MENU

経理財務部の物語 第10話(10月18日)|手帳に書けたのは、十三行

経理財務部の物語第10話2026年10月18日(日)・駅裏の喫茶店・自社の店・部長の部屋次:第11話(近日)
この話の中心大野部長登場大野部長・喫茶店のマスター(部長が若い頃から通う店)前の話第9話(10月17日)|数字の前に、モノがある
舞台の会社について(開く)
架空の製造小売。グロース上場・3月決算・子会社3社。店舗68・賃貸借契約80件・経理財務部8人。来期(2028年3月期)から新リース会計基準が強制適用になる。年表・会社のいま・話数一覧は 経理財務部の記録 に。会計の知識は各話の末尾「この話に出てきた知識」からラボと学習ノートへ。
PART 1物語
1

日曜の朝手帳に仕事は書かない日

手帳10月18日、日曜の朝8時。駅裏の喫茶店のカウンター。

2026年10月18日、日曜。
朝8時。
駅裏の喫茶店は、開いたばかりだった。

大野部長がこの店に通い始めたのは、入社した年の秋だった。
カウンターの端の席と、ブレンドとトースト。
二十年近く、ほとんど変わっていない。

日曜:手帳に仕事は書かない
マスター
おはよう、大野くん。
今日は早いね。
大野部長
おはようございます。
明日から少し忙しくなるので、
今日はゆっくりしておこうと思って。
マスター
ゆっくりする人は、そんな顔で手帳を開かないよ。
大野部長
開いただけです。
書きませんよ。
日曜は、仕事を書かない日なので。
マスター
はいはい。
ほら、先週の続き。

マスターは、カウンターの下から将棋盤を出す前に、部長の鞄の横に置かれた紙袋を見た。先週も、同じ店の袋だった。

マスター
また同じ色のハンカチを買ったのかい。
先週も持ってただろう。
大野部長
……店に行くと、つい一枚買ってしまうんです。
家に、同じ色が三枚あります。
マスター
買い物は下手なのに、将棋は粘るんだよな。

マスターが、カウンターの下から将棋盤を出した。日曜の朝、客が少ない時間だけの、二人の詰将棋。

日曜の朝の、詰将棋。
大野部長
……これ、先週も解けなかったやつですよね。
マスター
そう。
大野くんは、いつも最初の一手で考え込む。
決めるのは早いのに、決めたあと長いんだ。
大野部長
心の声
会社でも、同じことを言われる気がする。
大野部長
ここ、金を打つんじゃないですか。
マスター
ほう。
で、その次は。
大野部長
……その次は、相手が逃げる先を、
全部見ないといけないですね。
マスター
そう。
一人で指してると、自分の読みたい手しか読まないんだよ。
大野部長
心の声
自分の読みたい手しか、読まない。
2

喫茶店の三十年鼻の中にしかなかった焙煎

焙煎機わたしの鼻の中にしかなかった「任せるまでに、五年かかった」
9時を過ぎて、常連が二人入ってきた。マスターは盤を片づけ、コーヒーを淹れ直した。
マスター
この店、来年で三十年なんだよ。
大野部長
もうそんなに。
私が通い始めたときは、まだ十年目くらいでしたね。
マスター
最初の頃は、豆の焙煎も、レジも、帳面も、
全部わたし一人だった。
大野部長
今は、お嬢さんが焙煎をされているんですよね。
マスター
そう。
任せるまでに五年かかった。
わたしの焙煎は、わたしの鼻の中にしかなかったから。
大野部長
……鼻の中、ですか。
マスター
何度で何分、なんて書いたことがない。
書こうとしたら、自分でも半分しか言葉にならなかった。
大野部長
心の声
自分でも、半分しか言葉にならなかった。
マスター
だから、横で一緒に焼いた。
最初は焦がしてばかりで、
わたしが黙って焼き直したこともある。
大野部長
黙って焼き直すのは、楽ですからね。
マスター
楽だよ。
でも、それをやってるうちは、
あの子はいつまでもわたしの横にいるだけだった。
大野部長
……任せてから、お店は変わりましたか。
マスター
豆の味が変わった。
それから、わたしが休める日ができた。
三十年で初めてだよ。

部長は、少し冷めたコーヒーを飲んだ。今日の豆は、いつもより少し深い色をしていた。

マスター
これ、あの子の焙煎。
わたしより、少し苦い。
大野部長
……おいしいです。
少し苦いけど。
3

自社の店「やってみて。横で見てるから」

新人先輩「やってみて。横で見てるから」午後2時。月に一度、日曜に客として自社の店を見る。
午後2時。部長は、駅前の自社の店に入った。月に一度、日曜に客として店を見る。それも二十年近く続いている習慣だった。

店員は、部長の顔を知らない。「いらっしゃいませ」と言われて、部長は棚の間をゆっくり歩いた。

大野部長
心の声
この店の契約は、たしか更新が二回。
先週ハルカさんたちが読み合わせた中に、入っていたはずだ。
大野部長
心の声
……いや、今日は考えない。

レジでは、新人らしい店員が、先輩に教わりながら会計をしていた。先輩は最初、横から手を伸ばしかけて、止めた。

「やってみて。横で見てるから」。新人は、ゆっくり、二回確かめてからボタンを押した。後ろに、客が二人並んだ。

大野部長
心の声
先輩がやれば、十秒で終わる。
並んだお客さんに、
先輩は「少々お待ちください」と頭を下げた。
大野部長
心の声
私は、あの十秒を、何年も自分で取ってきた。

部長は、結局ハンカチを一枚買った。四枚目。レジを打ったのは、新人の方だった。「ありがとうございました」の声が、少し大きすぎた。

大野部長
心の声
待った二人のお客さんは、怒っていなかった。
……待たせるかどうかは、店員が決めることじゃなくて、
店が決めることなんだな。
4

夕方の手帳記憶で書けたのは、十三行

「調」の列の理由13 / 20夕方5時。記憶で書けたのは、十三行。
夕方5時。部屋に戻ると、部長は手帳を開いた。日曜は書かない、と決めているページだった。
大野部長
心の声
一行だけ。
……いや、思い出せるだけ。

連結の精算表のファイルは、会社にしかない。部長は記憶だけで、「調」の列を上から書き出した。相殺消去とは別に、連結上必要な修正仕訳を反映する列。その一つひとつについて、理由を記したメモはなかった。

大野部長
心の声
物流の棚卸の締め日のずれ、海外の為替の端数が三つ、
製造子会社の科目の読み替え、前期の修正の名残……。

十行目までは、すぐに出た。十一、十二、十三行目は、少し時間がかかった。

十四行目で、ペンが止まった。

大野部長
心の声
……ここに何か、あったはずだ。
金額は覚えている。
理由が、出てこない。
大野部長
心の声
「私が覚えている」と、私は言うつもりだった。
でも、記憶の中にも、全部はない。

時計が6時を過ぎた。部長は、残りの七行を思い出そうとして、何度か手帳を見直した。

大野部長
心の声
明日の朝、一時間早く行って、
画面を見ながら全部の理由を書いておこうか。
そうすれば、きれいな表を見せられる。
大野部長
心の声
……マスターは、黙って焼き直すのは楽だと言っていた。
大野部長
心の声
きれいにしてから見せたら、それは、
見せたことにならない。

部長は、十三行の下に、線を一本引いた。その下は、空けたままにした。

そして、ページの一番下に、仕事ではない一行を書いた。日曜に書いてよい、唯一の種類の行だった。

手帳の一番下の一行。「一人で指していると、読みたい手しか読まない」。

結び

日曜日の終わり整えないまま、明日見せる

手帳きれいにしてから見せたら、見せたことにならない明日、10月19日。中間連結の締めが始まる。

日曜日が終わる。
手帳には、日曜に書かないはずの十三行と、一本の線があった。

手帳は、明日、会社には持っていかない。
理由は、明日、画面を見ながら自分で書く。
ハルカには横で見てもらう。
分からないところがあれば、止めてもらう。
思い出せない行は、思い出せないと言う。

日曜の一番下の一行だけは、仕事の行ではないので、残しておく。
来週の日曜にも、たぶん一行書く。

「調」の列:記憶で書けた理由 13行/20行。残り7行は、画面を見ながら明日
手帳の一行(10月18日・日):一人で指していると、読みたい手しか読まない

一人で指していると、読みたい手しか読まない。
きれいにしてから見せたら、それは、見せたことにならない。

明日、10月19日。
中間連結の締めが始まる。

次の話へ持ち越したこと
  • 中間連結の締め(10月19日〜) ── 部長は精算表を整えないまま、ハルカの横で開く
  • 「調」の列 ── 二十行ほど。理由は書いていない。部長の記憶で書けたのは十三行(手帳は会社に持っていかない)
  • 連結の二人目 ── 「未定」。ハルカは子会社1社分の連結パッケージの確認から(第8話の分担どおり)。精算表を見せる一歩は、明日
  • 読み取りの残り件数の確認は10月23日(金)。期限は11月中旬のまま
第10話 おわり次の話:第11話(近日)
学び

この話の学びと、マスターの言葉

大野部長の反省と学び
1自分の記憶の中にも、全部はない
「理由は私が覚えている」は、思い出せる範囲でしか本当ではなかった。何年も一人で持っていた仕事は、本人の中でも少しずつ消えていく
2黙って直すのは、楽だ
自分がやれば早い。でも、黙って直しているうちは、横にいる人はいつまでも横にいるだけ。待たせるかどうかは、任された人ではなく、任せる側が決める
3整えてから見せない
見せる前に一人で整えたくなる。それをやると、相手は「整った表」しか知らないまま引き継ぐことになる。説明できない行も、そのまま見せる
マスターの言葉(駅裏の喫茶店から)
1一人で指してると、読みたい手しか読まない
詰将棋は、相手が逃げる先を全部見ないと解けない。一人で考えていると、自分に都合のいい手ばかり読んでしまう
2わたしの焙煎は、わたしの鼻の中にしかなかった
書こうとしたら、自分でも半分しか言葉にならなかった。だから、横で一緒に焼いた。任せるまでに五年
3任せてから、休める日ができた
豆の味が変わり、三十年で初めて店主が休める日ができた。任せた人の仕事は自分と少し違う。違うことと、間違っていることは別
PART 2学ぶ世界へ・前後の話
→

この話に出てきた知識・前後の話

この話に出てきた知識(学ぶ世界へ)
経理財務部の物語|第10話|2026年10月18日(日)
前の話:第9話(10月17日)|数字の前に、モノがある / 次の話:第11話(近日) / 記録ページ(年表・会社のいま・話数一覧) / ハルカの学習ノート(リース会計ラボの章)

この物語は、上場企業の経理財務部の実務をモデルにしたフィクションです。登場する会社・人物・団体は架空のもので、特定の監査法人・企業・製品の手続や見解を描くものではありません。会計・税務の記述は公認会計士・税理士が監修しています。製品名・サービス名は本文に出てきません。

このテーマで、まだ知りたいことはありませんか?
他社事例、自社の場合の迷い、追加で見たいデータなどを教えてください。多くの実務家に共通する課題は、データ・記事・ツールの形で調査し公開します。
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

TaxJudge編集部|公認会計士・税理士(実務25年)による企画・監修。会計基準・税法・裁決・有価証券報告書などの一次情報をもとに、検索できるデータベースと計算・判定・文書作成ツールを制作しています。