカの学習ノート ── 設例・リース期間編
- 適用初年度(期首)の経過措置 ── ハルカの学習ノート ── 設例・サブリース・経過措置編
- 判断基準書・論点整理(会計方針の文書化) ── 会計方針書ジェネレーターβ
前の話:第3話|決めたことと、聞くこと / 次の話:第5話(近日) / 記録ページ(年表・会社のいま・話数一覧) / ハルカの学習ノート(リース会計ラボの章)
この物語は、上場企業の経理財務部の実務をモデルにしたフィクションです。登場する会社・人物・団体は架空のもので、特定の監査法人・企業・製品の手続や見解を描くものではありません。会計・税務の記述は公認会計士・税理士が監修しています。製品名・サービス名は本文に出てきません。
