お礼一枚の回付票でも、書く側には一枚じゃない
2026年10月14日、水曜。
始業の15分前、大野部長とハルカは店舗開発部の島に立っていた。
部長のスマートフォンには、昨夜のメールへの返事が、今朝早く届いていた。
資料は一枚のままとし、参考の行は戻しません。代わりに、経営会議の想定問答の案に、A店の減損の兆候の検討を一行入れておきます。
覚書を、約束より早く届けてもらったお礼を言いに来ました。
わざわざ、部長さんまで。
経理に聞いても、答えられないことはあるって。
……まあ、そういうこともありますよね。
担当は、それ以上は聞かなかった。昨日より、声が少しだけ柔らかかった。
部長から回ってきた回付票の案です。
結んだら5営業日以内に、これを全部書くんですか。
でも、更新が重なる月は、
うちの担当は二人しかいないんです。
金曜の部会で、項目を減らせないか見直します。
写しが来れば、経理で読める項目もありますから。
一枚の回付票でも、書く側には一枚じゃない。
作れるからExcelで作れます、と言ったハルカに
想定問答には入った。
ただ、聞かれなかったときにどう伝えるかは、
まだ決まっていない。
資料に戻らなかったのは、残念ですけど。
新リースの台帳を、Excelで作るか、
システムを入れるか。
「要件を書いてから決める」と約束したのを、
そろそろ果たさないといけない。
ラボで設例を解きながら、現在価値の計算も、
月ごとの利息と償却も、一通り組んでみました。
ハルカさんなら作れると思う。
私が休むと、決算が止まる。
同じ形のものを、
ハルカさんの名前でもう一つ作ることになる。
設定できる人がいなければ同じじゃないですか。
情報システムの担当は、総務と兼務で一人ですし。
信用されていない、とまでは思わない。
でも、「作れます」が心配の種になるとは思わなかった。
その前に、台帳に何をさせたいか、
ハルカさんの言葉で書いてみてくれないかな。
製品の名前は一つも出さずに。
書いてみます。
要件を書く製品の名前を一つも出さずに
最初は、契約を登録すること。
回付票の項目が、そのまま入力の項目になる。
昨日の回付票は、台帳の入口でもあったんだ。
次に、当初の測定。
リース料を割引率で現在価値にして、
使用権資産とリース負債を計上する。
それから毎月の利息と償却、支払いの仕訳。
ここまでは、Excelでできる。
問題は、そのあと。
解約の通知が出たり、更新の見込みが変わったりしたら、
リース期間を見直して再測定する。
前にラボでやった、あの見直しだ。
A店も、
閉店の方針が具体化してリース期間の判断が変われば、
見直しになるかもしれない。
見直すたびに、前の計算をどこに残すのか。
誰が、いつ、何を変えたのかを、監査法人に見せられるのか。
それに、期首の残高。
経過措置のどの方法を使うかで、
2027年4月の最初の数字が変わる。
子会社3社の契約も、連結では一つに集めないといけない。
書き出した項目の横に、ハルカは「Excelでできるか」の欄を足した。○が並んだのは、最初の数行だけだった。
作れる、と言ったのは、
最初の数行のことだったのかもしれない。
学習室期首をどう迎えるか、2年目以降をどう回すか
製品の名前が一つもないのが、いいと思います。
いっそ伺ってしまいますが、Excelとシステムの、
どちらがいいでしょうか。
ただ、一つ伺ってもいいですか。
なければ困るものはどれでしょう。
期首を迎えたあと、2年目に要るものと、
混ざっていませんか。
再測定の履歴や、
承認の記録は……期首の翌月からは要りますけど。
期首をどう迎えるかと、
2年目以降をどう回すか。
同じ台帳の話でも、問いが二つあるんです。
初年度の決算から要ります。
要ることと、仕組みにすることは、別です。
初年度は手作業で満たして、2年目に仕組みにする、
という分け方もあります。
2年目にシステムにするもの……三つに分けてみます。
1年回しながら要件を固め、
2年目からシステムに移したところもあります。
最初からシステムで迎えて、
期首の残高の検証に追われたところもあります。
Excelなら、
作った人しか分からない表にしない工夫が要ります。
システムなら、情報システムの方のお時間も含めて、
半年で設定と検証を終えられるかです。
もう一人が同じように触れるようにする……ということですか。
ただ、社長がこの話を聞いたら、たぶん「その表が壊れたら、
誰が直すのか」と聞くでしょうね。
部長が、小さく笑った。連結の表のことを、何度も聞かれてきた質問だった。
この一覧をもとに、
何をさせたいかを先に文書で渡してください。
ただ、要件を持たずに画面を見ると、
画面に要件を合わせてしまうことが多いんです。
手帳の一行期首はExcel、二人で作る
学習室を出たエレベーターの中で、部長が言った。
「期首は、Excelを基本に台帳を一本にする方向で進めよう。
作るのはハルカさん。
ただし、もう一人の部員と必ず二人で作る。
まず代表的な契約で、計算から再測定まで試してみる。
監査法人とも話したうえで、11月中に決めよう。
並行して、今の会計システムの会社と、リース管理の専用サービスの会社。
その2社にこの要件を文書にして送って、比べる」
ハルカは、うなずいた。
うなずいてから、それが自分の仕事を二重にする方向だと気づいた。
期首までにExcelの台帳を作り、2年目にはそれを別の仕組みへ移すことになるかもしれない。
部長は手帳を開き、九月に書いたページに、一行を足した。
作れる人が一人なら、それはまだ仕組みではない。
二人目に渡せたとき、台帳になる。
- 新リース台帳の要件書(第0版) ── 金曜の部会で説明。期首までに構築/初年度から手作業で/2年目以降にシステム化、の三つに仕分け
- システム会社2社(会計システムの追加と、リース管理の専用サービス) ── 秘密保持契約のうえ10月末に要件を送付、12月に提案書。要件を持ってから画面を見る
- 予算 ── 11月下旬の予算編成に、システムの概算を入れるかどうか
- Excelの台帳 ── ハルカともう一人の部員で作る(誰にするかは部会で)。代表的な契約で計算から再測定まで試作し、10月下旬の事前相談で監査法人にも話して、11月中に決める
- 回付票 ── 店舗開発部の担当から「項目が多い」。金曜の部会で見直し
- 経営会議(12月上旬) ── 参考の行は資料に戻らず、想定問答に一行。聞かれなかったときにどう伝えるかは、部長の宿題
この話の、二人の反省と学び
新リース台帳の要件書(第0版)全文ハルカが製品の名前を出さずに書いた要件
この物語の会社(架空)で、ハルカが製品の名前を一つも出さずに書いた、新リースの台帳の要件書です。先生の問いを受けて、「要ること」と「仕組みにする時期」を分け、要件を三つに仕分けています。実在の会社の文書ではありません。ひな形として使うときは、契約の数・子会社の数・会計システムの構成・人手に合わせて変えてください。
新リース台帳の要件書 第0版
1 前提
- ① 新しいリース会計基準を、2027年4月1日に始まる事業年度の期首から適用する予定
- ② 対象:店舗等の賃貸借契約80件(概数)、倉庫・委託・機器等(回付ルールで把握中)、子会社3社の契約
- ③ 契約の入口は「店舗等の契約書の写しの回付ルール(案)」。回付票の項目を、台帳の入力項目の基本とする
- ④ 会計システムはパッケージ、固定資産台帳は別システム。仕訳は現在、手で連携している
- ⑤ 情報システム担当は1人(総務と兼務)。経理財務部は8人
2 業務の流れ(5段)
| 段 | 何をする | 誰が |
|---|---|---|
| ① 契約の入口 | 契約の写しと回付票を受け取り、リースを含むかを判定する | 店舗開発部ほか → 経理財務部 |
| ② 台帳 | 契約ごとにリース期間・リース料・割引率などを登録し、変更の履歴を残す | 経理財務部 |
| ③ 計算 | 当初測定、月次の利息・償却、見直し時の再測定 | 経理財務部 |
| ④ 仕訳 | 会計システム・固定資産台帳に計上する | 経理財務部 |
| ⑤ 注記・連結 | 注記の集計、子会社の契約の集約、税務との差異の集計 | 経理財務部(子会社と連携) |
3 要件の一覧
B:適用初年度から必要。当面はExcelや手作業の手続で満たし、2年目以降に仕組みにする
C:2年目以降にシステム化・効率化するもの(初年度は手入力などで対応)
| No | 要件と区分 | Excel | 補足 |
|---|---|---|---|
| 1 | 契約の登録(回付票の項目の取り込み) A:期首までに構築・確認 | ○ | 入力の担当と、入力後の確認者を分ける |
| 2 | リースを含むか・短期・少額の判定結果の記録 A:期首までに構築・確認 | ○ | 判定は判断基準書による。台帳には結果と理由を残す |
| 3 | 当初測定(リース料の現在価値、使用権資産・リース負債) A:期首までに構築・確認 | ○ | 割引率の根拠を契約ごとに記録 |
| 4 | 月次の利息・償却・支払いの計算と仕訳データ A:期首までに構築・確認 | ○ | 当面は会計システムへ手入力 |
| 5 | 適用初年度の期首残高の計算 A:期首までに構築・確認 | △ | 判断基準書で選んだ経過措置の方法による。監査法人と事前に確認 |
| 6 | リース期間・リース料の見直しと再測定、契約変更の処理 A:期首までに構築・確認 | △ | 閉店・集約の方針が具体化してリース期間の判断が変われば、期首直後から発生しうる。前の計算を残す |
| 7 | 変更の履歴と承認の記録(誰が・いつ・何を) B:初年度から必要(手作業で代替) | × | 初年度から必要。Excelでは変更履歴のシートと承認の記録(押印・メール)で代替し、システム化はC |
| 8 | 子会社3社の契約の集約 B:初年度から必要(手作業で代替) | △ | 連結の初年度から必要。当面は各社の表を共通の様式で回収して集計し、システム化はC |
| 9 | 注記に必要な集計(資産の種類別の使用権資産、リース負債の返済予定など) A:期首までに構築・確認 | △ | 最初の注記は2028年3月期。期首から集計できる形でデータを残す |
| 10 | 税務上の取扱いとの差異の集計(申告調整) B:初年度から必要(手作業で代替) | △ | 初年度の申告と税効果の検討から必要。取扱いは税務担当と確認する |
| 11 | 会計システム・固定資産台帳との連携(仕訳の手入力をなくす) C:2年目以降にシステム化 | × | 情報システム担当の工数を見積もる |
| 12 | 入力・承認の権限の管理 B:初年度から必要(手作業で代替) | × | 初年度から必要。Excelではファイルの保存場所・アクセス権と、入力者と確認者の分離で代替 |
Excel:○=Excelで対応できる/△=工夫すればできるが手間と誤りの余地が大きい/×=Excelでは代替の手続が要る
4 進め方
- ① 10月16日(金) 部会で第0版を説明し、要件の過不足と、Excelの台帳を一緒に作る部員を決める
- ② 10月末 秘密保持契約を結び、要件を提案依頼の形に整えて、システム会社2社(今の会計システムの会社=追加の形/リース管理の専用サービスの会社)に送る。デモは要件を送ったあとに受ける
- ③ 11月下旬 予算編成に、システムの概算(導入費・年間費用・社内の工数)を入れるかを判断する
- ④ 12月 システム会社2社の提案書を受け取り、この要件書の区分ごとに比べる
- ⑤ 10月下旬〜11月 代表的な契約(店舗・倉庫・子会社の数件)で、Excelの計算から再測定まで試作する。10月下旬の事前相談で監査法人にも進め方を話し、11月中に期首をExcelで迎えるかを決める
- ⑥ 期首(2027年4月) 決めた方法で台帳を一本にして迎える。作成は二人。手順書を残す
5 未決事項
- ① Excelの台帳を一緒に作る部員(部会で決める)
- ② 経過措置の方法(判断基準書で決め、監査法人との事前相談で確認)
- ③ 店舗開発部の表との関係(回付票の項目を減らす場合、経理が写しから読み取る項目が増える)
- ④ システムを入れる場合、移行の時期(2年目の期首か、期中か)と、Excelの台帳からの移し方
- ⑤ 情報システム担当の工数(総務と兼務の1人)
この話に出てきた知識・前後の話
- 使用権資産とリース負債の当初測定(現在価値・割引率) ── リース会計ラボ(図解・設例・シミュレーション)
- リース期間の見直しと再測定・契約変更 ── ハルカの学習ノート ── 設例・契約変更・見直し編
- 適用初年度(期首)の経過措置 ── ハルカの学習ノート ── 設例・サブリース・経過措置編
- 判断基準書(割引率・短期・少額の取扱い) ── 会計方針書ジェネレーターβ
- 80件の判断を組織でそろえる(リース期間の判断基準・役割分担) ── リース会計ラボ【部長編①】80件のリース期間を、担当ごとにばらつかせない
前の話:第5話(10月13日)|原本は、誰のものか / 次の話:第7話(10月15日)|二人で読む / 記録ページ(年表・会社のいま・話数一覧) / ハルカの学習ノート(リース会計ラボの章)
この物語は、上場企業の経理財務部の実務をモデルにしたフィクションです。登場する会社・人物・団体は架空のもので、特定の監査法人・企業・製品の手続や見解を描くものではありません。会計・税務の記述は公認会計士・税理士が監修しています。製品名・サービス名は本文に出てきません。
