舞台の会社について(開く)
水曜の朝1,250万円は、棚にあった
2026年10月21日、水曜。
中間連結の締めの三日目。
朝8時、部長とハルカは、郊外にあるEC・物流子会社の倉庫へ向かう電車に乗っていた。
ハルカのスマートフォンには、昨夜遅くに届いたメールが開いてあった。
12品番で、棚札の「個」の欄に、ケース(箱)の数が書かれていました。9月30日の棚卸票と照らし、10月に入った分と出た分を戻して9月末の数にすると、1,250万円分は棚にありました。
残りの750万円は、まだ分かりません。明日、倉庫でお待ちしています。
2,000万円のうち、
1,250万円は9月末にも棚にあった。
モノは、なくなっていなかった。
半分以上は、数え方だったんですね。
棚札に「個」と書いてあっても、箱が積んであると、
箱の数を書きたくなる。
数えた人が悪いというより、紙の作りの問題だね。
全部「個」で数えることにすればよかったんでしょうか。
倉庫の人には大変なんだ。
だから箱で数えるのは悪くない。
返品がどこに届いて、いつ帳簿に入って、いつ棚に戻るのか。
グループの棚卸のやり方を決めるときにね。
それからは、ほとんど行っていない。
棚卸のやり方を決めたのは、部長。
だったら今日は、
部長にとっても答え合わせの日なのかもしれない。
でも、精算表の前に座っていても、
この750万円は分からない。
昨日、待つだけではないと言ったからね。
電車は川を渡った。窓の外の建物が、少しずつ低くなっていった。
倉庫の二階数えなかった一角
倉庫の責任者は、9月30日の棚卸では、この一角は数えていないと言った。
倉庫の責任者は、柱に貼られた紙を指さした。「実地棚卸の実施要領(グループ共通)」。その中の一行に、赤い線が引いてあった。
3 数えない品
(1)外部から預かっている品(当社の在庫でないもの)は、数えない。
(2)検品前の品(店舗・ECからの返品を含む)は、数えない。
(3)廃棄が決まった品は、数えない。廃棄の記録と照らす。
検品前の返品は、売れるかどうかまだ分からない。
だから数えない、と書いた。
帳簿には入れたまま、数えない。
その穴を、私は書かなかった。
倉庫の責任者が、指で順に示した。店とECから届いた返品は、一階で受け取る。受け取った時点で、システムの在庫に入る。そのあと二階に上げて、検品を待つ。
検品が済んだ品は売場用の棚へ、傷んだ品は廃棄の置き場へ。9月の終わりは返品が多く、検品待ちは二週間近くたまっていた。
受け取った時に、帳簿に入る。
検品を待つ二週間は、帳簿にはあって、棚卸では数えない。
経理担当が、受領の記録を開いた。記録の上では、9月30日の時点でこの一角にあったはずの返品は450万円。ただ、それはまだ記録から見た金額だった。
9月30日の数にはなりませんよね。
10月に入ってからも、返品は届いているはずです。
今日数えた数から、10月に届いた分を引いて、
検品して棚に戻した分を足し戻す。
それで9月末の数にする。
戻した計算も、一緒に残してもらおう。
450万円と言えるのは、それが済んでからだね。
数字の前に、モノがある。
そしてモノの前に、モノを数える決まりがある。
昼の休憩室300万円は、誰が決めるのか
正午。
倉庫の休憩室で、弁当を食べ終えたころ、物流子会社の経理担当がノートを開いた。
残りの300万円は、破損や廃棄の記録を探しているが、まだ見つからない。
中間の締めに間に合わせたいので、扱いは親会社で決めてほしい。
経理担当は、そう言った。
決めてほしい。
部長が一言言えば、今日のうちに終わる。
部長は、すぐには答えなかった。湯のみを置いて、しばらく窓の外のトラックを見ていた。
部長は、決めたいんだと思う。
自分の一行のせいで、今日ここまで来てもらったのだから。
それから部長は、経理担当の方を向いた。
処理の案を出してください。
うちが先に決めてしまうと、次の棚卸でも、
うちが決めることになります。
連結の数字に責任を持つのは、うちですから。
まず破損と廃棄の記録、次に9月末の前後の出荷の記録です。
数えた結果が正しいと確かめられて、
なお300万円足りないなら、
そちらの決算で棚卸減耗として処理しましょう。
数量の確かさは、最後まで確かめてください。
経理担当は少し考えてから、うなずいた。パッケージの出し直しは、来週の月曜になる。
決めてしまった方が、今日は早かったですよね。
でも私が決めたら、私の書いた要領の穴まで、
私の中で片づけてしまいそうだった。
決まりを直すのは、決まりを書いた人。
今日は、それを分けたかったんだ。
減耗ではないよ。
子会社が棚卸表を訂正する。
1,250万円はもう確かめが済んだ。
根拠の記録も、全部残してもらおう。
夕方の本社決まりを書いた人の宿題
一つは、数えない品も別に数えて、記録すること。
二つ目は、数える単位を、ケースと個数で分けて書くこと。
差が出たら、原因ごとの内訳を付けて報告すること。
今回、内訳があったから話が早かった。
今日の返品置き場は、倉庫の配置図に載っていませんでした。
部長は、キーボードから手を離した。
範囲を、言葉だけで決めていた。
9月末への戻し方もです。
戻した計算を残す、まで書こう。
直すのは、五か所だ。
部長の書いた決まりに、私が二行。
倉庫と店の事情は、会社ごとに違う。
部会と各社で確かめて、3月の期末の棚卸から使いたい。
正式な改訂は3月に間に合わせよう。
次に数えるときから暫定の取扱いとして、
私から各社に通知しよう。
3月まで待つ理由はないからね。
固定資産担当が、印刷した案を横からのぞいた。
うちの固定資産の現物確認も、どこを見て回るかは、
担当の頭の中にしかないんですよね。
数えない場所、見て回らない場所は、
決めた人にしか見えない。
現物確認の回り方までは書き出していないんですよね。
年内に、書き出してみます。
今日の分は、ハルカさんの整理表に書いておいてくれるかな。
300万円は、「分からなかったこと」の欄に書きます。
整理表物流の行を、三つに分ける
夜7時。
ハルカは、整理表の物流の行を三つに分けた。
1,250万円は、9月末にも棚にあった。
450万円は、9月末の数に戻す確かめが残っている。
残りの300万円は、その確かめ次第で動く暫定の金額で、原因はまだどこにも見つかっていない。
部長の机には、第2版(案)の表紙が置いてあった。
作成の欄には部長の名前。
確認の欄は、まだ空いていた。
数えなかった棚の答えは、決まりを書いた人の机の上にあった。
- EC・物流子会社の棚卸差異2,000万円 ── 1,250万円(ケースと個数の記入違い)は9月末にも棚にあったと確認済み。450万円(返品置き場の検品前の品の数え漏れ)は受払の記録で9月末の数に戻して確認中。確かめられた分は子会社が棚卸表を訂正する
- 原因不明の300万円(450万円が確かめられた場合の残り・暫定) ── 破損・廃棄の記録、出荷の記録の順に、子会社が10月23日(金)までに確かめる。数えた結果が正しいと確かめられ、なお足りなければ子会社の決算で棚卸減耗(処理の案は子会社が出し、連結に入れる前に親会社が根拠を確認)。パッケージの出し直しは10月26日(月)
- 実地棚卸の実施要領(グループ共通)── 部長が第2版(案)を作成。部会と各社の確認の前。正式な適用は3月の期末の棚卸から。数え漏れ・単位・廃棄予定品の扱いは、次に数えるときから暫定の取扱いとして部長が各社に通知
- 製造子会社のパッケージの再送 ── 10月22日(木)の午前
- 読み取りの残り件数 ── 10月23日(金)に確認
この話の、二人の反省と学び
実地棚卸の実施要領(グループ共通)第2版(案)全文三日目の夕方、部長が書いた改訂案
この物語の会社(架空)で、9月末の棚卸差異を倉庫で追った日の夕方に、大野部長が書いた実施要領の改訂案です。第1版にあった「検品前の品は数えない」という一行が、帳簿に入っている返品を棚卸の範囲から外していたことから、数える範囲・数える単位・数えない品の記録・差の報告を書き直しました。実在の会社の文書ではありません。倉庫や店舗の事情は会社ごとに違うので、ひな形として使うときは自社の業務に合わせてください。
実地棚卸の実施要領(グループ共通) 第2版(案)
1 目的
- 決算日の在庫の数量を実際に確かめ、帳簿の在庫と照らし合わせる。差があれば原因を調べ、各社の帳簿を正しい数字にする。
2 数える範囲
- (1)各社の倉庫・店舗・外部の預け先にある、自社の在庫をすべて数える。
- (2)倉庫ごとに配置図を作り、数える場所を図で決める。返品置き場・検品待ち・保留品・出荷待ちの置き場も、必ず図に載せる。改訂
- (3)配置図は、実地棚卸の1週間前までに、各社の経理が倉庫の責任者と確かめる。新設
3 数える単位
- (1)原則として「個」で数える。
- (2)ケース(箱)で数えるときは、記入欄を「ケース数」「1ケースの入数」「バラ個数」「合計個数」の四つに分ける。合計個数=ケース数×入数+バラ個数(例:10ケース×24個+5個=245個)。入数は棚札と集計表にあらかじめ印字し、帳簿と照らすのは合計個数で行う。改訂
- (3)入数の違う品が同じ棚にあるときは、品番ごとに棚札を分ける。
- (4)開封済みのケースは、ケース数に含めず、中の品を「バラ個数」の欄に書く。新設
4 数えない品と、別に数える品
- (1)外部から預かっている品(自社の在庫でないもの)は、自社の在庫とは区分して「預かり品」の欄に数量を記録し、預かり品の一覧と照らす。改訂
- (2)検品前の品(店舗・ECからの返品を含む)も数える。通常の在庫の欄ではなく「検品前」の欄に、別に記録する。返品がどの会社の在庫かは、受領の記録で確かめる。評価の要否は、検品の結果や返品の理由などをもとに、決算日時点で各社の経理が確かめる。検品が終わっていない場合も、入手できる情報に基づいて評価を検討する。数えることと評価することは分ける。改訂
- (3)廃棄予定品・不良品は、通常の在庫とは区分して数量を記録する。廃棄済みの品は、廃棄の記録と照らす。廃棄前の品については、帳簿への計上の状況と評価の要否を、各社の経理が確かめる。改訂
- (4)(1)〜(3)の品が、帳簿のどの時点で在庫に入り、いつ出るのかを、各社の経理が一覧にして棚卸の前に倉庫と共有する。新設
5 棚卸の日と決算日
- (1)当社グループでは、実地棚卸は原則として決算日に行う。決算日以外に行うとき、または差の調査のため後日数え直したときは、受払の記録で決算日の数に戻し、戻した計算を残す。新設
6 差の調べ方と報告
- (1)帳簿との差は、原因ごとの内訳(数え違い/数える範囲の漏れ/帳簿に入る時点の違い/破損・廃棄の記録漏れ/原因不明)を付けて、親会社の経理財務部に報告する。新設
- (2)原因の調査と処理の案づくりは、帳簿を持つ会社が行う。親会社の経理財務部は、確かめる順番と期限を一緒に決め、連結に入れる前に処理の案と根拠を確かめる。新設
- (3)原因が分かるまで、親会社の連結の作業で仮の数字を入れない。
- (4)期限までに原因が分からない差は、数えた結果の確かさ(数える範囲・単位・決算日への戻し)を確かめたうえで、なお残る不足を各社が自社の決算で処理する。処理の方法は、グループで統一した会計方針に従う。新設
7 役割
- 各倉庫・店舗の責任者:数える。配置図と棚札を整える。
- 各社の経理:帳簿と照らす。差の原因を調べ、自社の決算で処理する。
- 親会社の経理財務部:この要領の改訂。差の報告の取りまとめ。確かめる順番と期限の相談。連結に入れる前の処理の案と根拠の確認。
8 暫定の確認手順(第2版の正式な適用まで)
- 第2版の正式な適用までの間、第1版の「検品前の品は数えない」「廃棄が決まった品は数えない」という規定は、暫定的に取扱いを変更する(検品前の品・廃棄予定品も区分して数量を記録する)。あわせて、ケースで数えるときの記入欄(3(2))と、置き場の確認(2(2))を求める。新設
- この暫定の取扱いは、この案の8を根拠にするのではなく、親会社経理財務部が各社に通知し、次回の実地棚卸から適用する。新設
第1版との違い(9月末の棚卸で分かったこと)
| 項目 | 第1版 | 第2版(案) | 改訂の理由 |
|---|---|---|---|
| 数える範囲 | 「各社の倉庫・店舗の在庫を数える」(場所の決め方は書いていない) | 倉庫ごとの配置図で決める。返品置き場・検品待ちも図に載せる | 返品置き場が配置図に載っておらず、範囲から外れていた |
| 数える単位 | 書いていない | 個が原則。ケースで数えるときは「ケース数・入数・バラ個数・合計個数」の四欄(合計=ケース数×入数+バラ) | 12品番で、個の欄にケースの数が書かれていた(1,250万円) |
| 検品前の品 | 数えない | 数えて「検品前」の欄に別に記録する。どの会社の在庫か・評価の要否も確かめる | 帳簿には受領時に入っている返品を数えず、受領の記録の上では450万円の数え漏れ(9月末に戻して確認中) |
| 廃棄予定品・預かり品 | 廃棄が決まった品・預かり品は数えない | 区分して数量を記録する。廃棄前の品は計上の状況と評価の要否を確かめる | 「数えない品」を広げすぎると、残っている現物が見えなくなる |
| 数え直したとき | 書いていない | 受払の記録で決算日の数に戻し、計算を残す | 10月21日に数え直した数を、9月末の数に戻す必要があった |
| 差の報告 | 「差があれば経理に報告する」 | 原因ごとの内訳を付ける。調査と処理の案は帳簿を持つ会社、連結に入れる前に親会社が確認。数量の確かさを確かめたうえで、なお残る不足を各社の決算で処理 | 原因不明の300万円の扱いを、親会社で決めてほしいと頼まれた |
この話に出てきた知識・前後の話
- 実地棚卸と帳簿の在庫(数える単位・数える範囲) ── 棚卸資産ラボ【基礎編】
- 実地棚卸の結果と帳簿の差(棚卸減耗) ── 棚卸資産ラボ【応用編】
- 在庫の差を、仕組みで減らす ── 在庫責任とPDCA ── 棚卸資産ラボ【部長編①】
- 子会社の数字を、連結で仮に合わせない ── 内部取引消去ラボ【応用編】
前の話:第12話(10月20日)|誰の帳簿を、直すのか / 次の話:第14話(近日) / 記録ページ(年表・会社のいま・話数一覧) / ハルカの学習ノート
この物語は、上場企業の経理財務部の実務をモデルにしたフィクションです。登場する会社・人物・団体は架空のもので、特定の監査法人・企業・製品の手続や見解を描くものではありません。会計・税務の記述は公認会計士・税理士が監修しています。製品名・サービス名は本文に出てきません。数字はすべて架空です。
