朝社長の一言
2026年10月30日、金曜。
事前相談の翌日。
午前8時50分、部長が席に着くと、社長が通りがかりに立ち止まった。
社長は、今朝のニュースの話をした。
国内で、また不正アクセスの公表があった。
取引先の社長の会社も、委託先から情報が漏れたかもしれないと言っていた。
それから、一言だけ聞いた。
うちは、大丈夫か。
「大丈夫です」と言いかけた。
言えば、社長はうなずいて、行ってしまう。
……でも、何が大丈夫なのかを、私は数えたことがない。
一枚にしてお持ちします。
社長は少し意外そうな顔をして、それから「頼む」とだけ言って、エレベーターのほうへ歩いていった。
部長は、受信箱をさかのぼった。水曜の朝、旗の印を付けたままのメールが一通あった。
「急ぎではありません」。
急ぎでないと書いてあったから、急がなかった。
急ぎかどうかを決めたのは、私だ。
9時。ハルカと2年目の部員は、会議室で読み合わせを始めていた。先週決めた、毎朝の二人の組だ。10時に戻ってきたハルカを、部長は呼んだ。
二人で読む残りは9件になりました。
それとは別に、今日一日、手を貸してほしいことがあるんだ。
社外から入れるものを全部、書き出したい。
アカウントの数も。
水曜に情報システムから頼まれていたのを、私が止めていた。
社長に聞かれて、答えられなかった。
午前社外から入れる扉
会計システム/インターネットバンキング/電子申告/経費精算
……それと、子会社から連結パッケージを受け取る、
共有のファイル置き場。
バンキングと電子申告は、
ワンタイムのパスワードと証明書がある。
三社の担当者と、こちらの部員が入れる。
外からでも入れる。
ハルカは画面を部長のほうへ向けた。並んだ名前は14。ハルカは一人ずつ、指でなぞっていった。
物流子会社から、去年本社の物流部に異動した方ですよね。
前期に退職された方です。
画面に出ている最後のログインは、どちらも半年以上前だ。
アクセスの記録を別に調べてもらわないと分からない。
使われていない。
でも、開いている。
誰かが別の手でこの名前を使ったら、ここは開く。
主査が850のことで「ほかに残っていないか」と言いました。
……同じですね。
作った人が閉め忘れた扉は、
作った人が数えないと見つからない。
情報システムに、すぐ連絡する。
いま、子会社のアカウントの話が聞こえたので。
去年から子会社と同じ置き場で回しています。
私のほうでも、名前を見てもらえますか。
助かるよ。
一覧の確認を一緒にお願いできるかな。
午後丸一日、試したことはない
午後1時。
止めてほしい二つのアカウントの連絡に、情報システム担当からはすぐに返事が来た。
二つとも、10分後に止まった。
あわせて部長は、二つのアカウントのアクセスの記録を、消える前に保存しておいてほしいと頼んだ。
部長は、もう一通、別の質問を送った。
会計システムが止まったら、どう戻すのか。
どれくらいで戻るのか。
戻すのには、丸一日ほどかかる見込みです。ただ、実際に戻してみたことは、まだありません。
丸一日。
そして、試したことはない。
14日が土曜日だから、期限は月曜日の16日だ。
社内では13日までに仕上げたい。
でも、親会社の数字は会計システムの中です。
ニュースで見たときは、遠い話だと思っていた。
遠い話。
……私も、ニュースを見て、
自分の会社の画面のことは考えなかった。
あのときは、人だけを数えた。
人がいないときだけじゃなく、システムが止まったら、
どの仕事が止まるか。
止まったときに、紙やほかの手で回せるものと、
回せないもの。
今日は全部は書けない。
書けないことを、書けないと書いておこう。
私たちは何から手をつけますか。
それも、部としては決めていない。
「止める・記録する・報告する」と部会で確かめました。
不正アクセスが疑われるときも、
同じ順番でいいんでしょうか。
慌てて電源を切ると、
調べるのに要る記録が消えることもあると聞く。
指示に従って広げないようにする。
部としての手順は、情報システムと一緒に決めよう。
同じ「止める」でも、何をどう止めるかは違う。
AIのときの順番を、そのまま当てはめかけていた。
夕方「大丈夫です」と書かない
午後3時。
人事部から、経理財務部にもメールが届いた。
稼働は、11月2日からさらに遅れる見込みです。
午後4時半まで、部長は抜き取りの契約を2件読んだ。
誤りはなかった。
残りは3件。
一枚には、三つの見出しがあった。今日分かったこと。分かっていないこと。来週やること。部長は、「大丈夫です」という言葉を、どこにも書かなかった。
社長は紙を二度読み、二つのアカウントのところで指を止めた。それから、戻すのに丸一日、試したことはない、の一行で、もう一度止めた。
社長は、来週、情報システム担当と一緒に、もう一度話を聞かせてほしいと言った。
午後5時40分。部長は席に戻った。
朝、「大丈夫です」と言わなかったからね。
言わなかったから、今日一日、数えられた。
「分からないところがあります」と答えた。
……それでも、社長は最後まで読んでくれたよ。
固定資産担当の方の分も、入れてあります。
止めた二つで、止める前に誰かが入っていなかったかは、
まだ分からない。
記録の保存は今日頼んだから、来週、中を見てもらおう。
今日は、扉のほうを先にした。
表示区分の経緯も、固定資産担当の方に少し聞けました。
立ち上げより前から、買掛金だったそうです。
……それも、来週ゆっくり聞かせて。
年末調整のクラウドも、同じところで止まりましたね。
入れてから決めるより、決めてから入れるほうがいい。
AIを使うかどうかを決めたときと、同じだ。
扉を数えた日。
開いていた扉は二つで、閉まった。
開いているか分からない扉は、まだある。
手帳一行だけ書いた
午後6時半。
情報システム担当から、一覧を受け取ったと返事が来た。
来週、経費精算と共有のファイル置き場に多要素認証を入れられるか、一緒に検討したい、と書いてあった。
部長は手帳を開いた。
今日の欄には、一行だけ書いた。
大丈夫かと聞かれたら、
分かったことと、分かっていないことを答える。
- 社外から入れるシステムとアカウントの一覧 ── 第0版を情報システムへ(10月30日)。共有のファイル置き場で異動・退職した人のアカウント2つを停止。表示上の最後のログインは半年以上前。止める前に不正な利用がなかったかは未確認(アクセスの記録の保存を10月30日に依頼・中身の確認と共有の権限の見直しは来週)。多要素認証の導入とあわせて来週、情報システムと確認
- 会計システムが止まったら ── 毎晩バックアップ・戻すのに丸一日の見込み・戻したことはない。半期報告書の提出期限は11月16日(社内目標13日)。異常に気づいたときの部の手順(まず情報システムへ連絡・記録を消さない)を情報システムと決める。来週、社長に情報システム担当と一緒に説明
- 止まる仕事の一覧(第8話)── 「システムが止まったら」の列を足す(紙やほかの手で回せるか)
- 年末調整のクラウド ── 情報システムが「入れてよい情報の区分と、だれが見られるか」を先に決めたいと人事部へ。稼働は11月2日からさらに遅れる
- 850が残った原因・「調」の列の全件見直し ── 来週月曜から(部長とハルカ)
- 未払の表示区分の経緯 ── 固定資産担当によると、子会社の立ち上げより前から買掛金。続きは来週(ハルカ)
- 読み合わせ ── 二人で読む残り9件(累計46件)。抜き取り ── 今日2件、残り3件
- 前々期・3期前の620 ── 伝票で算定(部長・二箱・11月6日まで)
この話の、二人の反省と学び
社外から入れるシステムとアカウントの一覧(情報システムへの回答) 全文金曜の午前、部長とハルカが書き出し、固定資産担当が確かめた一覧
この物語の会社(架空)で、国内で不正アクセスの公表が相次いだ時期に、情報システム担当の依頼を受けて経理財務部が作った一覧です。社外から入れるかどうか、アカウントは何人分で不要なものはないか、止まったらどの締めが止まるかを一枚にしています。実在の会社の文書ではありません。製品名・サービス名は書いていません。ひな形として使うときは、自社のシステムに置き換えてください。
経理財務部が使う、社外から入れるシステムとアカウントの一覧(情報システムへの回答) 第0版
1 一覧
| No | システム・置き場(使う仕事) | 社外から/本人確認 | アカウント(うち不要) | 止まったら困る締め | 対応 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 会計システム(親会社)(仕訳・月次・決算) | 社内と在宅用の専用回線のみ/ID・パスワード+専用回線 | 6(0) | 月次・半期報告書(提出期限11月16日・社内目標13日) | 戻す時間を情報システムに確認(毎晩バックアップ・戻すのに丸一日の見込み・未実施) |
| 2 | 共有のファイル置き場(連結パッケージ・固定資産台帳の受け渡し)(子会社3社からの受領) | 入れる/ID・パスワードのみ | 14(2) | 中間・四半期の連結 | 異動・退職した人の2アカウントを10月30日に停止。表示上の最後のログインは半年以上前。不審なアクセスの有無は未確認(記録の保存を同日に依頼・確認と共有の権限の見直しは来週)。多要素認証の導入を検討 |
| 3 | インターネットバンキング(支払・入金の確認) | 入れる/ワンタイムパスワード | 3(0) | 月末の支払 | 承認は2人(現行どおり) |
| 4 | 電子申告・電子納税(法人税・消費税など) | 入れる/電子証明書 | 2(0) | 申告期限 | 証明書の保管場所と更新期限を確認 |
| 5 | 経費精算(従業員の立替) | 入れる(スマホ)/ID・パスワードのみ | 全従業員(実数未確認) | 月次 | 多要素認証の導入を情報システムと検討 |
| 6 | リース台帳(部内の共有フォルダのExcel)(新リースの準備) | 社内のみ/社内のログイン | 3(0) | 調査票(11月中旬) | なし |
| 7 | 外部のAIサービス(文書の要約など(承認したものだけ)) | 外部/── | 承認制 | ── | 契約書の読み取りには使わない(10月の部会)。1月に見直し |
| 8 | 年末調整のクラウド(人事部・導入準備中)(扶養・保険料控除・マイナンバー) | 入れる予定/未定 | 導入前 | 12月の給与(年末調整) | 入れてよい情報の区分と、見られる人を先に決める(情報システム→人事部) |
2 共有のファイル置き場で見つかったこと
- 共有のファイル置き場は、子会社の立ち上げのときに経理財務部長が作ったもの。アカウントを作る手順はあったが、止める手順を決めていなかった
- 異動・退職した人の2アカウントは、表示上の最後のログインが半年以上前。不審なアクセスの有無は未確認。アクセスの記録は保存期間が限られることがあるため、10月30日に情報システム担当へ保存を依頼し、中身の確認は来週行う
- 同じ種類のもの(作ったが止めていないアカウント)が、ほかのシステムにも残っていないかを、情報システム担当と確認する
3 止まったときの決算への影響(分かっている範囲)
- 親会社の会計システムが止まった場合、子会社のパッケージがあれば連結の精算表は組めるが、親会社の数字は会計システムの中にある
- バックアップから戻すのに丸一日かかる見込み。実際に戻したことはない。半期報告書の提出期限(11月16日。45日目の11月14日が土曜のため。社内の目標は13日)までの日程で、どこまで余裕があるかは未確認
- 「止まる仕事の一覧」(担当がいないと止まる仕事、2026年10月)に、「システムが止まったら」の列を足す。紙やほかの手で回せる仕事と、回せない仕事を分ける
4 来週やること
- 共有のファイル置き場:停止した2アカウントについて、停止前に不正な利用がなかったかをアクセスの記録で確認し、ほかの人の共有の権限も見直す(情報システム担当)
- 異常に気づいたときの部の手順を、情報システム担当と決める(まず情報システムへ連絡する・指示を待たずに電源を切るなどして調査に要る記録を消さない・被害が広がらないようにする)。AIに情報を入れてしまったときの手順(止める・記録する・報告する)とは分けて書く
- 多要素認証の導入(共有のファイル置き場・経費精算)を、情報システム担当と検討する
- アカウントを止める手順(異動・退職の連絡を、総務・人事から情報システムと経理財務部へ)を決める
- 会計システムを戻す手順を、一度試す日を決める(決算の時期を避ける)
- 社長への説明(情報システム担当と一緒に)
この話に出てきた知識・前後の話
- 入れてしまったら・漏れたかもしれないときは、止める・記録する・報告する ── ハルカの学習ノート ── AI・クラウド活用ガイドラインラボ 設例・困ったとき編
- クラウドに入れていい情報・使っていいサービスの決め方 ── AI・クラウド活用ガイドラインラボ(図解・判定シミュレーション・経理部への読み替え)
- 担当がいないと止まる仕事を数える ── 第8話|止まる仕事を、数える
- 過去の誤謬の訂正と比較情報(重要性・修正再表示) ── 有報注記ナビ(会計方針の変更・誤謬の訂正)
前の話:第21話(10月29日)|時間割は崩れても / 次の話:第23話(10月31日)|二年と、書いてあっても / 記録ページ(年表・会社のいま・話数一覧) / ハルカの学習ノート
この物語は、上場企業の経理財務部の実務をモデルにしたフィクションです。登場する会社・人物・団体は架空のもので、特定の監査法人・企業・製品の手続や見解を描くものではありません。会計・税務の記述は公認会計士・税理士が監修しています。製品名・サービス名は本文に出てきません。数字はすべて架空です。作中のニュース(国内で不正アクセスの公表が相次ぎ、国の機関が注意喚起を出したこと)は、2026年10月の実際の出来事をもとにしていますが、特定の企業・事案を描くものではありません。
