朝九時の一時間
2026年10月26日、月曜。
土曜出勤から二日。
午前9時、小さな会議室の机に、契約書の束が三つ置いてあった。
先週の金曜に決めた、毎日午前の一時間。
リース期間とリース料に重い判断が要る24件を、ハルカと2年目の部員の二人で読む時間だ。
その初日の今日だけ、部長が三人目として席に着いていた。
土曜はありがとう。
三件は、更新の時期が近い店からにしよう。
……更新まで一年を切っている店が、二つありますね。
二人は、私が読み落としたところで止めてくれるかな。
三人は、同じ契約書を囲んで読んだ。部長が読み上げ、ハルカと2年目の部員が台帳の下書きの欄と照らしていく。
「双方から申出がない限り、同一条件で二年間更新する」。
台帳の下書きは「一年」になっています。
前に読んだ店の書き方に、引っぱられたね。
直しておこう。
部長も、読み落とす。
だから二人で読む。
先週、部長が自分で決めたことだ。
……それを、初日に自分で確かめに来たのかもしれない。
何年いるつもりかを考える、その前提の数字だからね。
二件目からは、二人に任せるよ。
10時ちょうど、三件目を閉じた。二人で読む24件のうち、残りは21件。
木曜の事前相談までに、全部は終わらないね。
そのまま言うんですよね。
終わったふりはしない。
……さて、今日は中間を閉じる日だ。
620の、前期の金額です。
午前は中間、午後は前期。
それでいこう。
午前中間を閉じる
午前10時10分。
席に戻ると、子会社からメールが二通届いていた。
180万円は棚卸減耗として処理しています。根拠として、過去3期の減耗の実績を添付します。
第3四半期のパッケージから、未着品の欄を設けて当社で計上します。
四つとも、9月に入っています。
合計 2,000万円。再送後の帳簿の在庫と実地棚卸の差は 0
金曜に「根拠は親会社が確かめる」と言ったところだ。
今回の180万円は、9月末の在庫に対して、
その実績の幅の中に入っています。
という意味ではないね。
「原因は分からないまま、減耗として処理した」です。
メモにそう書いて、実地棚卸の記録も一緒に残します。
分からないものを、分かったことにしない。
子会社の在庫に入れるべきものだった、と。
理由の欄は「暫定」から「子会社確認済み」に変えておいてくれるかな。
……「会社の修正」は、子会社が直したら消す、ですね。
消す日も、写しのメモに書いておこう。
①「調」の2行目の取消し、②消去の売上原価の変更、
③換算の修正。
三つで一組です。
営業利益が620下がっているか。
当期純利益が動いていないか。
ハルカは三行を入れ、連結の損益計算書の欄を上から順に見た。
当期純利益は、そのままです。
土曜に紙の上で決めたことが、表の上で動いた。
数字は小さいのに、指先が少し冷たい。
午後は、前期の金額だね。
午後出せる年と、出せない年
前の中間期、昨年の4月から9月が、プラス480。
前期の一年で、プラス1,140です。
月によって向きが変わるのは、今期と同じです。
ということだね。
……それで、前々期より前も出そうとしたんですけど。
販売システムを入れ替える前のデータで、
円の金額しか残っていません。
ドルの欄がないんです。
地下の書庫に、年ごとの箱で置いてある。
地下の書庫。
箱を開けて、伝票を一枚ずつ。
何年分になるんだろう。
部長は、壁の時計を見た。午後1時40分だった。
子会社を立ち上げた年から、全部。
何年分、いくら違っていたか、自分で数えておきたいんだ。
部長の声は、静かだった。
土曜に「つらいよ」と言ったときと、同じ声だった。
ハルカは、事前相談の追補の下書きを開いた。620の欄の「前々期以前」だけが、空いていた。
本当は、前期の数字で前々期を見積もって、
この欄を埋めてしまいたい。
空欄のある表を主査に出すのが、こわい。
前期の1,140くらいだと仮に置いて……。
仮に置いた数字は、確かめた数字と同じ欄に並ぶと、
区別がつかなくなります。
分からないものは、分からない欄に置きます。
夕方行かないでください
書庫のこと、今日は行かないでほしいんです。
営業利益と営業外の分け方だけです。
当期純利益は変わりません。
今年の財務諸表で、前の年の数字が出てくるのはどこか、
考えてみたんです。
年度の決算なら、前期の損益。
並ぶのは、その二つです。
前の中間期が480、前期が1,140です。
ということだね。
そこが、850と違うところです。
850は利益の額そのものが違ったので、
期首の利益剰余金に残っています。
850は積み上がる。
620は、段が違っただけで、積み上がらない。
昔の数字が違っていたことは変わらないよ。
前々期より前を調べなくていい、と決まったわけでもない。
今すぐ全部の伝票を数える必要があるかを、
まだ判断できていないだけです。
そのうえで、重要性と、追加で調べる必要があるかを、
私たちで考えませんか。
台帳にドルの金額が残っておらず、未算定」と書きます。
隠さずに、です。
でも、中間をいったん締めるのは今日です。
今日、部長が書庫に入ったら、
中間の最後の確認は誰がするんですか。
言ってしまった。
部長に、行かないでください、と。
部長は、しばらく答えなかった。机の端にある土曜の照合メモの写しに、手を置いた。
私のためだったのかもしれないね。
今日は行かない。
必要かどうかは、こちらで整理して、
事前相談で私たちの考えを話そう。
必要になったら、私が責任を持って数える。
そのときは、伝票の並べ方を手伝わせてください。
説明の順番:未定
「事実・影響・当社の対応・伺いたいこと」に分けてある。
第1版と同じ形だね。
ただ、どの順番で話すかが、決められなくて。
850と620は、
最後に「その他」で……と思ったんですが。
そこが削られるね。
それも、少し考えました。
部長の古い直し方を、最後にしたかった。
部長のためだと思っていた。
でも、それは、隠すのと半分同じだ。
水曜に、先生に連絡してみようと思う。
聞く順番を、一度見てもらいたい。
今夜は、中間を閉じよう。
それが今日の一番だ。
締め中間を閉じて、順番を残す
午後6時20分。
部長は、中間連結の精算表を、社内の確認用としていったん締めた。
850の過年度の扱いは、事前相談の結果を踏まえて、必要な修正を行う。
「調」の列の取消しは三行になり、860の理由の欄には「子会社確認済み」と入った。
追補(案)は、部長の名前で、明日の午前に主査へ送ることになった。
説明の順番だけが、まだ決まっていない。
部長はメールを読み、手帳に一行だけ書いた。
ハルカは、代休の前に、読み合わせの続きの順番をメモに残した。
分からない欄は、分からないまま出す。
数えるかどうかは、まず自分たちで考える。
- 中間連結 ── 10月26日に社内確認用としていったん締めた(850の過年度の扱いは事前相談の結果を踏まえて必要な修正)。物流の再送(1,250・430・140・180〈原因不明のまま減耗として処理〉)を反映。620は三つで一組で反映(営業利益△620・当期純利益は不変)。860は親会社側の補正のまま(子会社確認済み・第3四半期から子会社が計上)
- 事前相談(10月29日 木 午後)── 追補(案)を10月27日(火)午前に主査へ。①読み取りの進捗と仕分け(二人で読んだ累計34件・二人で読む残り21件・一人読み+抜き取り25件)②850(利益の額の違い・期首の利益剰余金に影響)③620(段の違い・前中間+480・前期+1,140・前々期以前は未算定)
- 前々期以前の620 ── 紙の出荷伝票(地下の書庫)でなら算定できる。分かっている金額と未算定の範囲を整理し、重要性と追加の調査の要否を会社として検討(10月27日)。事前相談では当社の評価を示して見解を伺う。調査が必要になれば部長が数える
- 抜き取り10件(一人読み25件の分・第15話)── 部長。まだ始めていない
- 説明の順番 ── 未定。水曜(10月28日)に部長が先生に連絡する。ハルカは代休
- 年末調整のクラウド ── 人事部から「11月2日の稼働が遅れそう」。経理財務部の確認項目は後日
- 換算シートに「親会社との取引」の行を足す依頼 ── 10月27日(火)、部長から海外販売子会社へ(第3四半期から)
この話の、二人の反省と学び
事前相談メモへの追補(案)── 追加のご報告・ご相談事項 全文月曜の夕方、ハルカが下書きし、部長が確認した追補
この物語の会社(架空)で、監査法人との事前相談の三日前に、ハルカが下書きし、大野部長が確認した追補です。第1版(10月上旬に送付)は新リースの論点だけでしたが、中間連結の作業の中で、契約の読み取りの手順の例外と、部長が過去に連結で行ってきた二つの処理について説明すべきことが出てきました。第1版と同じく「事実・影響・当社の対応・伺いたいこと」に分けています。実在の会社・監査法人の文書ではありません。金額・件数は架空です。
新リース会計基準の適用に関する事前相談メモ(第1版)への追補(案)── 追加のご報告・ご相談事項
2 追加の事項の一覧
3 A 契約の読み取り ── 進捗と仕分け
4 B 前々期の未払の補正の二重計上(850)
4-2 B の期間別の影響(調整仕訳の推移で確認)
5 C 親会社との取引の換算差の表示区分(620)
6 C の期間別の金額
7 当日お持ちする資料(追加分)
変更履歴
1 この追補について
- 第1版の送付後、中間連結(2026年9月)の作業の中で、ご報告・ご相談すべき事項が三つ生じたため、事前相談で併せてご説明したい
- A は新リースの準備(契約の読み取り)に関するもの、B・C は連結の過去の処理に関するもの。B・C は、いずれも経理財務部長が過去に行ってきた処理である
- 金額の単位は千円。中間連結の数字は、10月26日に社内確認用としていったん締めたもの
2 追加の事項の一覧
| No | 事項 | 区分 | 今期中間の対応 | 伺いたいこと |
|---|---|---|---|---|
| A | 契約の読み取り ── 進捗と仕分け(手順第1版の例外) | ご報告 | 仕分けにもとづき読み取りを継続(期限11月中旬は変更しない) | 仕分けの考え方と抜き取りの件数に、不足している観点がないか |
| B | 前々期の未払の補正の二重計上(850) | ご相談 | 今期中間で連結上の補正を取消し | 重要性の判断と、それに応じた扱い(過去の財務諸表の修正再表示を要するか)について、当社の整理に不足がないか |
| C | 親会社との取引の換算差の表示区分(620) | ご相談 | 今期中間から為替差損益に表示(売上原価から振替) | 前中間・前期の表示の違いの重要性と、前々期以前の追加の調査の要否に関する当社の評価(当日ご説明)に、不足している観点がないか |
3 A 契約の読み取り ── 進捗と仕分け
- 事実:把握済みの賃貸借契約80件のうち、重要4項目(リース期間・リース料・更新等の条件・特約)を二人で読み合わせた契約は累計34件(10月26日現在)
- 手順第1版は「重要4項目は二人で読む」としているが、中間連結の作業と重なり、期限(11月中旬)までに全件を二人で読む見込みが立たなかった
- 当社の対応:残りの契約を、既読・未読とは別に契約の中身で仕分けた(10月23日)。リース期間・リース料に重要な判断が要る契約(更新の時期が近い・最低保証付きの売上連動賃料・閉店の検討対象・特約あり)は二人で読む。残り21件
- それ以外の25件は一人で読み、経理財務部長が10件を抜き取って読み直す。誤りが出た種類の契約は、二人で読む側に戻す
- 読み合わせで見つかった誤り:1件(更新の期間「二年」を台帳の下書きで「一年」と記載。10月26日に修正)
- 期限(11月中旬)は変更しない。例外は運用の前にご報告する
4 B 前々期の未払の補正の二重計上(850)
- 事実:前々期末に、貴法人のご指摘を受け、海外販売子会社の広告宣伝費の未払850を連結上で追加計上した(当社グループは、広告代理店への未払を買掛金に含めて表示している。前々期の指摘事項一覧と同じ)
- 前期から、子会社が自社の月次で未払を計上するようになったが、連結上の追加計上を取り消していなかった。このため、前期・今期の連結で二重に計上されていた
- 影響:利益の額そのものの違い(前期の連結で費用と買掛金が850過大)。期首の利益剰余金と比較情報に影響する
- 今期中間の対応:子会社の9月の未払の明細で計上済みを確かめ、連結上の補正を取消し(10月23日)
- 各期間の影響額は、前々期・前期・当中間の連結精算表の調整仕訳の推移と、子会社の未払の明細により確認した(下の表。推移表は当日お持ちする)
- 前期分の扱い:重要性の判断と、それに応じた扱い(過去の財務諸表の修正再表示や訂正報告書の要否を含む)は当社でまだ決めていない。当社の暫定的な評価を当日ご説明し、ご意見を伺う
- 再発防止:連結上で子会社の数字を補正した行は、子会社が自社の帳簿で直したら消す(精算表の写しのメモに、消す日を記載する。第3四半期から試行)
4-2 B の期間別の影響(調整仕訳の推移で確認)
| 期間 | 連結上の補正 | 影響(連結) |
|---|---|---|
| 前々期末 | 海外販売子会社の広告宣伝費の未払850を追加計上(子会社は未計上) | 誤謬なし(当時は必要な連結上の追加計上) |
| 前期 | 子会社が月次で未払を計上するようになったが、連結上の補正も期末に残った | 費用850・買掛金850が過大(二重) |
| 前期末(当期首) | ── | 買掛金850が過大・利益剰余金850が過小 |
| 当中間 | 10月23日に連結上の補正を取消し | 当中間の二重は解消。期首の利益剰余金850の扱いは相談 |
5 C 親会社との取引の換算差の表示区分(620)
- 事実:親会社から海外販売子会社へのドル建ての輸出について、親会社は出荷月の社内レートで、子会社は期中平均で円に換算していた。差を「為替換算の端数」として売上原価で調整してきた(子会社の立ち上げの年から)
- 今期中間の対応:親会社との取引による収益・費用は親会社が換算に用いたレートで換算し、差額は為替差損益とする扱いに改めた(売上原価から振替。10月26日に反映)。今期中間の影響:営業利益△620、営業外収益+620
- 影響の性質:営業利益と営業外の段の違いのみ。経常利益・当期純利益・利益剰余金には影響しない
- 過年度の金額は下の表のとおり。前々期以前は、販売システムの入替え前の出荷台帳にドル建ての金額が残っておらず、未算定(紙の出荷伝票によれば算定は可能)
- 前々期以前の金額は、当期の財務諸表(比較情報を含む)には表示されない。ただし、表示されないことをもって調査を不要とはしない(過去に開示した営業利益に同じ違いがあった事実は変わらない)
- 当社の対応:判明している影響額と未算定の範囲を整理し、重要性と追加の調査(紙の出荷伝票による算定)の要否を当社で検討する。当日は当社の評価をご説明し、ご意見を伺う。調査が必要と判断した場合は、経理財務部長が算定する
- 再発防止:子会社の換算シートに「親会社との取引」の行を設け、子会社の担当者が親会社の換算額で記入する(10月27日に依頼。第3四半期から)
6 C の期間別の金額
| 期間 | 換算差(千円) | これまでの処理 | 当期の財務諸表での表示 |
|---|---|---|---|
| 当中間(2026年4〜9月) | +620 | 売上原価で調整 | 為替差損益に表示(10月26日に反映) |
| 前中間(2025年4〜9月) | +480 | 売上原価で調整 | 半期報告書の比較情報(前中間連結会計期間) |
| 前期(2025年4月〜2026年3月) | +1,140 | 売上原価で調整 | 年度の財務諸表の比較情報(前連結会計年度) |
| 前々期以前 | 未算定 | 売上原価で調整(立ち上げの年から) | 表示されない |
7 当日お持ちする資料(追加分)
- ① 契約の読み取り ── 進捗と残り件数の仕分け(第0版・10月23日)と、10月26日現在の件数
- ② 前々期の精算表の該当行と、貴法人の指摘事項一覧(前々期)の写し。子会社の前期・今期の未払の明細。連結調整仕訳の推移表(前々期末〜当中間)
- ③ 換算差の照合メモ(第0版・10月24日)と、前中間・前期の月別の照合表
この話に出てきた知識・前後の話
- 過去の誤謬の訂正と比較情報(重要性・修正再表示) ── 有報注記ナビ(会計方針の変更・誤謬の訂正)
- 親会社との取引は、親会社が使ったレートで ── 差は為替差損益 ── 内部取引消去ラボ【応用編】
- 子会社の損益は期中平均で円にする ── 換算の基本 ── 在外子会社換算ラボ【基礎編】
- 実地棚卸の結果と帳簿の差(棚卸減耗) ── 棚卸資産ラボ【応用編】
- 更新の条件とリース期間(合理的に確実か) ── ハルカの学習ノート ── 設例・リース期間編
前の話:第17話(10月25日)|見るのは、二人分 / 次の話:第19話(近日) / 記録ページ(年表・会社のいま・話数一覧) / ハルカの学習ノート
この物語は、上場企業の経理財務部の実務をモデルにしたフィクションです。登場する会社・人物・団体は架空のもので、特定の監査法人・企業・製品の手続や見解を描くものではありません。会計・税務の記述は公認会計士・税理士が監修しています。製品名・サービス名は本文に出てきません。数字はすべて架空です。
