舞台の会社について(開く)
金曜の朝整えないまま、見せる
2026年10月23日、金曜。
中間連結の締めの週、最後の日。
午前8時半、部長の机に、ハルカの写しが開いてあった。
昨夜のまま、何も整えていない形だった。
写しです。
……整えていません。
そのままで見せてくれて、ありがとう。
部長は、画面を右へ送っていった。会社ごとの修正の列。仕訳の種類の列。そして一番右、「未分類」の列に、850が一つだけ座っていた。
部長は、850のところで止まった。
昨日も、火曜も、止まった数字。
隠れる場所がない。
ここでは、一つしかない。
中間の確定は来週だ。
それまでに、この一つを空にしたい。
空にしたい。
消すのではなく、理由を見つけて動かしたい、
という意味だと思う。
それは変えないよ。
ただ、この「未分類」の列だけは、
今日の正の表にも足していいかな。
中間の途中で器は変えない、と……。
列を一つ足して、850をそこへ移すだけだ。
理由の分からない数字を、他の行と同じ列に置いておくのが、
今日は嫌になった。
部長はキャビネットから、前々期と前期の精算表のファイルを出してきた。背表紙の字は、どちらも部長のものだった。
午前前々期のファイル
前々期の、二十行目。
「監査法人指摘・未払」。
海外販売子会社の広告宣伝費の未払が漏れていると指摘された。
代理店の請求が翌々月に来る分だ。
連結側で未払を850足した。
それが、この行の始まりだね。
部長は、前々期の監査法人からの指摘事項一覧を引き出しから出した。一枚目に、その行があった。
No.3 海外販売子会社 広告宣伝費の未払計上漏れ
内容:代理店からの請求が翌々月に到着するため、期末時点の未払が計上されていない。影響額 850千円(販売費及び一般管理費/買掛金 ── 当社グループは代理店への未払を買掛金に含めて表示)。
対応:当期は連結上で未払を計上。翌期以降は子会社の月次で未払計上するよう依頼。
でも、今期も要るんですか。
前期から、
子会社は自分の月次で未払を計上するようになったはずだ。
私が頼んだから。
ハルカが、海外販売子会社の9月のパッケージの明細を開いた。未払費用の内訳に、広告宣伝費の行があった。代理店の請求、二か月分。
子会社の帳簿に、未払が入っています。
子会社が直したあとも、私の補正が残っていた。
前期も、今期も。
置き場のない数字は、二度数えていた数字だった。
部長は、しばらく前々期のファイルを閉じなかった。
自分の側を消し忘れた。
二年間、誰にも見せなかったから、誰にも気づかれなかった。
前期の連結で、費用と買掛金が850多かった。
でも、小さいから言わない、は違うね。
ただ、前期の分は別だ。
期首の利益剰余金や比較情報への影響を整理して、
重要性を判断しないといけない。
来週の事前相談で、主査に相談しよう。
子会社が直したら消す決まりが要りますね。
会社の修正は、残り続けてはいけない列だ。
写しのメモに、それを一行足しておいてくれるかな。
昨日の形が、今日の答えを呼んだ。
……部長の二年前の手を、私の列が見つけてしまった。
昼倉庫から届いた、動いた数字
正午。
EC・物流子会社の経理担当から、金曜の約束どおり、報告が届いた。
添付は三つ。
受払の戻し計算、廃棄の記録、出荷の記録の照合表。
①返品置き場の検品前の品:10月21日に数えた数から10月の受領と検品を戻し、9月30日時点で430万円と確定しました(見込みの450万円より20万円少ない)。
②廃棄の記録を照らした結果、9月中に廃棄済みで帳簿の処理が漏れていた品が140万円ありました。
③残り180万円は、出荷の記録とも合わず、原因が分かりません。数量の確かさは再度確かめました。当社の決算で棚卸減耗として処理する案です。月曜に出し直すパッケージに反映します。
20万円減った分は、原因不明の方へ動く。
そういう計算だね。
廃棄済みの140万円が見つかったので。
でも、動いた理由が全部書いてある。
これなら受け取れる。
10月に届いた分と、検品して棚へ戻した分。
両方の記録が付いているか。
二人で、三つの添付を順に開いた。戻し計算は受払の記録と一致していた。廃棄の記録には、9月の日付と担当の印があった。
処理の案は子会社が出し、根拠はうちが確かめる。
水曜に決めた順番どおりだね。
2,000万円が、四つに分かれた。
1,250、430、140、180。
原因の分からない数字は、最初の一割以下になった。
それと、「見込み」と「確定」の欄を分けて書いておこう。
450と430を、同じ欄に書くと、また混ざる。
午後残り四十九件
80件のうち、一人目の読み取りが終わったのは58件。
二人の読み合わせが終わったのは31件です。
ハルカさんが連結に入っていたので。
一人目の2年目の部員は、今週も10件読みました。
部長は表を見たまま、少し黙った。ハルカが、机の向こうで顔を上げた。
0件。
私が連結に座っていた四日間、読み合わせの席は空いていた。
期限は11月中旬。
来週は中間の確定で、再来週からは短信だ。
ハルカさんは、午前も午後も空かない。
私も読み合わせに戻ります。
連結は、部長が一人で回せます。
でも、戻さない。
今週、ハルカさんが横にいたから見つかった行が三つあって、
それを手放す理由がない。
手順に例外を作って期限を守るか。
どちらも代償がある。
今日は、それを決める日だね。
部長は、固定資産担当の表の余白に、線を引き始めた。
契約の中身で二つに分けよう。
リース期間やリース料に重要な判断が要る契約 ── 更新の時期が近い店、
最低保証付きの歩合賃料の店、閉店候補の店。
まだ読んでいない22件は、台帳と回付票で仮に分けて、
原本で重要な条件が出てきたら二人の方へ移そう。
ハルカさんと2年目の部員で、来週から毎日午前に1時間。
一日に何件で進めるかは、来週の頭に調整しよう。
そのかわり、私が10件を抜き取りで確かめる。
先週決めた手順の、例外だ。
部長が、自分で決めた「二人で読む」を、自分で一部崩した。
二人で読むと決めたのは、誰が読んでも間違える、
からでした。
25件にも、一人読みでは見落とすリスクが残る。
それを分かったうえで、期限の方を取る。
10件の抜き取りで、どこまで拾えるか……。
拾えなかったものがある前提で、
誤りが見つかった契約と同じ種類は、
二人の読み合わせに戻す。
来週の事前相談で、監査法人の主査に進捗と、
この仕分けを説明する。
間に合わなければ相談する、と部会で決めてある。
24件が「重要な判断が要る契約」だと、
誰が見ても分かるように。
……二人とも、ありがとう。
今週、
連結に二人目を置いた分だけ読み合わせの席が空いたのは、
私の配分の問題だ。
整理表週の終わりの四つの行
金曜の夜7時。
ハルカは整理表に、この週の四つの行を書き直した。
850は、未分類の列から消えた。
正の表の「調」の列は、取消しが二行になった。
物流の2,000万円は、1,250・430・140・180の四つに分かれ、残る180万円は子会社の決算で減耗として処理する案になった。
読み取りは、残り49件が24件と25件に分かれた。
部長の机には、「仕分け 第0版」の一枚があった。
作成の欄には部長の名前。
監査法人への説明は、来週。
置き場のない数字は、二度数えていた数字だった。
- 「調」の20行目 850 ── 前々期に監査法人の指摘で連結側に入れた海外販売子会社の広告宣伝費の未払。前期から子会社が月次で計上しており二重 → 今期は取消し。前期分(費用と買掛金850の過大)は、期首の利益剰余金・比較情報への影響と重要性を整理して、来週の事前相談で主査に相談。正の表には朝の時点で「未分類」の列だけを追加(この時点では連結の数字は動かさない)→ 子会社の計上を確かめたあとに二重の補正を取消し
- 「会社の修正」の列は、子会社が直したら消す ── 写しのメモに一行追加(ハルカ)。第3四半期の試行で運用
- EC・物流子会社の棚卸差異2,000万円 ── 記入違い1,250万円(確認済み)+検品前の返品430万円(受払で確定)+廃棄済み・帳簿未処理140万円+原因不明180万円(子会社の決算で棚卸減耗の案・根拠は親会社が確認済み)。10月26日(月)の再送で連結へ
- 契約の読み取り ── 80件のうち読み取り58件・読み合わせ31件。残り49件を、既読・未読とは別に契約の中身で「リース期間・リース料に重要な判断が要る契約24件=二人で読み合わせ(来週から毎日午前1時間。一日の件数は来週調整)」と「25件=一人読み+部長の抜き取り10件(手順第1版の例外。誤りが見つかった種類は二人に戻す)」に仕分け。期限11月中旬は変えず、来週の事前相談で監査法人に進捗と仕分けを説明
- 海外販売子会社の船便の未着860千円 ── 修正依頼への返事は来週
- 「調」の2行目 620 ── 10月24日(土・休日出勤)に換算資料と照合
- 中間連結の確定 ── 来週(物流の再送を受けてから)。監査法人との事前相談も来週
この話の、二人の反省と学び
契約の読み取り ── 進捗と残り件数の仕分け 第0版 全文金曜の夕方、部長が固定資産担当の表に線を引いて書いたメモ
この物語の会社(架空)で、新リース会計基準に向けた店舗等の賃貸借契約80件の読み取りについて、部長が10月23日に書いた進捗と仕分けのメモです。中間連結の週にハルカが連結の二人目に入ったことで、二人の読み合わせが止まり、決めた手順と決めた期限が両立しなくなった日の記録です。実在の会社の文書ではありません。件数・期限・仕分けの基準は架空で、会社の規模や契約の種類によって変わります。ひな形として使うときは、自社の契約の実態に合わせてください。
契約の読み取り ── 進捗と残り件数の仕分け 第0版
1 進捗(10月23日)
| 項目 | 済み | 残り | 備考 |
|---|---|---|---|
| 全体 | 80件 | ── | 店舗等の賃貸借契約(9月の棚卸しで確定した件数) |
| 一人目の読み取り | 58件 済み | 残り 22件 | 一人目は10月19日から入社2年目の部員(それ以前は手作業に戻した二人とハルカ)。1日2〜3件。今週も10件 |
| 二人の読み合わせ(重要4項目) | 31件 済み | 残り 49件 | 二人目はハルカ。10月19〜22日はハルカが連結の二人目に入り、読み合わせは0件 |
| 部長の抜き取り確認 | 12件 済み | ── | 10月15日までの分。誤り2件(解約の特約の見落とし/賃料の月額と年額の取り違え) |
| 期限 | 11月中旬 | 変えない | 間に合わないときは監査法人に進捗と方針を相談する(10月16日の部会で決定) |
2 残り49件の仕分けの基準
- ① 残り49件を、一人目が読み終えたかどうかとは別に、契約の中身でリース期間・リース料などに重要な判断が必要な契約(24件)と、それ以外(25件)に分ける
- ② 「重要な判断が必要な契約」とは、次のいずれかに当たる契約:更新の時期が2027年9月までに来る店/最低保証付きの歩合賃料の店/閉店候補に挙がっている店(郊外二店舗を含む)/解約の特約・原状回復の特約が回付票に「あり」と書かれている店
- ②-2 一人目の読み取りが未了の22件については、台帳・回付票などの既存の情報により暫定的に分類し、原本の確認で重要な条件(解約の特約・最低保証・原状回復の特約など)が判明した場合は、二人で読み合わせる区分に変更する
- ③ 24件は、10月15日に決めた手順どおり、契約書一式の確認+重要4項目(解約と更新/期間/賃料と最低保証/原状回復)の二人の読み合わせ+原本ページの記録で読む。ハルカと2年目の部員が、来週から毎日午前に1時間。一日に何件で進めるかは、中間の確定の見通しと合わせて来週の頭に調整する
- ④ 25件は、一人目の読み取りのみとし、部長が10件を抜き取りで確かめる(10月15日までの抜き取りと同じやり方。これまでの抜き取り12件では2件に誤りがあった)。抜き取りで誤りが見つかったときは、その契約と同じ種類の契約を二人の読み合わせに戻す
- ⑤ 仕分けの結果は読み取り票の「区分」の欄に書き、どちらの手順で読んだかが台帳から分かるようにする
3 例外(一人読み+抜き取り)の扱い
- 一人読みの25件にも、一人読みでは見落とすリスクが残る(これまでの抜き取り12件中2件の誤りが、その裏付け)。これを分かったうえで期限を優先する判断であることを、部会の記録に残す
- 25件のうち、抜き取りで誤りが見つかった契約と同じ種類のものは、期限後であっても二人の読み合わせに戻す
- 判断基準書の当てはめ(リース期間の判断)は、読み取りの区分にかかわらず、部長が全件を確認する(第1話で決めた体制のまま)
- 例外は今回の読み取り(2026年11月中旬まで)に限る。4月の本番適用以降の新規・更新・変更の契約は、手順どおり二人で読む
4 監査法人への説明事項(来週の事前相談)
- ① 読み取りの進捗(80件中、一人目58件・二人目31件)と、残り49件の仕分け(24件=二人で、25件=一人読み+抜き取り10件。既読・未読とは別に契約の中身で分けた)
- ② 仕分けの基準(重要な判断が必要な契約の定義)と、例外を置く理由(中間連結の二人目の育成を優先した配分)
- ③ 連結の「調」の列で見つかった前々期からの二重計上(海外販売子会社の広告宣伝費の未払 850千円。前期の連結で費用と買掛金が同額過大。今期は取消し。前期分は期首の利益剰余金・比較情報への影響を整理したうえで、重要性の判断を相談)
- ④ EC・物流子会社の棚卸差異2,000万円の内訳(記入違い1,250万円・検品前の返品430万円・廃棄済み未処理140万円・原因不明180万円は子会社の決算で棚卸減耗の案)と、実施要領 第2版(案)
5 まだ決めていないこと
- ① 仕分けの基準②の「更新の時期が2027年9月まで」の線引きが適切か(判断基準書 第2版の「リース期間」の考え方と合わせる)。最低保証付きの歩合賃料は主にリース料の測定に関わる論点で、リース期間の判断とは別に扱う
- ② ハルカの時間の配分(午前=読み合わせ、午後=連結の二人目)を、中間の確定と短信の時期にどう保つか
- ③ 抜き取り10件で誤りが見つかったとき、25件全部を二人の読み合わせに戻すか(期限を動かすか)
- ④ 監査法人が仕分けの方針に懸念を示したときの代替案(読み合わせの二人目を固定資産担当にする/期限を11月末に延ばす)
この話に出てきた知識・前後の話
- 照合差異の直し方(連結上の調整か、個別の修正か)── 子会社が直したら、親の補正を消す ── 内部取引消去ラボ【応用編】
- 未達・誤り・残差を分ける ── 内部取引消去ラボ【設例・照合差異編】
- 実地棚卸の結果と帳簿の差(棚卸減耗)── 見込みと確定 ── 棚卸資産ラボ【応用編】
- 在庫の差を、仕組みで減らす ── 在庫責任とPDCA ── 棚卸資産ラボ【部長編①】
- リース期間・リース料の判断に関わる契約条件(更新・最低保証付き歩合・閉店) ── リース会計ラボ【部長編①】
前の話:第14話(10月22日)|同じ列に、違う理由 / 次の話:第16話(近日) / 記録ページ(年表・会社のいま・話数一覧) / ハルカの学習ノート
この物語は、上場企業の経理財務部の実務をモデルにしたフィクションです。登場する会社・人物・団体は架空のもので、特定の監査法人・企業・製品の手続や見解を描くものではありません。会計・税務の記述は公認会計士・税理士が監修しています。製品名・サービス名は本文に出てきません。数字はすべて架空です。
