朝空いた隣の席
2026年10月28日、水曜。
事前相談の前日。
ハルカは、土曜出勤の代休だった。
隣の席には、閉じたノートパソコンと、月曜に書いた読み合わせの順番のメモだけが置いてあった。
読み合わせは、ハルカの代休で一日休みになった。
午前中、部長は一人で、抜き取りの契約を3件読んだ。
誤りはなかった。
残りは5件。
Bの件は、前々期の指摘事項一覧を当方でも確認しておきます。各事項の説明の順番は、御社にお任せします。
10分後、もう一通届いた。
総務と兼務で、一人で社内のシステムを見ている情報システムの担当からだった。
経理財務部で使っているシステムやクラウドのうち、社外から入れるものと、そのアカウントの一覧をいただけますか。
急ぎではありません。来週中で結構です。
「当方でも確認しておきます」。
前々期の監査で、850を指摘したのは、
この主査のチームだ。
「説明の順番は、御社にお任せします」。
……任されたのは、順番だけではない気がする。
もう一通は、「急ぎではありません」。
……今日は、明日の順番で手一杯だ。
部長は二通目のメールに旗の印だけを付けて、画面を閉じた。
部長は、A4の裏紙を一枚出して、明日話す事項を書き出した。第1版の伺う事項が五つ。追補のA・B・C。
一つ目の並べ方。
新リースの五つ、A、B、C。
時間が足りなければ、BとCが削られる。
月曜に、私がハルカさんに言ったとおりだ。
二つ目。
B、C、A、それから新リース。
最初に、私の古い直し方を二つとも話して、謝る。
二つ目の並べ方を書いたとき、部長の鉛筆は少し速くなった。書き終えてから、部長はその列をしばらく眺めた。
……速く書けたのは、こちらのほうが楽だからだ。
先に謝ってしまえば、あとは軽くなる。
それは、主査のための順番だろうか。
昼すぎ、固定資産担当が、部長の席に来た。
固定資産のほうから出しておく資料はありますか。
造作の台帳は、第1版のときにもらったもので足りると思う。
今回は、増えた三つの話が中心でね。
話すことは、全部決まっているのに。
私も、月末の報告はいつもそうです。
何から言うかで、相手の顔が変わるので。
……ありがとう。
部長は、二つの列のどちらにも丸をつけずに、紙を鞄に入れた。
夕方何が決まっていたら
追補、拝見しました。
前々期より前を「未算定」と書いてあるのは、いいですね。
あれは、ハルカさんが止めてくれたんです。
私は、書庫に行こうとしていました。
……それで、今日は順番のことでしたね。
並べ方を二つ書いてみたんですが、
どちらにも丸をつけられなくて。
部長は、鞄から裏紙を出した。先生は二つの列を見比べ、鉛筆には手を伸ばさなかった。
明日の一時間が終わったとき、何が決まっていたら、
大野さんは「よかった」と思いますか。
全部でなくていいんです。
持ち帰るものと、その場で聞いておきたいものを、
分けてみると。
前期を直すのかどうかで、中間の数字の締め方も変わります。
追加で必要な確認があれば、
来週から手順を見直さないといけません。
620は……伝票を数え終わるまで、結論が出ません。
850と620は、大野さんの中で、同じ重さですか。
850は利益の額が違って、期首の利益剰余金に残ります。
620は、営業利益の段が違っていました。
期首の利益剰余金に影響しますね。
620は、当期純利益には影響しませんが、
営業利益には影響します。
純利益が変わらなくても軽くはありません。
どちらも、重要性の検討は要ります。
そして、重要かどうかを決めるのは会社です。
だから、相談する順番も同じでなくていいんです。
大野さんの代わりに決めることはできません。
だから、聞く時間が要るんですね。
学習室最初の何分を
謝ることに使うつもりですか。
二つとも、私が一人で入れて、
一人で合わせてきた数字なので。
先生は、少しだけ黙った。それから、紙から指を離した。
冒頭の説明が、ほとんどお詫びで終わってしまったんです。
でも、相談したかった判断には、時間が残らなかった。
結局、次の打合せまで持ち越しになりました。
逆の会社もありました。
気まずい話を最後に回して、時間切れで「次回に」となって、
そのまま決算まで残ってしまった。
最後に置くと、削られる、と。
最後に置くのが怖いのは分かっていた。
最初に置くのも、別の形で同じことが起きる。
どう並べるかは、大野さんが決めることです。
部長は、裏紙を裏返して、白い面に書き始めた。先生は、それを黙って見ていた。
今日は三つ増えました、
うち二つは私が過去に行った連結の処理です、と。
そこで時間の配分も伝えます。
前々期の監査で、主査が指摘した数字です。
自分たちの指摘の話を、最後に聞かせたくない。
これが本題です。
620は最後にします。
明日聞きたいのは、
上限で範囲を決めた考え方に穴がないかだけです。
850や新リースは、その場で顔を見て聞きたい。
一つだけ、確かめさせてください。
850の前期の影響、仕訳の推移表は、
明日お持ちになりますね。
追補にも、そう書きました。
同じ紙の上で話せますね。
今日は代休で、順番はまだ伝えていません。
それとも、理由も?
月曜に、彼女は最後に回すと言いかけて、
自分で「隠すのと半分同じだ」と取り消しました。
私が何を考えたのか分からないままになります。
明日、大野さんが言葉に詰まったとき、
隣で理由を知っている人がいるのは、心強いと思いますよ。
夜付箋を一枚
午後7時。
会社に戻った部長は、学習室で書いた順番を、一枚の表に清書した。
冒頭の一言は、声に出して一度読み、二行削った。
帰る前に、部長はハルカの机に、付箋を一枚貼った。
月曜に、ハルカさんは最後に回すと言いかけて、
自分で「隠すのと半分同じだ」と気づいていた。
私は今日、先生に会うまで、その反対側に気づかなかった。
謝るのは一度。
あとは、事実と、私たちの考えと、聞きたいこと。
順番を決めたのは、私だ。
明日、ハルカさんに、なぜこの順番にしたかを話そう。
月曜、最後に回すと言いかけたときのハルカさんは、
少しうつむいていた。
明日は、顔を上げて記録できる順番にしたい。
手帳一行だけ書いた
フロアの照明を消す前に、部長は手帳を開いた。
今日の欄には、一行だけ書いた。
謝る時間と、聞く時間は、別にしておく。
順番は、自分で決める。
- 事前相談 ── 10月29日(木)14時〜15時。順番:冒頭5分(三つ増えたこと・うち二つは部長自身の過去の処理・時間配分)→ B 850(15分)→ 第1版の伺う事項5つ+A 読み取りの仕分け(30分)→ C 620(10分。足りなければ書面で続き)
- 850の前期分 ── 重要性と扱い(修正再表示等の要否を含む)は未決。調整仕訳の推移表を持参し、当社の暫定評価を説明して意見を伺う。決めるのは会社
- 主査 ── 「Bは前々期の指摘事項一覧を当方でも確認しておく」「順番は御社に任せる」
- 抜き取り10件 ── 今日3件(誤りなし)、残り5件
- ハルカ ── 明日9時に順番と理由を部長から聞く。事前相談の記録を担当
- 前々期・3期前の620 ── 伝票で算定(部長・二箱・11月6日まで)
- 情報システム担当から ── 社外から入れるシステムとアカウントの一覧の依頼(来週中)。旗の印を付けたまま、まだ手を付けていない
この話の学びと、先生の問い
事前相談 当日の進め方(部長のメモ) 全文水曜の夜、部長が学習室で書いた順番を清書した一枚
この物語の会社(架空)で、大野部長が事前相談の前日に、話す順番と時間の配分を一枚にまとめたメモです。第1版の伺う事項(新リース)に、追補で三つ(読み取りの例外・850・620)が増えました。謝る時間と、相談する時間を分け、順番には理由を添えています。実在の会社の文書ではありません。ひな形として使うときは、自社の論点と相手との関係に合わせてください。
監査法人との事前相談 当日の進め方(部長のメモ) 第0版
1 この一時間で、その場で聞いておきたいこと
- 850(前々期の未払の補正の二重計上):当社の暫定評価と、重要性の判断に使う観点について意見を伺う(前期を直すかどうかで、中間の締め方が変わる)
- 契約の読み取りの例外(二人で読む/一人読み+抜き取りの仕分け):当社の検証手順について、監査上の懸念や、追加で必要な確認がないかを確かめる(あれば、翌週から手順を見直す)
- 新リース(第1版の伺う事項5つ):当社の考え方に、不足している観点がないか
- 620(換算差の表示区分):上限で調査の範囲を決めた考え方に穴がないか(結論は、伝票を数え終わってから)
2 順番と時間の配分
| 順 | 時間 | 事項 | 当社が示すもの | その場で聞きたいこと |
|---|---|---|---|---|
| 0 | 5分 | 冒頭 | 今日は事項が三つ増えたこと。うち二つ(850・620)は、経理財務部長が過去に行った連結の処理であること。時間の配分 | (なし。お詫びはここで一度だけ) |
| 1 | 15分 | B 850 | 事実・期間別の影響(調整仕訳の推移表)・当社の暫定評価 | 重要性の判断の観点に不足がないか。前期の扱いの方向について意見 |
| 2 | 30分 | 新リース(第1版 No.2・6・7・8・9)+A 読み取りの仕分け | 第1版の結論と根拠。読み取りの進捗(二人で読む残り17件)と例外の考え方 | 各事項の観点の不足。読み取りの検証手順に不足している観点や、監査上の懸念がないか |
| 3 | 10分 | C 620 | 年ごとの上限・前期での試算・前々期と3期前を伝票で算定する方針(11月6日まで) | 上限で範囲を決める考え方に穴がないか |
3 冒頭の一言(案)
- 本日は、第1版でお伺いしたい5点に加えて、追補でお送りした3点をご説明します。
- そのうち2点は、私が過去に行った連結の処理に関するものです。ご迷惑をおかけしました。事実と、当社の考えを、順にご説明します。
- 時間の配分は、850を最初に15分、新リースと読み取りの件を30分、620を最後に10分と考えています。
4 この順番にした理由
- 850を最初にする理由:前々期の監査で主査のチームが指摘した事項に関わる。利益の額と期首の利益剰余金に影響し、前期の扱い次第で中間の締め方が変わるため、その場で意見を聞く必要が最も大きい
- 新リースを二番目にする理由:本来の相談の本題。読み取りの例外も、新リースの準備の一部として同じ流れで話す
- 620を最後にする理由:620も営業利益に影響するため重要性の検討は必要。ただし伝票を数え終わるまで結論が出ず、当日に聞きたいのは上限で範囲を決めた考え方の穴だけ。時間が足りなければ書面で続きを伺える
- 最初にすべてを謝る並べ方と、最後に回す並べ方は、どちらも採らない(前者は相談の時間が残らず、後者は時間切れで持ち越しになりやすい)
5 時間が足りないとき・記録の分け方
- 時間が足りないときは、620を書面での続きに回す。850と新リースは、その場で意見を伺う
- 新リースの5項目は、優先順位を付けて説明する(未決の No.7 倉庫と、判断が要る No.6・No.8 を先に)。時間内に確認できなかった論点は、追加資料または後日の打合せで確認する
- 当日に結論が出ない事項は、「何がそろえば判断できるか」と「いつまでに」を確認して持ち帰る
- 記録(ハルカ):事項ごとに「伺った意見」「当社の宿題」「期限」を分けて書く。意見と決定を混ぜない
6 持参する資料
- 事前相談メモ(第1版)・追補(10月27日送付分)
- 850:前々期の精算表の該当行・指摘事項一覧(前々期)の写し・調整仕訳の推移表(前々期末〜当中間)・子会社の未払の明細
- 620:換算差の照合メモ(第0版)・上限の見積りと調査の要否(第0版)・前中間と前期の月別の照合表
- 読み取り:進捗と残り件数の仕分け(第0版)と、10月28日現在の件数
この話に出てきた知識・前後の話
- 過去の誤謬の訂正と比較情報(重要性・修正再表示) ── 有報注記ナビ(会計方針の変更・誤謬の訂正)
- 監査法人への事前相談 ── 決めた考え方と根拠を見てもらう ── リース会計ラボ【部長編①】
- 判断基準書・論点整理(会計方針の文書化) ── 会計方針書ジェネレーターβ
- 親会社との取引は、親会社が使ったレートで ── 差は為替差損益 ── 内部取引消去ラボ【応用編】
前の話:第19話(10月27日)|数えずに、幅で言う / 次の話:第21話(10月29日)|時間割は崩れても / 記録ページ(年表・会社のいま・話数一覧) / ハルカの学習ノート
この物語は、上場企業の経理財務部の実務をモデルにしたフィクションです。登場する会社・人物・団体は架空のもので、特定の監査法人・企業・製品の手続や見解を描くものではありません。会計・税務の記述は公認会計士・税理士が監修しています。製品名・サービス名は本文に出てきません。数字はすべて架空です。
